9 ライ
脱兎の如くかけていく黒い塊を2人で追いかける。俺がその少し先に向かって石を投げるとそれを避けるために少し勢いが緩まった。
「氷粒ッ!!!」
アイラの手から流れ出した魔力が空中に無数の氷の塊を作る。そのまま腕を横にはらうと草むらに向かってその塊らが飛散していった。ピギュッという何かが潰れたような鳴き声とドサッと倒れる音が聞こえる。
「よしっ、今日の食料ゲットだな!」
「えぇ。サクライも誘導ありがとうございます」
現在俺たちは今日の夕食となる肉を得るため、狩りに来ていた。俺が動物を追い込み、アイラが魔法によって仕留める。この旅によって磨かれたチームワークだ。草むらからうさぎと猿の間のような獣の足を掴んで持ち上げる。
「相変わらずこの世界の動物は気持ちわりぃな……」
「そろそろ日が落ちますし、ライさんの所へ帰りましょう」
アイラの言葉で身体を翻す。クランクランからの旅立ちから実に13日が過ぎていた。辺りの景色はすっかり変わり、葉をつけている木を見る方が珍しくなった。たまに雪がチラつくこともあるような寒さへと気温は変わり、北へと向かっているのだなという実感が強くなる。
「はぁ〜さむっ……。予定だとあと2日くらいだっけか」
手袋つけててもかじかむ手を開いたり握ったりしながら白い息を吐く。
「そうですね。遅れもないみたいですしこのまま行けばそれくらいで到着するはずです。ライさんの元々の目的地、ヤイタには明日到着ですよ」
魔法を使う時には手袋を外す派だというアイラが両手を擦りながら手袋をはめる。このクソ寒い中よく氷の魔法なんて使えるもんだ。
毎日アイラから魔法の指導を受けることで俺も少しづつだが簡単な魔法についての知識をつけていた。魔力には属性ごとに特徴があり、例えばアイラの使う氷魔法は水の魔力を風の魔力によって変質させ温度を下げることによって生み出す2属魔法というものに分類されるらしい。純粋な属性、火、水、木、土、雷、風、朝、夜、光、闇を使って放つ魔法は1属魔法。俺が以前使った光の槍等はそこに分類される。1属魔法と2属魔法の違いは威力と対処の難しさにある。属性には火は木に強く水に弱いといったような相性があり、純粋な魔力のぶつけ合いになると有利な属性の方が勝つことが多い。
【魔力相性図】
火→木→風 朝↔夜
↑ ↓
水←雷←土 光↔闇
※矢印の先の属性に対して有利。
同じ属性であれば純粋な魔力量勝負となり、ぶつけ合った時にはより多くの魔力を込めた方の勝利となるのだが、2属魔法は少し事情が変わってくる。2属魔法には相性というものが無くなり、どの魔力に対しても平均的な火力を出すことができるようになる。問題点としては2つの魔力を使い変質させるという過程を毎度踏まなければいけないこと、そして1次魔法より火力が落ちてしまうというところにある。リキュールを何かで割れば飲みやすくはなるがアルコール度数は下がるという分かるような分からないような例えをアイラからはされた。
しかしアイラの氷魔法はそんなことを感じさせない。コントロールの難しい2属魔法を瞬間のうちに練り上げ1属魔法と遜色ない火力で使うことができる。ウライの中でも2属魔法を実戦で使えるまでに習熟させている者は少ないそうだ。アイラのことを氷姫なんでふうに呼んでいる者もいるらしい。神への祈りが通じなくてもそこはやはり巫女である。
「はぁ……しっかし本当に聖地近くでしか魔法が使えないとはなあ……」
アイラの指導のもと、どうにか俺にも魔法が使えないものかと試行錯誤をしてみたのだが。自動防御魔法以外の魔法はひとつも使うことができなかった。そもそも俺の中にはこの世界の人が持つ魔力の流れというものが無いらしい。本当に世界から吸い上げた魔力を使っているだけなのだ。もうちょっと融通が効くようにしてくれても良かったんじゃない? 神様。
「もう少し北に進めばアンサン聖池に近づきます。きっとその近くではまた魔法が使えるようになりますよ」
せっかくアイラから色々と教わったのだ。実践してみたいのにできないもどかしさ。だって魔法だよ魔法。異世界にきたんだから自由に使ってみたいじゃない。クランクランで買ったノートに日記と共に魔法の案を色々と書き連ねて妄想はどんどん広がっている。まるで僕の考えた最強の必殺技を落書きする小学生である。
「だな。よし、行こう」
荷馬車での旅にも大分慣れた。最初の方こそ腰や肩が痛くてたまらなかったのだが13日も続けていれば身体が適応してくれる。アイラも女性1人大変なのだろうが、そんな弱音はひとつも吐かずに旅の一員として毎日を過ごしていた。
「ただいま〜っと、火起こし毎度任せちゃって悪いな」
「いやいや、狩りに比べれば楽なもんよ。血抜きしちゃうからそこら辺に寝かせといてくれ」
今日の野宿場所へと帰るとライが焚き火を起こし終わり、鍋でお湯を沸かしているところだった。アイラの魔法で一瞬でできることではあるのだが、魔力は有限。何があるか分からない旅の中では極力温存しておきたい。幸いライは旅慣れており、一連のサバイバルに必要なことはなんでもできた。
「いや〜2人が魔法使いでしかもイアルさんはB級魔法使いだとはなあ。ただの楽士だとは思ってなかったけどもほんとありがてェ話よ」
ライの話では傭兵、魔法ギルドにおける魔法使いにはS〜Dの等級があり、受けることのできる仕事や報酬の額が大きく変わってくるらしい。B級の魔法使いといえばかなりの実力であり、護衛依頼をしようと思ったら高額を支払わなければいけないそうだ。
「今回は急遽ヤイタに行くことになったもんでそんなに持ち合わせも無かったからよォ。長旅になるから護衛依頼はしたかったんだが仕方なく1人で街を出たところに丁度お前さん達がいたわけさ。これは確実に神様のお導きだね」
盗賊被害等も少なくは無いこの世界において1人旅というのはかなりリスキーであるらしく、大体の商人が傭兵を雇うそうだ。ライは寒いところには盗賊も少ないだろうと自分を納得させて1人旅立ったらしい。無謀な男である。しかし今のところは盗賊に出会うことも無く平和な旅だ。たまに野生動物が近寄ってくることもあるが、大体はアイラの牽制で逃げていく。できるだけライの前では氷魔法を使うことはしたくないため、このまま何事も無く旅が終わってくれればと願うばかりである。
「あそこでライに会わなければこの距離を歩いて旅してたと思うとゾッとしねえな……」
「ですね……」
馬車で移動して半月の距離を歩いて移動しようとしていた自分達の無謀さに今更ながら気がつく。残る聖地巡りも、移動手段は考えなくてはいけない。
狩ってきたパルという獣の頭としっぽを切り落とし血抜きをした後、いくつかの部位に分けて解体をする。今日の夜飯は乾パンとパルの丸焼きだ。しっかりと血抜きをしてハーブをすり込んでやればある程度臭みは気にならずに食べることができる。向こうではジビエというものをあまり食べたことは無かったが意外と好きなのかもしれない。
食事を終え、それぞれ好きなことをして過ごしているとアイラが近寄ってきた。
「サクライ、恐らくクランクランと同じく、ヤイタにも検問がしかれているはずです。ライさんとはヤイタの手前で別れて、ヤイタを回り込んでワレスを目指そうと思うのですがどうでしょう」
「そうだな、毎回検問を誤魔化せるとも限らないしそれがいいと思う」
今アイラは常に黒い布を頭全体に巻き、目だけを出している。食事のときですら少し口元の布を下げるだけだ。この世界では特に珍しい格好では無いようだが、皇女だとバレるリスクは回避していきたい。
「ヤイタからワレスってどのくらいなんだっけ?」
「大体歩いて半日ほどのところにあります。アンサン聖池はそこから更に少し先ですね」
「そか。でも補給はどこかでしておきたいよなあ」
クランクランで買い込んできた食料も、旅の日数が減ったことによってまだ余裕があるとはいえそろそろ底が見えている。
「ワレスは小さな集落です。検問があったとしてもそこまで厳重では無いと思うのでアンサン聖池に行く前にそこで買い出しをしましょう」
ギルドが置かれている街、クランクランやヤイタ、ライバーン等は兵士の詰所が多くあり警備も厳重だが、小さな村等はそうでも無いらしい。商業の中心地も必然的に大きな街となり、この世界では街に行き商売をして村に帰るというのが平民の暮らしのスタンダードであるようだ。クランクランからの旅の中でもいくつか小さな村は見かけることがあった。
「ついでに一晩ぐっすりと布団で眠れたら最高だな……」
基本地面に寝袋、更に火の番のための順番交代の就寝であるため、熟睡というものはできていない。俺ですらかなり辛いのだからアイラの疲労はそれ以上だろう。
「ワレスは温泉が名物です。温泉がついている宿屋で疲れを取りましょう……」
疲れの滲む切実なアイラの声に首が取れそうなほど頷く。今この状態で温泉なんかに入ったら魂が抜けてしまうかもしれない。
「今日はライが最初の火の番だし、そろそろ寝る準備するか」
地面をならして寝袋を広げる。ライを探すと馬の世話をしていた。
「今日は早めに寝ちゃうから交代になったら起こしてくれ〜」
遠くのライに声をかけると手を挙げて返事をする。それを確認してから寝袋へと入った。アイラももう寝るようだ。
「それじゃあおやすみ」
「はい、また明日」
声をかけて目を瞑ると夢も見ない深い眠りへと落ちていく……。
『移譲プロセス試行、失敗』
『バイタル正常。自動防御魔法も正常に作動』
『明日にはアンサン聖池の魔力領域に入ると予想』
『権限一部委譲準備を開始します』
「ふわぁ〜ぁ……」
「ふふっ、眠そうですね」
「見張り番、真ん中だと睡眠半端になるよなあ……」
朝。朝食を済ませて荷馬車に乗り込みながら欠伸をする。昨夜はライ、俺、アイラの順番での火の番だったので疲れが取り切れていない。でも今夜は温泉からの久々の布団での就寝ができる。それを思うと眠気も吹き飛ぶ気分であった。
「よーしそれじゃあ出発するぞ〜」
「はい、お願いします」
ライの声に返事をすると馬車が動き出す。朝の冷たい空気に、馬の背からは湯気が立ち上っていた。アイラもすっかり荷馬車の乗り方が板につき、安定して座りながら先を見据えている。
「いよいよこの旅も終わりだと思うと寂しいものがあるな」
「ヤイタの手前で降りるなんて言わないで乗っていけばいいのによォ。ちょっとだけ時間貰えればワレスまで送るぜ?」
今日の朝食時にヤイタに行かないことを告げるとライは頬を膨らませた。しかしなんとかそれらしい理由をつけて途中下車を納得してもらったのだった。
「ライさんには本当にお世話になりました。なんとお礼をしていいか」
「いやいや! 俺もイアルさんみてえな美人さんと旅できて幸せでしたよ! ヒヒッ」
「顔見てねえだろお前」
目的地が目の前ということもあって皆少しテンションが高い。小柄なライの背中が御者台で左右に揺れている。
「にしても本当にあんたらは不思議な2人組みだったよ。なぁ、ここだけの話、夫婦じゃねえだろ?」
「なっ……」
ライの言葉に2人とも身体を強ばらせる。
「いやぁ別にそれでどうこうしようってこたぁねえよ。なんかしら事情があるんだろうしよ。夫婦にしちゃあ距離が遠すぎだ」
確かにそれはそうだ。職札発行所、あの場でついた嘘だったがそりゃこれだけ一緒に過ごしていればバレるよな。
「仮面夫婦で2人とも魔法使い。見たこともねェ楽器を弾く流れの楽士。その正体は果たして……ってな」
「悪いな。騙すとかそういうつもりじゃ無かったんだ」
「なんとなく分かるぜ。イアルさん、その立ち居振る舞いからしてやんごとなきご身分なんだろ? 顔を隠してるのも何か理由があるんだろうしなァ」
こちらを振り返らずにライは楽しそうに喋る。こんな身分不詳の2人組みをよく信用して乗せてきてくれたものだ。
「申し訳ありませんライさん。色々と事情がありまして……」
謝るアイラにライは首を振る。
「旅は道連れ世は情けってなァ。職札発行所で出会った時点でこうなることは決まってたんですぜきっと。だからイアルさんもサクライもなんも気にすることはねえよ」
クランクランで初めて出会ったのがライで本当に良かった。半月の旅の中でこの明るさに何度助けられたことか。ここまで裏表が無く人に親切にできる人間を俺は今までの人生で知らない。
「本当にありがとうな」
「やめろやぃ! そんなに男に感謝されても嬉しくねぇよ」
照れくさそうに手を振るライ。
2時間ほど馬車を走らせたところで馬車が速度を緩める。
「ん〜?」
ライが御者台から乗り出して目を凝らしている。
「どうした?」
「いや、なんか検問やってるみてェだな」
俺とアイラは顔を見合わせる。油断していた。こんな所でも検問をしているとは。
ゆっくりと近づいていくと窓から6人ほどの人が立っているのが見えてきた。
「おつかれさんでさァ。こんなとこで検問ですかい」
「ああ。乗員全員の身分と積荷を改めさせてもらう」
4人の男が馬車を囲み、2人が近づいてくる。その服装はクランクランで見た兵士より軽装である。鎧は鉄製ではなく皮でできており、腰に下げた剣もいくらかみすぼらしく見える。
「……これ、どう思う?」
小声でアイラに話しかけるとアイラも目を細めている。
「サクライ、すぐに動けるようにしておいて下さい。楽器もすぐに出せるように」
「分かった」
下ろしていた腰を浮かし、いつでも飛び出せるように準備をする。
「積荷はなんだ」
「農耕具とか、防具とかを作る素材がほとんどでさァ。後は2人ほど乗員が」
「ふむ、改めさせてもらう」
シャランと剣を抜く音が外で響いた。足に力を込める。男の手が荷馬車の後部の皮の暖簾をめくる……。
「炎波ァッ!!!」
「うおおおぉっ!!!」
炎の波が荷馬車の中を焼きつくそうと広がった瞬間、荷馬車の床を蹴り前に飛ぶ。炎は俺に触れる前に花びらの膜に阻まれ霧散した。
「なっ……!」
「アイラっ!!」
「氷槍っ!!!」
驚きに仰け反る男2人に向かって俺の後方から2本の氷の槍が飛んだ。
「ぐがっぁ」
「ぎっ……!」
槍は男達の肩を貫き吹き飛ばした。その瞬間に俺はアイラと共にギター片手に外に飛び出す。
「ライっ! 後ろへ走れ!!」
異変を感じた馬が暴れ出そうとしたのを御しているライに叫ぶ。しかしその時には既に囲んでいた4人の男が迫ってきていた。
「間にっ……合え!!!!」
ライに切りかかろうとしている男とライの間に飛び込み身体をねじ込む。剣を身体を覆った膜で受け止めながらライを抱えて御者台から転げる。
「氷柱連っ!!!」
後ろからアイラの叫び声。俺達を庇うように身長の2倍ほどある4本の氷の柱が地面から生え、追撃の刃を受け止めた。
「なんだこいつらっ強いぞ……!!」
「怯むな! 魔法を使ってるのは女ひとり、先にそいつを殺れ!!」
「くっ……アイラ!」
リーダーらしき男が叫ぶと他の4人がアイラに向かっていく。それを見て走り出すが間に合わないっ……!!
「っ……! 氷粒!!」
円を描くように手を払い、自分の周囲に氷の粒をばら撒くアイラ。3人はそれによって吹き飛んだが、1人がそれを剣でいなしながら迫る……!!
「女ァッ!!!」
「きゃっ……!?」
顔の横を掠めるように剣が通り過ぎる。顔を覆っていた布が破れ、肩を切り裂いた。鮮血が宙に舞い、アイラが後ろに倒れ込む。
「てめええええええっ!!!!」
カッと頭に血が上り、走りながらギターをかき鳴らす。すると俺の後方から光の槍がその男に向かって飛んだ。
「グゴァッッッ!!?」
光の槍は男の脇腹を切り裂き飛んで行った。堪らず転がって倒れる男。更にギターをかき鳴らすと複数の光の弾丸が倒れた男を貫いた。
「がっ……ぼっ……!!」
断末魔をあげ男が動かなくなる。
「アイラッ……!」
倒れたアイラを抱き起こす。頭の布が破れ、桜色の髪がこぼれ落ちた。
「なっ……?! そんなまさか……!」
ライが何か声を上げていたが今はとりあえず目の前の敵だ。
「すみませんサクライ。大丈夫です。浅く斬られただけなので」
痛そうに顔を歪めながら立ち上がろうとするアイラ。その右肩からは服を染めるように紅い血が溢れていた。
「動かなくていいアイラ。俺がやる」
その血を見て、自分の中の何かが沸騰するのを感じた。こいつらは、こいつらは生かしておいてはいけない。
「あいつも魔法を使えたのか……! ええい女は手負いだ! 男を囲んで殺せ!!」
「頭領! あの女、もしかしてウライの……」
「はああああああああぁっ!!!!」
ギターをかき鳴らし、目の前の3人の敵に向かって叫ぶ。
「光尾ィ……ッ!!!!!」
俺の前面を大きな光の尾が、半円を描くように薙ぎ払った。3人がまとめて吹き飛び、岩に叩きつけられる。
「爆ぜろ……ゴミ共」
鳴らしながら俺が唸ると、その岩が内側から光を発しそのまま爆散した。叩きつけられていた男3人はそのまま巻き込まれ、肉片が辺りに飛び散る。
「あ、あぁ……ぁ」
残るのは頭領と呼ばれていた男1人とそして、
「止まれっ……!! それ以上動くとこの男がどうなっても知らんぞ!!」
ライの首に剣を当てている奴が1人。構わず2人に近づいていく。
「おまっ……! こいつがどうなってもいいのか!!!!」
「消えろ」
「ぼぉァっ?!」
呟いてギターを鳴らす。それだけでライに張り付いていた男は弾き飛ばされた。局地的な風の塊が男を巻き込み、吹き飛ばしたのだ。
「残るはお前ひとりか」
「ひ、ひいぃっ」
残ったリーダー格の男が完全に腰を抜かし後ずさる。その男を見据えてギターをかき鳴らす……
「サクライ! もう大丈夫です」
後ろから響いた声にハッと我に返る。振り返るとアイラが肩を抑えてこちらに歩いてきていた。男は目をグルンと裏返し気絶している。
「ありがとうサクライ。でも貴方がそこまで手を染める必要はありません」
そう言ってアイラが男に手を向けるとその手足が凍りついた。
「これでヤイタの兵士に引き渡せば大丈夫でしょう。お疲れ様ですサクライ」
「……あ、」
アイラに言われて周りを見渡す。光の弾丸を撃ち込まれ動かなくなった男。岩の爆発によって一部が肉片となった男達、風の塊に腹を抉られ呻いている男。
「うっ、ぷ……」
途端に胃から込み上げてきたものをその場に吐き出す。アイラが背中をさすってくれたが吐き気は収まらなかった。俺が、やった。人を、殺した。
「サクライ、イアルさん……」
ライがふらふらと近づいてくる。そして、
「イアルさん、あんた。アイラ皇女だったのか……」
アイラを見てそう呟いた。アイラは俯き答えない。そう、今やアイラは素顔を晒している。氷姫の異名通りの氷魔法で戦ったのだ。バレないはずが無かった。
「だから夫婦なんて嘘をついたり顔を隠してたりしたんだな……」
ライの声に含まれるのは、恐怖? 怒り? 親しげな色はそこから消えていた。
「ライ、さん。私は……」
「何も言わないでくれ! 俺は、今のあんた達に関わりたくない……ッ」
「っ……」
それは拒絶。明確な突き放しであった。
「バレれば俺は逃走幇助で投獄されちまうだろう……。だから、だからもうこのまま消えてくれ……!」
「……ライ」
胃の中の物を吐ききり、顔をあげライを見る。つまりライが言っているのは……。
「私達を見逃してくれるのですか……?」
「……っうるせェ」
このまま俺達をこの山賊達と共にヤイタの兵士に突き出せばライは英雄となるだろう。報奨金もたんまりと支払われるに違いない。だがこの男は何も見なかったことにしようとしてくれている。
「サクライもアイラ様も、2週間共に旅してきたんだ……。こんな形で裏切られるとは思わなかったけど、それでもあんた達は俺を守ってくれた」
自分達の身の上を隠し、騙していた。それをライは許そうとしてくれているんだ。
「いいのか……?」
「俺は何も見てねえし、ここまで1人旅をしてきた。その過程で山賊に襲われたがなんとか撃退した」
ライがこちらを見ずにまくし立てる。
「馬も馬車も積荷も守ってもらったんだ……。お前らを兵士に突き出すなんてできるかよ……ッ」
「ライさん……」
「だから、早く行け!!!」
ライが怒鳴る。
「……行こう、アイラ」
「ッ……はい」
ふらつく足で立ち上がり、アイラと共に歩き出す。後ろは振り返らない。きっとライもそれを望んでいる。遠ざかっていく楽しかった思い出。もう二度と交わることは無いのだろう。
俺達はライと山賊の残骸を残して2人、森の中へ消えていった。
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