6 クランクラン
「はいはーい。えっとおふたりさんは職札の発行で大丈夫かい?」
「はい、よろしくお願いします」
10分ほどしてから呼ばれて中に入ると、小さなカウンターに受付のおばちゃんといった風貌の女性と、横に鎧を纏っている兵士が立っていた。
「はいはい職札……っと。それじゃあ名前と、職業。街に来た目的を聞かせてもらおうかね」
紙に何かをメモしながら顔をあげずにおばちゃんが聞く。ここはアイラに任せるのが得策か。目配せをすると頷いてからアイラが話し出す。
「私はイアル、こちらは夫のサクライ。旅の楽士をしている者です。職業は楽士ですが、楽士という職は職札には無いので今まで持たずにいました」
「はいはい楽士……と。そうだねえ。楽士だと職札を発行することができないから何かしらの職業ギルドに所属してもらわなきゃいけないけれども、あんた達は何ができるんだい?」
相変わらず顔をあげずに聞いてくるおばちゃん。
「そうですね……2人とも少しですが魔法の心得があるので、魔法ギルドか傭兵ギルドあたりが良いかなと考えています」
それを聞いたおばちゃんと兵士が少し顔を見合わせる。
「はいはい、楽士で魔法使い……と。今までに魔法を使って仕事をしたことはあるのかい?」
「いえ、ですが簡単なことならある程度はこなせると思います」
ハラハラとしながらアイラとおばちゃんのやり取りを聞く。もし何かを疑われて顔の布を外せと言われてしまったらと思うと……。気が気ではない。
「はいはいそうかい……。あんた達も随分と変わり者だねえ。魔法が使えるのに流れの楽士だなんて。少し魔法を見せてもらえるかい?」
おばちゃんが目配せをすると兵士が頷き、部屋の奥からカカシのようなものを取り出してくる。
「はいはい、それじゃあ1人づつこの
ドキリとする。この魔法を人前で簡単に見せていいものだろうか。アイラをちらりと見ると彼女も少し考え込んだ後にこちらに頷く。
「分かりました……。では私から」
アイラが吸魔的の前に立ち、手を向ける。
「雷針……!」
アイラの手からバチリと電気が走り、カカシの胸元を貫く。カカシはその攻撃を微動だにせず受け止めている。
「はいはい、属性は雷……と。うん、大丈夫そうだね。威力も精度も問題無さそうだ」
おばちゃんははいはいはいと頷きながらまた何かを手元の紙に記していく。
「はいはい、それじゃあ次はお兄ちゃんの方だよ」
「あ、はい」
さあ、ここからが問題だ。
「はいはい……。お兄ちゃん、それは聖具かい?」
驚いたように尋ねてくるおばちゃん。兵士の目が少し厳しくなったように見える。
「いやあ、はは……。そんなような感じです……ハイ……」
頼む! 何も違和感を抱くな!
ストラップを肩にかけ、カカシと正面から向き合う。
──必要なのは魔力、想像力、きっかけ。この3つです。
アイラの言葉を心の中で思い出しながら息を整える。俺が想像するのはナウラとの戦いで使った光の槍。あれをこのカカシに叩き込む。
(魔力、想像力、きっかけ……!)
目をしっかりと開けて、カカシを見据えそしてギターのDコードを鳴らす。
「
俺の背後で何か大きな力が広がるのを感じる。
「はいはい……?! これは……」
「っ……!」
おばちゃんと兵士が身構えている。何かまずいことをしただろうか? しかし発動してしまった魔法を止める術など俺は知らない。やがて力は細く洗練されていき、カカシに向かって眩い光を放ちながら一直線に飛んだ。
ポシュッ
「「「「え?」」」」
が、魔法はカカシに届くことなく、その前で消えてしまった。支えが不安定だったのか空気を読んだかのようにカカシがパタリと倒れたがそれが余計空気を生暖かくする。
「はいはい……えーと。お兄ちゃんはまだ魔法使い見習い……といった感じかな?」
「そ、そんなところです……」
俺って神の使いで最強の魔法使いのはずなんだけどなあ……。
「はいはい、それじゃあ2人にはそれぞれ傭兵ギルドのBランク職札とDランク職札、同じく魔法ギルドのBランク職札とDランク職札を発行するからねえ」
言うまでもなくアイラがBランクで俺がDランクだろう。……惨めだ。
しばらくしてから奥に引っ込んだおばちゃんが2つの木の札を持ってきた。
「はいはい、それじゃあこれが2人の職札だよ。2人分で銀貨8枚だ」
「はい、分かりました」
アイラが懐から財布をだしおばちゃんに支払う。おばちゃんからの視線が痛いのは俺の被害妄想であると信じたい。
「はいはい、それじゃもう行って大丈夫だよ。カウンター横の扉から街に入れるからね」
アイラが支払いを終えるとおばちゃんが出口を示してくれる。やっと、この自分の自信を削られる空間から出ていけると思うとほっとした。2人連れ立って出ようとすると誰かに肩を掴まれた。
「少しいいかい……君の嫁さんが気になってね」
振り返ると先程おばちゃんの隣に立っていた兵士が俺の肩を掴んでいた。予想していなかったことに全身が粟立つ。
「先程の魔法のキレ、そして威力……。その頭の布を取って少し顔を見せてもらえるかな?」
穏やかな言葉ではあったが有無を言わせない迫力があった。ここに来て疑われるとは……!
「……顔の布を取ることはできません」
「……ほう? それはまたどうして」
兵士が腰の剣の柄に手をかける。一触即発といった空気におばちゃんと2人、縮み上がる。いや、ダメだ。俺が何とかしないと……っ!!
「あ、あのっ!!!」
突然俺が割って入ったので睨み合っていた2人が驚いたようにこちらを見る。
「彼女……イアルが頭の布を外せないのは俺のせいなんです」
「……それは一体?」
兵士は警戒を続けたまま先を促す。
「昔俺が魔法の稽古をしていた時に誤って彼女の顔に当ててしまったことがあって……。それ以来彼女の顔には大きな醜い傷がついてしまったんです。それ以来俺は上手く魔法が使えなくなって、彼女は顔を隠しているんです……。全部俺が悪いんです」
必死に捻り出したその場限りの嘘だ。裏をとる事なんてできないだろうが、何か証拠を出すこともできない。通ってくれ……っ!!!
永遠にも感じられる沈黙の後、兵士が口を開いた。
「……そういうことなら仕方ない。女性は顔の傷を見られたく無いだろうからな」
心の中で息を吐き出す。よかった……。
「それでは行くといい。この街では今、全ての売り買いにその職札が必要だ。くれぐれも無くさぬように」
「はい、ありがとうございます」
会釈をして、今度こそ2人でカウンター横の扉をくぐる。少し長い通路が続いた先に街に出られるようだ。慌てているように見られないように、だが早めの歩調でアイラと俺は小屋を後にした。
「はいはい……。変な2人組みだったねえ……旦那のお兄ちゃんは何も出来なさそうだったし」
「そうですね……。ん……?」
2人の楽士が出ていった後、吸魔的を起こそうとして兵士は驚愕した。
「吸魔的に穴が……っ?!」
見ると吸魔的の胴体には大きな穴が空き、全身がひび割れている。そんなことはありえない。この吸魔的はどんな魔力だろうと吸収、相殺してしまう特殊な素材を使って作られている。大魔法使いならまだしも、一般人の魔法によってどうこうできるものではないのだ。しかし現実として、あのイアルという女性の時には何ともなかった吸魔的がサクライという男の放った魔法によってこんなことになっている。
「あの男……」
あの見たことの無い楽器型の聖具や、一瞬感じた全身が震えるほどの魔力。
「少し、警戒をしておくか」
兵士は、はいはいと次の職札発行希望者の応対をするおばちゃんの横で1人、サクライへの警戒を強めていた。
「…………焦ったあぁあああああぁああああああああああああああぁぁぁ」
小屋を出て、人通りの多い通りを抜けて人気のない路地裏に入ったところでアイラと2人息をつく。
「何とか……抜けられましたね……」
あの場では堂々としていたが、アイラも相当気を張っていたのだろう。疲労困憊といった様子で座り込んでしまった。
「職業のこともそうだけど……最後のあれ、なんだよ……」
「念の為に普段使う氷の魔法ではなく、雷の魔法を使ったのですが……。それでも今までに沢山の魔法を見ているであろう兵士の前では小細工は通用しなかったみたいですね」
膝を抱えてしゃがみこみながらこちらを見るアイラ。うーん。上目遣いが可愛いね。
「俺の方は使えなさすぎて逆に怪しまれそうだったけどな……まあ結果最後の言い訳に使えたから良かったけども……」
我ながらよく咄嗟に思いついたものだ。
「…………私の顔には大きな醜い傷があるんですもんね」
「えっ? いやそれはあの場を切り抜けるための適当な……」
何故かツーーンと横を向いてしまうアイラ。え? これ俺が悪いの?
「いや、ごめんて……アイラの顔はめちゃくちゃ綺麗だと思う……よ」
ガチっぽくならないようにサラッと言おうとしたのだが最後の最後で詰まってしまい結局恥ずかしくなる。
「……そうですか」
あ、若干声のトーンが上がった。年頃の女の子って難しいね……。
「さて、とりあえずは買い出しをしましょうか。この格好なら私も買い物に参加しても大丈夫でしょうし」
ぱん、と手を打って立ち上がるアイラ。
「まあそうだな……。俺が行こうとも思ってたけど、お金もってないしそもそも何買ったらいいか分からんしな……」
さっきのおばちゃんのほんの少し見下した視線を思い出して悲しくなる。この世界でも俺はしっかり働いてる人達に引け目を感じて生きていくのか……。
「私もそこまで手持ちがある訳ではありませんが、当面の間生活していけるくらいにはあるので後で少しサクライにも分けますね」
そんな俺の心情を察してかそんなことを提案してくれるアイラ。なっさけないけどありがたい。気配りのできるええ子やでほんまに……。
「よし、それじゃあ休憩もしたし買い物にいきますか!」
「はい!」
そうして人の活気の中に2人で繰り出していく。通りには何かが焼けるいい匂いがしていたり、子供達が走り回り人々が売り買いをする声が絶え間なく響いていたりとこの中にいるだけで異国の生活の雰囲気を感じることができた。異国というか異世界なんだけどね。今朝の大地震の影響を心配していたが、山の上ほどの被害はこちらには出ていないようだった。
「おお……初めて見るものがいっぱいある……」
露天には様々な食材が加工前、加工済で様々売られている。日本でもよく見るような肉や魚、野菜もあれば、ちょっと見ただけじゃ食べ物なのかも分からないようなものが隣に並べられていたりとひとつひとつの店を見ていくだけで凄まじい情報量だ。
「アイラはこういう街に来たことはあるのか?」
「はい、たまにお母様に連れられて遊びに来ていたので……。クランクランは相変わらず賑やかな街ですね」
嬉しそうな様子のアイラに何故かこちらもじんわりと心が温かくなる。逃亡の身となっても皇女。国民が幸せそうにしているのは嬉しいのだろう。
「あ、見てください! あれ、凄いですよ!」
俺の袖を引っ張ってアイラが指差したのは串焼きの店だった。肘から手の先程の長さの串に刺された巨大な肉串が直火で豪快に焼かれる様子は圧巻であった。
「サクライ、山を下りて少しお腹が空きませんか? 私、あれを食べてみたいです!」
目をキラッキラさせてそちらに引き寄せられていくアイラとは対照的に俺の顔は渋い。だって……
「なにあれぇ……」
その露天の後ろにはまだ解体される前であろう肉が大量に吊るされているのだが、その姿はちょっと異様である。恐らく首と思しき長い部位は2つあり、それが逆さに吊られてぶらぶらとしている。首さえ見なければ何かの鳥だと思えるのだが、その2本の首が目に入ると近づきがたく足が重くなる。これが異世界か……。売ってるものだから大丈夫なんだろうけど、未知の食材。しかも肉だ。怖い。
「サクライ〜! 早く早く!」
「あーはいはい分かりました分かりました……」
だが俺は現在ヒモ男。飼い主の言うことには逆らえないのであった。
「らっしゃい!! 今日の朝とれたての新鮮なガーチョウだァ! うちの特製ダレにつけて焼き上げたこいつは絶品だよ!」
汗だくのマッチョ店主が近づく俺たちを認めてニカッと笑いかけてくる。
ガーチョウ……。
「はい! こちらの串を2本ください!」
「あ、いや俺は……」
「夫婦でお出かけかい? 羨ましいねェ!! 奥さん、顔は隠れているが美人と見た! ええい、サービスだ! 本来2本で銅貨2枚のところ、三本で銅貨2枚にしちゃらァ!」
「ありがとうございます! サクライ、サービスしてもらっちゃいましたよサービス!」
「ああ、よかったね……」
この子こんなにテンション高かったっけ? 空腹と街の喧騒にあてられて少しおかしくなってるのかもしれない。まあ可愛いからいいや。バチバチと脂を弾きながら焼き上げられた串を受け取り、職札を見せてから支払いを済まし、再び2人で人の並に戻る。
「私、王宮では食べられないこういう街の料理に目が無いんです……!」
嬉しそうなアイラが小さな口で早速巨大串にかぶりつく。肉汁が染み出して見るからに柔らかそうだった。両手に串を持ち、口周りを汚しながら肉にかぶりつく様子をあのナウラとかいう親衛隊隊長に見せたらどんな顔するんだろうか。
「…………いただきます……」
見ていたら俺のお腹も空腹を訴え始めた。先程の吊るされていたモンスターのことは一旦頭から追い出し肉にかぶりついてみる。
「…………!! うっま?!」
想像以上に柔らかい肉からはジュワリと肉汁と甘い脂が染み出し、口の中に幸福をもたらしてくれる。肉の味で言うと鶏と豚の中間のような味だろうか? あの店特製だというタレを表面にまとい香ばしく焼き上げられており、その香りだけでも白米を3杯は食べられそうであった。
「でも、見た目はバケモンなんだよな……」
吊るされていた無数のガーチョウを思い出す。しかしそれを思い出してもこの美味しさの魔力には勝てなかった。
「悔しい……悔しいけど美味しいっ!!!」
「……サクライは何と戦っているのですか……?」
俺の葛藤を見たアイラが困惑気味に尋ねるのであった。
「防寒具、野宿用のあれこれに日持ちのする食料……。うん、大丈夫ですね」
食事を終えた後、アイラの考えていた旅装備を一通り露天で揃えていった。この世界では物の値段というのは全体的にその場のノリで決めているらしく、アイラと店主が値段でバトルする所を見るのも珍しく無かった。そして大体はアイラが勝つ。この子、逞しいっ……!
「サクライは何か欲しいものとかってありましたか?」
「いや、特には大丈夫かな」
向こうの世界ではキャンプもしたこと無かったからぶっちゃけ旅に何が必要かもよく分からないしね。
「あ、1個だけ買いたいものあったなそういえば」
「はい、なんですか?」
横を歩くアイラが俺を見上げて尋ねる。
「いや防寒具でブーツを買いはしたけどさ、今みたいな普段の時に履く靴も買わないと」
アイラはここまで山道を布を巻いた素足で下りてきた。靴にはサイズがあるし、俺のを貸すという訳にもいかないからここまではどうしようも無かったのだが。
「そういえばそうでしたね……」
忘れてたかのようにポンと手を叩くアイラ。しっかり者に見えて抜けてるなあ……。
「じゃあ、サクライが選んでくれますか?」
「ん?」
アイラに手を引かれて靴屋に連れていかれる。しかしこの店は今までの露店とは違い、しっかりと建物の店を構えている。高級な気配に少し気後れしてしまう。
「ほら、いきますよ」
「あ、ああ……」
店内に入ると木でできた棚に沢山の靴が並べられていた。シンプルな見た目のものから少し派手な彩色の物など多岐に渡っている。基本全て、上履きのような紐のないすぽっと履けるタイプの靴のようだった。
「ではサクライ、私に合う靴を選んでくれますか?」
「あ、本当に俺が選ぶのね」
なんでという疑問は置いといて陳列された無数の靴を眺める。アイラに似合う靴かあ……。
長く綺麗な淡い桜色の髪、すらっと伸びた細く白い手足。吸い込まれてしまいそうな少し茶色がかった瞳。
「…………」
いつしか俺は無言で端から靴を眺め歩いていた。その後ろをアイラはついてきている。
この世界に来て初めて出会った存在。俺には想像のつかなかったような辛い境遇に置かれている女の子。俺の歌を、好きだと言ってくれた女の子。
「……これが、いいと思う」
「これ、ですか?」
なんてことは無いシンプルな靴。革でできた薄茶色の表面に、ワンポイント足の甲の所に小さなガラスの花がついている。アイラは棚に歩み寄ってその靴を持ち上げて矯めつ眇めつじっくりと見てからニッコリと笑った。
「綺麗な、靴ですね」
「皇女様にはシンプルすぎるか?」
少し茶化すように聞くと目をつぶって首を横に振った。
「家族や召使い以外の誰かに初めて選んで貰った物です。とても……とても嬉しい」
眩しい笑顔に少し照れ臭くなり鼻をかく。
「そ、か。まあ買うのは俺じゃ無いけどね……」
「ふふ、いいんですよ。私、こう見えてもお金持ちなんですから」
茶目っ気たっぷりにそう言うとスキップでもしそうなくらい嬉しそうに店主の所に靴を持っていく。その様子にじんわりと心に温かいものが広がっていく。
昨日の夜、初めて見た彼女は気品のあるどこか遠い美しい女性だった。しかしこの短期間の間に沢山のことを共に経験して。今は歳相応の可愛い女の子にしか見えない。
「俺が、守ろう」
強さでも財力でも彼女に勝つことはできないが。それでも防げないものから彼女を庇護する。それがこの世界で俺が生きる意味だ。楽しそうに買い物をする彼女の後ろ姿を見つめながら、俺は改めて決意を固めたのだった。
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