13 ワレスでの死闘

「うううっ寒!!!!!!!!」

「うぉふっ!!」

 

 横にいるギンの身体に身を寄せて暖をとる。すると嬉しそうにしっぽを振りながらこちらを押し返してきた。

 

「っとと危ない……違う違う! おしくらまんじゅうじゃないの!」

「ワフワフッ」

 

 俺が声を上げると楽しそうにごろんとする。ほんとにこの子聖獣っていわれるような凄い生き物なの?

 現在俺たちはワレスが見える丘の上にいた。アンサン聖池から1時間ほど走っただろうか? ギンは疲れた様子も無く俺の指示を待っている。

 

「んーークランクランと同じように検問はしてるっぽいな。職札があれば入れるか」

 

 ポケットの中の木札の感触を確かめながら呟く。上から眺めるワレスはクランクランほどの活気は無いようだが、あちこちから煙が立ち上がり人々の生活を感じさせる暖かい町のような印象を受けた。アコギをしっかりと背負い直す。

 

「じゃあギン、俺はあの町にちょっと行ってくるからここで大人しく待ってもらっててもいいか?」

「ウワフッ」

 

 これは肯定かな? ある程度はこちらの言葉を理解できているようだから本当に賢い犬(狼)である。

 心内で感心しながら検問所に向けて歩き出すと、ギンも一緒に歩き出した。

 

「…………」

「ウフッ」

「俺、これからあそこに行ってくるからここで待っててくれるか?」

「ウォフ」

 

 再び歩き出す。ギンはぴったりと後ろをついてきた。

 

「だーーかーーら! 着いてきちゃダメなの!! あんたみたいなでっかい獣が来たら大騒ぎになっちゃうでしょ!!」

「ウォフワフ!!」

「だめ! まて!! おすわり!!」

「ヲンヲンッ」

 

 強情に身体を擦り付けてくる。コイツ……! 言葉を完璧に理解したうえで反抗してやがるっ!

 

「こら! 言う事聞かなきゃめーでしょ!! お母さんあなたのことそんな風に育てた覚えありません!」

「ウワンウワン!」

 

 育てられた覚えはねえ!! と言われている気がする。感情豊かな獣であった。

 

「心配してくれるのは分かるし着いてきたいのも分かるけど、これからお前と一緒にいるためにはこういうところの聞き分けの良さは大事だぞ?」

「ワゥ……」

 

 ギンは耳を垂れてしょんぼりしてしまう。思わず撫でそうになるが心を鬼にした。

 

「じゃあ行ってくるから! ちゃんとお前にもお土産買ってくるから大人しくしてるんだぞ?」

「ワフ」

 

 やっと納得してくれた様だ。伏せのポーズでその場にうずくまる。それを見てワレスに足を向けた。肉とかあげたら喜ぶかしら。そんなことを考えながら丘を下っていく。

 

 

 

「D級魔法使いのサクライ……。よし、通っていいぞ」

 

 思ったよりアッサリと検問を抜けることができてほっとする。よくよく考えてみれば手配を受けているのはアイラのみであって、異世界からきた俺のことなど誰も知るはずが無いのだ。アコギについて突っ込まれるかと思ったが、聖具だというとそれだけで納得された。相変わらずのザル検問である。まあD級の魔法使い、傭兵なんて警戒するにも値しないのかもしれないが。

 

「さーーって買い物しますか」

 

 クランクランに比べれば少ないとはいえ、やはり市場は人が多い。防寒具を着込んだ人達は皆穏やかな表情をしている。

 

「えーーっとまずは食料からかな」

 

 保存の効くものを見繕って買い物していく。この世界のものはどれもこれも初めて見るものばかりだが、大分見慣れてきたものも増えた。とはいえやっぱり動物はキモイけどね。ヤギの頭に蛇の胴体がついたような化け物が吊るされているのを見た時は思わず悲鳴をあげそうになってしまった。

 途中で購入した大きなリュックサックに買ったものをつめていく。肉などは現地調達ができるため、買うのは主に調味料やハーブ、乾パンなどが多い。途中でお茶っ葉を見つけてアイラへのお土産にした。

 次は衣類だ。着替えや下着、防寒具等を買っていく。女性ものの下着については全く分からないため、無難そうな無地のものを適当に何枚か掴んで購入した。若い男が1人で女性ものの下着を買うのは若干店員の目が痛い気もしたが仕方ない。そういう趣味だと思われたのならそれまでだ。

 

「あ、アイラの顔布も買わなきゃな」

 

 山賊との先頭の際、顔布は使えなくなってしまった。あれが無いと人がいるとこに行くこともできないのだ。

 

「ああいうのってどこに売ってんだろ……」

 

 フラフラと彷徨いながら探しているとアクセサリーを売っている露店を見つけた。そこにはペンダントやブローチ、指輪等に混じって手袋や顔布等も売られていた。

 

「良かった。あれってアクセサリーに分類されるんだな」

 

 近づいていくと店員の若い女性が愛想良く立ち上がる。

 

「いらっしゃいませ〜! 彼女さんへのプレゼントですか? 彼女さんの特徴や普段つけているものをお教え頂ければ最適なものをお見繕いしますよ〜!」

 

 にっこにこで話しかけてくる店員に若干気圧されながら答える。

 

「あ、いや。彼女では無いんですが、知り合いの女性に顔布を買っていきたくて」

「顔布ですか〜! でしたらこちらなんかいかがでしょう。通気性、視界、肌触り、どれをとっても素晴らしい一級品ですよ!」

 

 手渡されたものをためつすがめつ見る。黒の薄い生地は手の動きによって緩やかに揺れ、ちょっとの風じゃめくれなそうだ。上部についている紐も少しお洒落な花の刺繍が入っており、細かいところに職人の技を感じる。陽の光にかざすと向こう側がよく見えた。

 

「うん。これでお願いします。おいくらですか?」

「お買い上げありがとうございます〜! ご一緒にアクセサリーはいかがですか? セットで安くしときますよ〜」

 

 営業上手なお姉さんだ。このままでは帰れそうにないのでとりあえず見るだけ見ることにする。日本人ってほんとに押しに弱い。

 

「お兄さんもネックレス付けてるみたいですし、お揃いなんかにしたらどうですか! ちょっと見せてもらっても?」

「あ、はい」

 

 言われて胸元に入れていたペンダントを外側に出す。

 

「あら……綺麗なペンダント……。相当いいものなんじゃないですか?」

「ど、どうなんですかね……? 借り物なので」

 

 店員のキラリと光る審美眼に少しドキリとする。

 

「このペンダント……どこかで……?」

「と、とりあえずなんかオススメがあれば!!!」

 

 考え込み初めてしまった店員の思考を遮るように手を振って声を出す。これがどの程度の物なのかは分からないがもし何かを思い出されてしまったら一瞬で憲兵を呼ばれてしまう可能性もある。

 

「ああ、そうですねごめんなさい。それでしたらこんなのはどうでしょう?」

 

 そう言って店員が差し出したのは木の指輪だった。

 

「ワレスに生える強い木の芯を使って削り出した指輪になります。綺麗なのは勿論ですが、アンサン聖池から流れる魔力の濃い森で育った木なので魔力が宿っているとも言われています。先程のネックレスもシンプルかつとても質がいいものとお見受けしたのでこういうものが喜ばれるかと」

「なるほど……」

 

 少し考える。これをプレゼントとして買うのはいい。けどよく思い出してみろ。これはアイラのお金だ。自分の金で勝手にプレゼント等を買われて喜ぶものだろうか……?

 

(魔力がどうこうって言ってたし、適当に装備品として理由つけて渡すならいいかな……?)

 

 預かってきたお金にはだいぶ余裕があるし、これを買っただけで家計を圧迫することにはならないとは思う。多分。

 

「それじゃあ……顔布とセットでそれもください」

「はい! 毎度あり!」

 

 顔布とセットで紙袋に入れてもらい受け取る。……もし喜んでもらえなかったら金を自分で稼いでいつか買い取ろう。そんな悲壮な覚悟を決めながらアクセサリーショップを後にする。

 

「あのペンダントトップ……どこかで……?」

 

 露店では女性店員がどこかで見たようなペンダントのデザインに首を捻っていた。

 

 

 

「食料買った、衣類買った、サバイバル用品も買ったしアイラとギンへのお土産も買った、細々したものも買った……。うん。これで大丈夫かな」

 

 とりあえずはアンサン聖池をぐるっと回る間の食料が持てばいいのだ。祭壇に行けば各地の城や祭壇と繋がっている転移魔法陣によって食料を調達できるらしい。便利なものである。

 

「それじゃあそろそろ戻るとするか」

 

 何だかんだワレスに入って2時間以上が経っている。ギンも待ちくたびれているかもしれない。重い荷物を背負い直し、入ってきた検問所の方へ向かおうと目線を向けると向こうから騒音と共に大量の兵士が歩いてくるのが見えた。先頭では赤髪の派手な鎧を付けた兵士が周りを見渡しながら聞き込みを行っていた。

 

 (なんだ? 泥棒でも出たのか?)

 

 それにしては兵士の数と装備が物騒すぎる気もしたが。なんにせよ近寄らない方がいいだろう。こっちまで来る前に避けておこう。隣の通りに行こうと路地に入ろうとしたその時だった。

 

「そこの大荷物の!! 少し止まれ!!」

 

 こっちの方に大声でその兵士が呼びかけてきたので思わずびくりと足を止めてしまった。ダメダメ、挙動不審にしてたら目をつけられる。職質ってそういうもの。そう思って路地の方へ再び向かおうとする。

 

「いや! お前だよお前! 今立ち止まった若いの!!」

「え? 俺?」

 

 予想外のことに思考が停止する。その間に兵士の一団はこちらに距離を詰めていた。

 

「いやー呼び止めて悪いね。今俺達はとある人物を探していてそれが2人組みなんだがその片方が妙な楽器を持ってるって話で、聞けば聖具だとか。念の為寄ったワレスの検問所で聞いたら楽器の聖具を持った男が1人入ったとのことだったから探してたんだよ。ねえ、サクライくん?」

 

 赤髪の背の高い兵士はにこやかに話しかけてきたが目が笑っていなかった。思わず背中に冷たいものが走る。

 ついにアイラの追っ手が追いついてきたのか。

 

「そ、そうなんですか。人違いとかじゃないんですかね……? ほ、ほら事実俺は1人だし!」

 

 腕を広げて自分1人であることをアピールする。まずい、どうやってここを切り抜ける? 気がつけば俺の周りには兵士がグルリと並んでおり、そう簡単には抜け出せそうになかった。

 

「確かに今は1人のようだが……。そうだな。ライ、この名前に聞き覚えはあるか?」

「ッ……?!」

 

 ライの名前に息が詰まる。まさか、俺達のことを兵士に……? おかしな話ではない。あの山賊との戦いの後、もし事後処理のために兵士を呼んだとすればその時に俺達のことを通報していてもおかしくない。だけど……。

 

 ──馬も馬車も積荷も守ってもらったんだ……。お前らを兵士に突き出すなんてできるかよ……ッ

 

 あの言葉が嘘だったとは。そんなことは考えたくなかった。

 

「どうやら知っているようだな。一旦着いてきてもらおうか。連れて行け」

了解ヤー

「ちょ、ちょっと」

 

 俺の脇から2人の兵士が腕を掴んだ。大荷物を抱えているため抵抗ができない。通行人が何事かと周りを取り囲み始めた。くそっ……恥ずかしいなあこれ!!

 

「これが聖具か? これは1度預からせてもらおう」

 

 そう言って赤髪の兵士がアコギに手を伸ばしてきた。

 

「それはダメだッ……」

 

 俺の声に止まるどころかむしろ確信を持ったように勢いよく近づいてくる。

 ダメだ……取られるっ……!

 

 バチィッ!!

 

「ぐおっ……?!」

「なっ……!」

 

 しかしその手はアコギに触れることは無く、現れた花びらによって弾かれていた。そしてその瞬間俺の手を掴んでいた兵士たちの前にも花びらが展開し、2人を弾き飛ばしていた。

 

「「ぐあっ……!」」

 

 その場の時が止まる。通行人すらも声を出すことはできないプレッシャーが辺りを支配していた。

 

「なんだ……今のは」

「い、いや……」

 

 赤髪の兵士が困惑と怒りが混ざった表情でこちらを見る。

 しかしそんな顔で見られてもこればかりは俺の意思では無いためどうしようもない。自動防御魔法に攻撃と判定された自分を恨んで欲しい。

 

「そうか、抵抗するのか……」

 

 そう呟いた赤髪の兵士は1歩引き俺を睨みすえた。

 

「おい、死なない程度にこいつを痛めつけろ」

「「「「了解ヤー!」」」」

 

 後ろに控えていた何人かの兵士が赤髪の合図で一斉に俺に手を向ける。これは魔法か……ッ!!

 

「炎槍!!」「風刃!!」

「土棒!!」「木牙!!」

 

 ほぼ同時に放たれた魔法は俺の方へ飛んではいるものの咄嗟に打ったため狙いが甘い。後ろには沢山の露店がある……ッ!!

 

「馬ッ鹿やろおおおぉぉぉぉ!!!!」

「んなっ……?!」

 

 その魔法を避けるのではなく、全て自分に当たるように身体を広げ飛び込む。野次馬の悲鳴が聞こえた。

 

 轟音。

 

 魔力の爆発は寸前に俺を覆った花びらに当たり、爆散した。その衝撃で周りの露店の商品が吹き飛ばされていく。しかしその様子も土煙によりあっという間に見えなくなった。その中をゴロゴロと転がる。

 

「あ、あいつ……避けるどころか全てに当たりに行ったぞ……」

「馬鹿な……あの数を肉体で受けるなんてただの自殺じゃないか」

 

 魔法を打った兵士たちは、今目の前で容疑者の男がとった行動に驚愕し油断していた。

 その時、土埃がもうもうと舞う露店の並ぶ通りに美しい楽器の音色が響いた。

 

「光槍!」

 

 そしてその土埃を切り裂くように飛来した光の槍が取り囲む兵士たちの足元をえぐり突き刺さった。

 

「ぐあっ!」「なんだっ?!」

 

 土塊が弾け飛び包囲が緩む。その間をぬうように飛び出し包囲を抜けようと走り出した。

 

「怯むな!! 相手は1人だ包囲を崩さず牽制しろ!!」

 

 赤髪の兵士の号令により崩れかけていた包囲が一瞬にして復活し、サクライの足を止める。

 

「くっ……そう簡単には抜かせてくれないか」

「当たり前だ。お前には聞きたいことが山ほどあるからな」

 

 赤髪の兵士ことヤイタ憲兵長アルナは薄紫色に光る長剣を抜き放ち、サクライへと突きつけた。

 

「お前は俺が直々に痛めつけてやろう……」

「アルナ憲兵長がロウカルを抜いた……!」

 

 ザワつく兵士達。

 その喧騒を背に受け、ダッと風を切るように踏み込んでくる男。ナウラの様な爆発力は無いが、一瞬で間合いが目と鼻の先まで詰まる。

 

「ッ……!!」

 

 勿論俺に剣が届くことは無い。無いが、例え怪我をしなかったとしても刃物が自分を切り裂こうと迫るのは恐ろしいものだ。足をもつれさせるようにして後退をするが、避けきれずに花びらから火花が弾ける。

 

「ほう……? 妙な魔法を使うなお前」

「そりゃどうも……」

 

 俺から飛び退き、剣を構え直す赤髪の男。この男は何かヤな感じがする。あまり手の内は見せたくないが……。

 

「それならこれは……どうかなっ!!」

 

 2メートルほど離れたところで剣を逆手に構える赤髪の兵士。何かくる……っ!!

 

「雷鎖……ァッ!!!」

 

 こちらに向かい半月型に剣を振り抜く男。その刀身からはバチバチと雷を発生させる鎖が伸びていた。剣の軌跡を追従するようにこちらに迫り来る鎖。ギターをかばいながら横に転がり避ける。

 

「くぅっ……!」

 

 耳の横すれすれを掠めていく鎖にヒヤリとする。しかしなんとか交わせたか……っ!

 

「ハンっ……残念だったなあ?! 二段構えだよォ!!!!」

「な……にッ」

 

 通り過ぎた鎖は手首を翻したアルナによって転がった俺の上に垂直に振り下ろされた。

 

「ぐああああああああっ!!!」

 

 バチバチバチィッ!!! と花びらと鎖が火花を散らした。そこまではいつも通りだったのだが、痛い、痛いっっっ!!!!! 火花が1つ散る度に針で刺されるような痛みが鎖が叩きつけられている部分を襲った。

 

「ほう、どうやら断続的な攻撃には弱いようだなあ?!」

「ぐ……っは」

 

 息ができなくなるほどの痛み。魔法の鎖がようやく消失し、与えられる痛みが消えても立ち上がることはできなかった。

 

「俺の魔法は少し特殊でな。この聖具……魔剣ロウカルは魔法を少しの間物質化して留めることができるんだ。普通瞬発的に消えてしまう魔力を留めることによって持続的にその威力を相手に送り続けることができる。それによって今のようなフェイントがかませるわけだ」

 

 紫の刀身をギラつかせて俺に近づくアルナと呼ばれていた男。

 

 クソ……ッ。

 

 ──これは私を守ってくれるお守りみたいなものです。きっとサクライのことを守ってくれます 

 

 アイラの言葉が蘇る。

 

 ──分かった。大事に持って帰る 

 

 胸に下げたペンダントが約束を守れなさそうな俺を責めるように存在感を示していた。でもダメなんだ……。俺は特別な力を与えられていようがただの一般人。魔力も持たないただの人間なんだ。こんな痛い思いをさせられたらもう立ち上がることなんて……。

 

「ごめんっ……アイラ……」

「何……? やはりお前は……」

 

 呟いた俺に驚いたアルナの声を遮るように遠くの方で悲鳴が上がった。そしてその悲鳴はどんどんとこちらに近づいてくる。いや違う。悲鳴の対象が・・・・・・こちらに移動・・・・・・してきて《・・・・》いる・・

 

「ガルゥウゥゥッ!!!! グワファッッッ!!!!」

「……ッギン!!?」

「何……! ヤイタの聖獣か……!?」

 

 悲鳴を纏って現れたのは白銀の体毛をたなびかせた美しい狼。丘に置いてきはずのギンだった。俺に近づいていたアルナに全速力で近づきその牙を振るう。

 

「グワゥッ!!!!!!」

「ぐっ……!!!」

 

 ガキンッと牙は辛うじて剣で防いだようだが、その勢いに押され弾き飛ばされて地面を転がる。

 

「何やってんだお前らァ!! この獣をなんとかしやがれぇっ!!!!」

 

 吹き飛ばされたアルナが立ち上がりながら激を飛ばすと、呆然としていた兵士たちが一斉にこちらに走り込んでくる。剣に魔法、その数およそ15。全方位から襲い来る。

 

「ギン……ッ俺は大丈夫だ、お前は逃げるんだ……!!」

 

 先程の雷の鎖によって未だに身動きはとれないが、俺には自動防御魔法がある。あの男の攻撃じゃなければ無傷で防ぐことができるのだ。

 

「ウワフッ」

 

 しかしギンはひと鳴きすると近づいてくる兵士達をぐるっと見渡し身をかがめた。その身体からは黒い魔力が染み出していた。

 まさか魔法を……!?

 

「グワアアアアアアアアアアウッ!!!!!」

 

 引き絞った弓を放つように天に向かって咆哮するギン。それを中心として周りの兵士を黒い魔力が薙ぎ払った。

 

「ぐわあっ?!」「ぐうっ」

「ごほっ!!」「ぼばぁっ……!」

 

 剣を構えたものも魔法を準備していたものもその周りの露店諸共、悲鳴と共に吹き飛び立ち上がれなくなっていた。

 

「黒く見えるほど濃い魔力による全方位への魔力放出。あれをまともに喰らえば魔力にあてられ中毒症状が出る者もいるだろう。聖獣……魔法を扱うという噂は本当だったか」

 

 吹き飛ばされたことによってギンの魔力の範囲外にいたアルナが剣を構えながら近づいてくる。その魔剣の薄紫色の怪しくも美しい刀身は魔力を帯びて光っており、次の魔法がいつでも打てることを示していた。

 

「グルルルルルルルルッ……」

 

 ギンは怒り心頭といった様子でそちらを見据えていた。低く唸りながらいつでも飛び出せるように身体を引き絞っている。

 

「だが所詮は獣。そいつらのような雑魚と違って、俺はそんな荒い魔力をぶつけられたぐらいでは倒せんぞ」

 

 5メートルほどまで近づき立ち止まるアルナ。その構えは素人から見ても隙がなかった。ギンにもそれが分かるのか先程と違って簡単に攻撃することはしない。

 

「ギン……これを持ってここから逃げてアイラに隠れるように伝えてくれ……」

 

 激痛に耐えながら、買い物したものをギンの足の下から押して小声で話しかける。これさえ届けることができればアイラは1人でも旅を続けることができるんだ。ギンがいれば移動にも困らない。

 

「聖獣を手懐けていたとはな……。やはり俺の予感は正しかった。だがそれもここで終わりだ。2体まとめて死ね」

 

 アルナが剣を逆手に持ち、身体を低く捻じる。

 またあれが来る……ッ! 次喰らえば確実に無事では済まないだろう。

 

「ギンッ……逃げ」

「グワフッ」

「ろ?」

 

 言い切る前に俺の身体は宙を舞っていた。そして見事にギンの背中に倒れ込むように着地。まさか……!

 

「ゥフッ!!!!!」

 

 口に荷物をくわえ、身体を翻し走り出すギン。

 

「逃がすかっ……!! 雷鎖ァ!!」

 

 垂直に振り下ろされた剣の軌跡をなぞるように雷の鎖がギンに迫る……!!

 

「くそっ……うああああああああっ!!!」

 

 がむしゃらに抱えたギターを鳴らし叫ぶ。思い描くのはそう、花の傘。大きな桜の花びら……ッ!!

 

「桜花ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 俺を守護する桜の花びらを自分の意思で展開する。大きく柔らかな花びらは俺とギンを護るようにふわりと全体を覆う。

 

「何度やろうと同じことだ……喰らえええぇぇっ!!!!!!」

 

 振り下ろされた雷が花びらを打った。

 

 その瞬間、花びらはふわりと鎖を包み込むように縮まり、中に閉じ込めてしまった。そのままどちらの魔法も消滅してしまう。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 弾くことができないなら包み込み消滅させる。まるで聖具が先程の攻撃を受けて魔法を進化させたかのようだった。俺はただ沸いたイメージのまま発現させただけ。

 

「グワフッ!!!!!」

 

 ドンッ! とギンが加速し、町を駆け抜けていく。検問所には兵士が待ち構えていたがギンを止めるには至らない。その全てを弾き飛ばし、町の外へと飛び出した。こうして俺はギンの機転によりなんとかワレスを脱出することができたのだった。

 

 

 

「憲兵長……ッお怪我はありませんか」

「何言ってんだそんな身体で。俺よりお前達の方が重症だろ」

 

 爆心地のような戦闘跡地を身体を引きずりながら近づいてきた兵士達が俺を気遣う言葉をかけてきた。だがその兵士達は満身創痍である。俺は吹き飛ばされた時に少し傷を負った程度だが、部下達は聖獣の魔力にあてられその身体のあちこちが黒く変色してしまっていた。

 

「早く医者に診せてこい。魔力中毒は放置すれば死ぬぞ」

「ッは、はい!!」

 

 そう声をかけると部下達は身体を引きずりながら駆けつけた医者達の用意した担架に横たわっていく。

 

「サクライ……そして聖獣、いや魔獣の白狼……。必ず、必ず俺の手で半殺しにしてやる」

 

 残されたアルナは1人と1匹が逃げていった方を睨み据え、憎悪にも近い闘志を燃やすのであった。

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