7 カルム・エルスタイン
一通り全ての買い物を終えた俺たちは今夜泊まる宿に来ていた。2人分の部屋を取り、それぞれ荷物を置きに入る。
「意外と綺麗なもんだな」
日本の衛生的な環境になれていると海外に行った時に驚くと聞いたことがあったが、部屋の中は年季は入ってるが汚れているようには見えなかった。ベッドに座って一息つくと疲れがどっと押し寄せてくる。朝起きて寝ぼけたアイラに殺されかけ、祭壇で歌い、ナウラ達親衛隊に襲われて、地震によってなんとか逃走をして。森を抜けて職札発行でひと悶着あり、買い出しをしてやっと宿屋へ。
「こんな密度の濃い1日、久しぶり過ごした……」
平日は毎日バイト、休日はライブというルーティンを繰り返していた俺には新しいことがある1日が新鮮に映る。命の危険があるのは勘弁して欲しいけども。ぐぅっと伸びをして後ろに倒れ込むと少し固めのベッドが受け止めてくれる。この後は荷物を置いて夜飯を食べに行く予定なのであまりゆっくりもしていられないのだが、人は疲れた時ベッドの魔力に抗えないように造られているのだ。
部屋の壁に立てかけたギターケースに目をやる。ここから見る限りではこれがこの世界最強の聖具だなんて信じられないのだが、神様とやらが俺をこっちに転移させるときに弄り回してくれたらしい。人に楽器を触られるのが好きでは無いのでいい気分はしないが、それによって助かっている部分もあるので強くは言えない。
(元の世界に帰ったとしてもこんな話、誰も信じないんだろうなあ)
良くて虚言癖、悪ければ精神病院行きは間違いない。まあひとり暮らしで友達も全然いないから話す相手なんていないんだけど。
「……んんーーーーっ! よしっ、行くか」
ぐーーっと身体を伸ばしてから起き上がる。アイラも荷物を置いて一息つけた頃だろう。ギターと職札だけポケットに入れ、きしむ木の床を歩き廊下へ出て隣の部屋のドアをノックする。
「おーいアイ……イアル〜。夜飯いこうぜ」
ここにはほかの宿泊客もいる。市場のような喧騒の中なら大丈夫だろうが、人の耳があるところでは偽名を使った方が良い。しばらく待ってみるが返事は無い。
「……? イアル〜?」
もう一度ノックしてみるがアイラからの返事はなかった。ここの宿屋は鍵も無く壁も薄い。聞こえないということはないと思うのだが……。そこまで考えた時、嫌な予感に襲われる。鍵の無い部屋、返事が無い。
「……っ入るぞ!」
そっと扉を開ける。これでもし部屋にいなかったりしたら大変だ。が、その心配は杞憂に終わる。中では足をベッドの外に投げ出した状態でアイラが黒いマントを脱ぎもせずに規則正しい寝息を立てていた。恐らく座った状態からベッドに倒れ込みそのまま寝てしまったのだろう。気持ちはよく分かる。
「ふぅ……まあそりゃそうか」
元の世界基準で言えば恐らく高校生程の年齢であろう少女。気を張って逃走を続けてきたのだ。疲れないわけが無い。ここは起こさず寝かせておいてあげよう。歩み寄り脇に畳んである掛け布団をかけてやる。しっかりとした体勢で寝かせてやろうかとも考えたが寝ている女性に何も気にせず触れるほど俺は充実した人生を送ってきていない。
「おやすみ。アイラ」
年相応にあどけない寝顔に声をかけて、音を立てないように部屋の外へ出る。今日は俺も部屋に戻ろう。夜飯を抜くくらい元の世界でもよくあったことだ。問題はない。部屋に戻って中を色々見ていると机の上にメモ用の紙とペンが置いてあるのに気がついた。
「……日記でもつけとくか」
誰も信じてくれなかったとしても、ここで現実に起こっていたことを記録しておくことは無駄にならないだろう。昨日の夜からのことを順番に書いていく。幸い文字を書くことは嫌いでは無い。書き始めるとスラスラと書き進めることができた。異世界に転移して2日目の夜はこうして静かに過ぎていった。
ウライ神聖帝国、首都ライバーンにある王宮の玉座の間。そこには今、張り詰めた空気が流れていた。
「それで。アイラを発見したと」
「は……。オクライ聖山の祭壇近くにてアイラ様を発見し、接触いたしました」
玉座にはウライ神聖帝国皇太子、カルム・エルスタインが。そしてその前には膝をつき頭を垂れたウライ神聖帝国親衛隊隊長、ナウラ・ホッセルが向き合っている。
「しかしアイラの姿は見えないようだが」
「……はい」
玉座の脇に立っている兵士にも緊張が走る。ここの答え次第ではナウラの首が飛ぶこともありえるのだ。カルム・エルスタインは皇太子という座に甘えず自分を鍛え上げ国で最強の魔法使いとして名を馳せているのだが、他人にも完璧を求める。この1週間の間にも、クーデター前から不正を働き至福を肥やしていた王宮関係者を何人も断罪していた。
「結論から申し上げます。アイラ様には逃走を許してしまいました」
肌を刺すような空気が更に凍りつく。カルム皇太子がその鋭い目を不満げに細めた。
「理由を聞こうか」
「は。アイラ様には逃走を補助する見知らぬ者が同行しており、その者とアイラ様の魔法。そして本日の大地震に紛れて姿を消しました」
「逃走を補助する者だと……?」
カルムの瞼がピクリと震える。
「その男は妙な楽器型の聖具を持ち、強力な光と風の魔法を行使しました。傲岸不遜にもアイラ様を仲間などと呼ばわり、共に北の森の方へと逃走したものと思われます」
「聖具を持つ男……。祭壇の様子はどうだった」
「は。私共が到着した時点では祭壇が光を発しており、恐らく昨夜の光といい、アイラ様は巫女として覚醒された、あるいはされかかっているものと思われます」
カルムの手がギリと握り締められる。それだけでその身体からは陽炎のように魔力が立ち上っていた。
「地震がきたことからして、完全に覚醒しているとは考えづらいが……しかし今日は久しぶりの晴れ間。何かしらの力は働いていると考えるべきか。あるいはその男が何かを知っている……?」
感情とは別に頭は冷静に思考を巡らす。人心掌握を得意とするカルムは自分の心を御する手段にも長けているのだった。
「しかしナウラ。お前ほどの男が簡単にそこらの者に負けるとも考えづらい。その者はそれほどに強かったのか」
「……私と正面から打ち合い、互角に戦える程の実力はあるものと思われます」
ナウラ・ホッセルはウライ神聖帝国の王族の親衛隊隊長だ。30という若さでその座まで上り詰めた実力は生半可なものでは無い。自強化魔法を使ったナウラと渡り合えるのはこの国の戦士、魔法使いの中でも一部のみだろう。それほどの力を持っているならば噂を聞いたことがあってもおかしくは無いはずだ。
「光を発する祭壇、止んだ雨、そして聖具を使う男……」
それぞれを繋げると、ひとつの可能性に行き当たる。
「……ナウラ、お前はこの国の建国の話を知っているか」
「は。初代の巫女が災害を収め、それを助けた者とこの帝国を作りあげたと……?」
質問の意図が掴めずナウラは曖昧な返事を返す。
「そう、巫女によってこの帝国は造られた。だが何故、巫女は災害を収めるなんてことが可能だったと思う?」
「それは……神と対話をすることができる存在であったからだと……」
「そう、そんなことをできるのは神しかいない。では、神とはなんだ?」
「カ、カルム様……?」
カルムは何を言おうとしているのか。それは分からないが大きな、何かが変わってしまいそうな不安に狩られてナウラは答えることができなかった。そんなナウラをカルムはじっと見つめていたがやがて視線を外す。
「……神という存在がいて初めて、巫女はこの帝国を造ることができた。人をまとめるには圧倒的な奇跡による信仰心、信ずるに値する大きな存在が必要だった。そういうことだ」
「っ……! ではカルム様は神という存在は初代の巫女による創作だと……? しかし現に災害が無くなる等の奇跡が……」
ナウラの顔が青くなり言葉に詰まる。しかしカルムはそれを否定した。
「違う。神は本当にいる」
「は……ではカルム様の考えられている神とは一体……?」
しかしカルムはそれに答えなかった。そしてヒラヒラと手を振り、
「もういい、今日は下がれ。処分は追って伝える。魔法の後遺症で筋肉痛も酷いのだろう。今は休め」
「っ……失礼します」
ナウラは身体を引きずるようにして玉座を出ていった。後にはカルムと護衛の兵士だけが残る。
「さて……お前らは聞かなくてもいいことを聞いてしまったな」
「は……カルム様……?」
「それは一体どういう……」
カルムはゆっくりと玉座の両脇にいる兵士に手を向けた。そして、
「夜を」
そう呟いた。次の瞬間兵士2人は何の声も発さず力を無くしたように倒れ込んだ。
「ラク、メイ」
「はいはい、いつもみたいに処理しときますよ〜」
「……
カルムが呼ぶと、どこからともなく2人の黒装束の女が現れた。1人ずつ兵士を抱えるとまた溶けるように闇に消える。それはまるで朝が来て闇が消えるように。夜が来て光が消えるような様子だった。
「……初代巫女は奇跡により争いを止め、この帝国を建国した。もしそれが巫女の力によるものだったとしたら?」
その問いに答える者はいない。しかしカルムには確信があった。その目にはギラギラとした闇が燃えている。
「楽器の聖具を持った男……必ず俺の手で」
玉座に座るカルムは口角を邪悪に釣り上げ、ただただ宙を見ていた。
「カルム様は何をされようとしているんだ……?」
王宮近くの王宮務めの者向けの寮の自室でナウラは床に転がっていた。
巫女を、神を否定するような言葉。神だけに頼るのではなく自分達の力でこの国を治めていくという考えに惹かれて親衛隊の隊長という立場でありながらクーデターに力を貸した。しかしそれはあくまでこの国のため、神の力が弱まり災害が再びこの地を襲っているからである。その現状を見て神に全てを任せてしまうのではなく自分達にもできることを……と。
「でもこれでは……この国の在り方に対する反逆ではないか」
カルムと話していると自分達が今まで信じてきたもの、守られてきたものが途端に不安定に見えてきてしまう。
(アイラ様……)
オクライ山祭壇での戦闘を思い出す。躊躇無く自分に向けて魔法を打ってきたアイラ皇女。そしてその逃走を助けていた素性の分からぬ男。確かサクライとか呼ばれていたか。
「俺は、弱い」
親衛隊隊長という立場まで上り詰めてきたのは一重に他の全てを切り捨てて自分の剣を磨いてきたからだ。特別に魔法の才能がある訳でも頭がいい訳でもない。あっさりと俺の剣を受け止めて見せた、サクライという男と戦って改めて実感した。本当に強い魔法使いに対しては俺の剣技は通じない。より強く、より鋭く。より柔軟に自分を磨きあげなくてはアイラ様を取り戻すことはできない。
親衛隊としてウライ神聖帝国の王族を守ってきた。その自分の信義を曲げてまでカルムについて行くことを決めたのだ。こんなところで折れてしまう訳にはいかない。強くなるんだ。
自強化魔法の後遺症による全身の筋肉痛をねじ伏せ、ナウラは腕立て伏せを始めた。
『全権移譲プロセス試行』
『エラー、移譲先の召喚者の状態に問題は無し』
『オクライ山よりアンサン池への移動を始めた模様』
『本日オクライ山祭壇にて一部権限の移譲が完了』
『同様にアンサン池での権限の譲渡を試行を予定』
「ん……」
窓から差し込む光で目を覚ます。一瞬ここがどこだか理解ができない。自分の部屋ではない、木造の部屋。
ああ、そうだった。
「いつの間にか寝てしまっていたんですね……」
夜ご飯を一緒に食べに行く予定だったがどうやらサクライは寝かせておいてくれたらしい。かかっている掛布団に気が付き少し頬が緩む。自分が神の使いであると知っても全く傲ることも気取ることも無い不思議な男性。変な体勢で寝てしまったせいで凝り固まった身体を伸ばしながらサクライのことを考える。
あの人は昔のお兄様にどこか似ている。まだ出会ったばかりにも関わらず、かなり気を許してしまっているのはそれが原因だろうか。あの日を境に最強の魔法使いと呼ばれ、変わってしまう前のお兄様に。クーデターを起こし、お父様を投獄できるような人では無かった。優しく、正義感に満ちて神を敬愛するウライの人間であったはずだ。
お母様の死によって全てが変わってしまった。あれからまだ1年と少ししか経っていないとは信じられないくらいだ。手の甲をおでこにあて目瞑る。相変わらず神との繋がりを感じることはできなかった。
──巫女の祈りによって神は災害を収める。
巫女の力は代々巫女の娘に脈々と受け継がれてきた。巫女の娘は生まれつき神と対話をする力を持ち、人より多くの魔力を与えられて産まれる。しかしアイラには昔から、神と対話する力も、他人を大きく上回る魔力も無かった。今のアイラの魔法は全てアイラ本人の血のにじむような努力によって修得したものだ。巫女たる皇后の娘が神と対話もできないばかりか魔法も人並みにしか使うことができなければ王家はその求心力を失ってしまうだろう。
(お兄様が女性であれば……)
ウライ神聖帝国皇太子カルム・エルスタインは巫女の子供らしく一般を大きく超えた魔力、類稀なる魔法センスを持って産まれた。彼が女であれば間違いなく巫女として上手くやっていっただろう。しかしそんなある意味での劣等感からカルムは歪んでしまったのかもしれなかった。どれだけ魔法が上手く使えても成績を残しても注目されるのは次代の巫女であるアイラばかり。兄としては複雑な気持ちであったであろう。
しかしそんな中にあってもカルムは優しかった。思うところは色々あっただろうにそんな事はお首にもださず、むしろアイラを常に守ろうとしていた。王宮で働く者達の失望や民の声から遠ざけて知らせないようにしてくれていたことをアイラは知っている。
(あの日、お兄様は何を見たのだろう)
ライバーン王宮の地下にはアイラですら入ることの出来ない巫女の祭壇がある。入ることが許されるのは神と対話することができる現役の巫女のみ。15歳のカルムはそこに忍び込んで何かを見た。警備兵に捕らえられ戻ってきたカルムの表情は、元の優しい兄のものでは無かった。なにかに絶望してしまった、そんな闇をたたえた目をしていたのを覚えている。
そこからのカルムは何かに取り憑かれたかのように魔法の修練に励むようになった。元々恵まれていた魔法への適正を活かしあっという間にカルムはウライ最強の魔法使いと呼ばれるまでになった。その頃にはもう、カルムはアイラを気にかけることをやめていた。そして皇后であった母親の死。そこからカルムは王宮を空けることが多くなった。今思えばそれはクーデターの為の仲間集めであったのだろう。彼の元にはラク、メイという2人の女魔法使いを始めとした素性の分からない者達が日を追う事に増えていった。クーデターのあの日、王宮を内と外からあっという間に制圧をしてみせた彼は、
『我々は神に頼りすぎてきた。神の力が弱まった今、神に全てを任せるのではなく自分達の力で大地を踏みしめ生きよう!』
そのような声明を出した。神を信じることによって生きてきた民たちは大きな混乱に包まれたであろう。そんな彼にとって1番邪魔なのは神の声を聞き、伝える役割である巫女たるアイラだ。アイラがいる限り民は神に縋る。カルムはきっと神にとって変わり自分が中心となり国を作ろうとしている。
(でもそれでは災害は無くならず、多くの人が死んでしまう)
現時点でも止まぬ雨、長期間の日照り、大地震等で民は飢え、傷ついている。解決できるのはやはり神しかいないのだ。祈りが通じ、この災害を全て収めることができればきっと兄もまた神を信じ生きていくことができるはずだ。その為にも、サクライと共に早く神との対話を成功させなくてはいけない。
「今日も1日、私達をお守りください……」
胸の前で手を組み祈る。今日も外は晴れ模様だった。
「ふぁ……おはよう……。今日はそっちが先だったな」
隣の部屋をノックするとゴソゴソと音がして寝癖をつけたままのサクライがふらふらと出てきた。
「おはようございます、サクライ。……昨日はすみませんでした。あの後夜ご飯は食べられましたか?」
「あ〜そういえばそうだったな。大丈夫大丈夫、夜飯食べないことなんて向こうでは良くあったからさ」
頭の後ろをかきながら答えるサクライ。目が半分しか開いてない様子に思わずクスッとしてしまう。
「昨日先に寝てしまった私が言えることでも無いですが、ちゃんと食べないとダメですよ? あ、それと布団ありがとうございました」
「すまんな勝手に入って。返事が無かったからなんかあったんじゃないかと思って」
「いえ、その際は私でもそうすると思います。……寝顔を見られたのは少々恥ずかしいですが」
少し頬を膨らませて見せると分かりやすく狼狽えるサクライ。意外と初心なのだこの男。
「そ、それより朝飯にしようぜ。昨日の夜食べてない分ガッツリいきたいなあ」
「はい、軽く準備を整えてから行きましょう」
宿の前で待ち合わせることを決めて部屋に戻る。着替えも昨日買い揃えることができたため、大人しめのベージュのロングワンピースに着替え、顔には変わらず黒布を巻く。長い髪をしまうのが少し大変だ。そして昨日サクライに選んでもらった靴を履いたあと、ふと思いついて荷物の中からペンダントを取り出す。長めの紐の先にはハートを逆さにして半分にしたような形のペンダントトップが付いている。金色に輝くこれは片割れ。もうひとつの片割れと合わせることによって本来の形になるのだ。そしてその片割れはお母様が持っている。
(1度も付けているところは見れなかったけれど)
これはお母様とのペアアクセサリーとして産まれた時に貰ったものだ。しかし母がそれを付けているところは亡くなるまで1度も見なかった。でも、これを付けているとお母様と繋がっている気がして安心できる。
「よしっ」
ペンダントを首から下げ胸元にしまい込む。こうしていればこのペンダントのことを知る者がいたとしてもバレることはない。職札とお金を入れている巾着を持って部屋を出る。すると隣の部屋の扉もちょうど開いたところだった。
「下で待ち合わせる必要なかったな」
「ですね……行きますか」
顔を見合わせて苦笑しながら宿屋の階段を降りる。カウンターで欠伸をしている主人に朝食を食べてくることを伝え、通りに出た。露店が並ぶメインの通りからは外れているもののクランクランの街は朝から人の喧騒に包まれていた。
「さてと、何があるのかな」
「この国ではペタルという小麦粉を薄く伸ばして焼いたものに肉や野菜を巻いたものを食べることが庶民の間では一般的ですね」
「へえ。お、あれかあ」
サクライが示した方向を見ると確かにペタルを売っている露店があった。周りでは沢山の人がペタルをかじっている。
「私もお母様と外に行く時にはよく食べていました。結構美味しいんですよ?」
「うん、あれにしよう。食べてみたい」
頷いて露店に2人で近づく。熱い鉄板の上には大量のペタル生地が伸ばされており、ふくよかな女性がそれを同時に焼き上げていた。
「すみません。2つください」
「はいよ〜石貨4枚ね」
石の硬貨を4枚渡すと店主の女性が焼いている生地の上に緑色の葉物野菜、赤色の細切りの野菜、その上からほぐした肉を縦にしきつめていく。最後にタレをかけて折りたたんで巻けば完成だ。お礼をいって紙に包まれた熱々のそれを受け取る。
「クレープのようなブリトーのような食べ物だな」
「くれーぷ……ぶりとー……」
「元の世界の食べ物だ。これに果物とかクリームいれたら似たようなものができると思う」
「ペタルの生地に果物を……?!」
考えたこともなかったが想像をしてみるととても美味しそうだった。
「それじゃあいただきます」
「……いただきます!」
道の脇に寄ってから、サクライの元いた世界では食事の前に必ずしていたという挨拶を復唱してペタルを食べ始める。瑞々しい野菜のシャキシャキとした食感とホロホロとした肉の柔らかい旨味に甘辛いタレが絡まり、それだけでは味気ないペタルの生地を最高のご馳走へと進化させていた。
「こりゃあ美味い」
サクライが驚いたように目を見開くのを見て少し得意になる。自分が作った訳では無いが、この国のものを褒められて悪い気はしない。2人とも夢中でペタルにかぶりつき、あっという間に無くなってしまった。
「ご馳走様……これはいい朝飯だった」
「ふふっ良かったです」
満足気な彼を見て嬉しくなる。この世界の食事が好みにあってくれて安心した。
「それじゃあ宿に戻って準備をしましょうか」
「だな」
お腹も膨れ、ゆっくりとした足取りで宿屋に戻る。準備を整えたら出発だ。北の聖地、アンサン池までは歩きで1ヶ月ほどかかる。大変な道行きではあるが不思議とサクライと旅をすることを考えると楽しみになってくる。この先に何が待ち構えていたとしても彼と一緒になら乗り越えていける、そんな気がしていた。
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