5 魔力、想像力、きっかけ

「はあっ……はあ……」

「はあ……はあ……」

 

 ナウラ達、ウライ神聖帝国親衛隊からなんとか逃げることができたのはいいものの。

 

「すごい地震だったな……」

 

 日本に住んでいたから地震は経験していたけれど、あそこまでの大きさは初めてかもしれない。

 

「お母様が亡くなられてからこんな地震がたまに来るようになって……」

 

 アイラが肩で息をしながら説明してくれた。

 

「これも神の力で無くなるのか……」

 

 こんな震度の地震がきたら街にもかなりの被害が出ているだろう。こんなのが頻発していりゃ神にも頼りたくなるか……。

 

「アイラは怪我とかないか?」

「え、ええ。恐らく私には傷をつけぬようキツく命じられているんだと思います」

 

 確かに俺には全力で斬りかかってきたけどアイラには一切いかなかったな。部下達も足止めしてるだけって感じだったし。

 

「このまま下山してしまいましょう。少し気になることもあるので」

 

 地震が収まり、今なら容易に下山ができそうだ。この地にはこれから監視がつくだろうし、戻るのは難しいだろう。

 

「だな。気になることっていうのは……?」

「先程、サクライの歌によって散っていった光なのですが……」

 

 目を瞑り、何かを思い出すような風に俯く。

 

「飛んで行った方向がどうやら、ウライの四方にある祭壇を有する聖地がある方角なんですよね」

「オクライ山みたいな?」

 

 アイラが頷く。

 

「北のアンサン聖池、南のサイバル聖谷、東のナクラーレン聖窟、西のトウトウ聖丘。そして中心のオクライ聖山がウライ神聖帝国の5大聖地、初代巫女が作らせた祭壇のある場所になります」

「オクライ山へ来る前はどこにいたんだ?」

「最初は首都ライバーンから近いナクラーレン聖窟の祭壇裏部屋に隠れていました。暗い洞窟ですので隠れるには最適でしたし」

「そうか……」

 

 皇女という立場から一転、各地を逃げ回らなくてはいけなくなったアイラ。その苦労は俺に推し量ることはできない。

 

「もし光が祭壇に飛んで行ったのだとすれば、それぞれの祭壇を巡ることで何かヒントを得られるかもしれないとそう考えています」

 

 オクライ山の祭壇で歌ったことにより雨が止んだ。こんな風な変化を他でも起こすことができるなら。

 

「やってみる価値はあるな」

 

 お互いの顔を見て頷きあう。

 

「まずは北のアンサン聖池を目指してみたいと思います。寒い土地なので下山して、街で準備を整えていきましょう」

「買い出しは……俺がするしかないな」

 

 万が一アイラの顔が見られてしまえばそこで終わりだ。知らない土地ではあるがこれから少しの間この世界で暮らしていくのだ、慣れておいた方がいいだろう。


「それじゃいつ追っ手がまた来るか分からんし、さっさと下山しちゃいますかっと。アイラ、足は大丈夫か?」

「ええ、布を巻いてあるので今のところは」

 

 王宮を脱出し逃げている最中に靴を無くしてしまったらしい。この山を裸足で登ったというのだというのだから、そりゃ血だらけにもなる。街にいったら靴も探さないとな。

 

「宿屋に一晩宿泊して、明日の朝発ちましょう」

「了解」

 

 にしても、皇女っていう割にアイラはめちゃくちゃ逞しい。城育ちなんていうくらいだから何にも知らない世間知らずのお嬢様でもおかしくないはずなのに。お茶も自分でいれてたし。むしろ何も知らない俺の方が役立たずなんだよな今は。

 

「……なんかして欲しいことあったら遠慮なく言ってな」

「? はい……?」

 

 歳下の女の子に頼りっぱなしなのはあまりにも情けない。結局魔法だってなんとか使えたけどあれで良かったのかも分からんし。するとその思考を読んだかのようにアイラが言う。

 

「今後は毎日少しづつ、魔法の使い方を私にできる範囲でお教えしますね。サクライの適性は先程見た限りだと光……。火力と速さに特化しています」

「適性なんていうのがあるのか」

「例えば私の適性は水、ナウラはサクライと同じ光、といったふうにそれぞれ相性のいい属性が存在するんです」

 

 おお、なんかこれぞ魔法って感じの話になってきた。

 

「属性は火、水、木、土、雷、風、朝、夜、光、闇の10種類存在しています。それぞれに相性があったり、得意なことがあったりするのですが片手間に話せるような話でもないので、もし時間があればその辺のことをお話しますね」

「本当に異世界なんだなあ、ここ……」

 

 改めて実感する。ちょっとワクワクするぞ。

 

「それぞれの魔力に属性をのせて打ち出す。それが基本の魔法です。私が使っていた氷粒や氷槍みたいに」

 

 先程の戦闘では手のひらから生み出した氷の塊をナウラに放っていたな。

 

「でもそれを応用することによって様々なことができるようになります。ナウラの自強化魔法なんかがそれにあたりますね」

 

 爆発的な勢いで迫ってきた男を思い出し、身震いする。よう逃げられたものだ。

 

「あれは光の魔力を全身に行き渡らせ、筋肉の動きを増幅しているんです。デメリットとして使用後暫くは全身の筋肉痛で動けなくなってしまうそうですが」

「諸刃の刃すぎない??」

 

 ということは今すぐには追って来れないということか。少し安心する。

 

「そして最後が固有結界。これは他のふたつの魔法とは大きく違います」

「違うっていうのは?」

 

 洞窟で見た星空、確かにちょっと次元が違う感じはあるが。

 

「あれはその本人の心象風景をそのまま現実世界に呼び出すもの。その中では何もかもが術者の自由になります。ここまでは昨日お話しましたね?」

「確か固有結界には固有結界でしか対処出来ないんだっけ?」

「そうです。固有結界の中では燃えろと念ずれば燃える、折れろと念ずれば折れる。なので相手が固有結界を展開した際には即座に自分の固有結界で相殺しなければなりません」

「そんなめちゃくちゃな魔法なのかあれ……」

 

 そんなのを使えるのがゴロゴロいるんだとしたら恐ろしい世界だ。

 

「しかし固有結界は最上位の魔法。習得もそうですが、そもそもの魔力量が足りなければ展開することすらできません」

「あーー俺は地面? とかから魔力を吸い上げてるから使えるのか」

 

 あれ? 俺ってばチートキャラみたい。全然思ったように使えるわけじゃないからダメだけど。

 

「なので帝国では、固有結界の展開は相手の固有結界に対してのみ可能とする。という法律があるんです」

「なんか核兵器みたいだな……ん? ってことは固有結界って使うことは無いの?」

「ええ、私も訓練以外では見たことがありませんでした。昨晩、焦ったんですからね? 結局それによってサクライが神の使いだということが分かったのですが……」

「ごめんて」

 

 頬を膨らませて横目で睨むアイラに手を合わせてあやまる。

 

「実は問題はそれだけではありません。あれは人1人の限界量の魔力を使って発動される魔法。魔力が尽きれば人は死んでしまう。使い所を誤れば自らを殺すことになります」

「相殺したとしても結局死んじゃうこともあるってことかい……」

 

 恐ろしすぎない? 固有結界。

 

「今現時点で固有結界を操ることの出来る術者は帝国内に10人ほどしかいないとされています。それほどの魔法なんですよあれは」

 

 ということはだ。

 

「ひょっとして、現時点で最強の存在になってる俺……?」

 

 頷いているアイラの推論が正しければ、理論上は固有結界打ち放題な俺。そりゃ神の使いとか言われても仕方ないよな……。正しければね。

 

「展開を解除してしまえば魔力はほぼ尽きかけ、数日は動けなくなってしまうはずなのに何事も無かったかのように活動ができている……。ありえない人です、本当に」

 

 アイラの苦笑いに引きつった笑いを返す。

 

「だからこそ魔法の使い方を少しでも早く覚えてくださいね」

「使い方が分からない兵器が手元にあるって怖いしね……」

 

 ちゃんと勉強しよう。まあギターを弾かない限りは発動することは無さそうだけど。

 

「必要なのは魔力、想像力、きっかけ。この3つです」

「魔力は分かるけど、想像力ときっかけっていうのは……?」

「魔力はただ放出するだけではただのエネルギーの波です。例えるならば加工する前の鉄みたいなものですね」

 

 なるほど、そこから溶かして加工を加えることによって武器にでも食器にでもなる。

 

「だから想像をするんです。こんなことができたらいいな。あんなことができたら便利だな……と。先程の戦闘では、私の氷槍を直前に見ていたため、サクライの光の魔力が槍を模していましたね」

「ああ〜確かにそうだった」

 

 背中の方から光の槍が飛んで行ったのを思い出す。

 

「そうして想像して、魔力によってそれを作ることができるようになったら次は呼び出すきっかけを決めるんです」

 

 なるほどなるほど。分かってきたぞ。

 

「私の場合は発声ですね。魔法に名前を付けることによって、発動の度に想像をしなくてもその魔法が発動してくれるようになります。聖具を使う際も同じです」

「ブックマークみたいなもんだな」

「ぶっく……?」

 

 それで、魔力、想像力、きっかけね。

 

「あれ? ってことは俺が固有結界使おうと思ったら毎回"伸ばして"を歌わなきゃいけないってこと……?」

 

 あの時のことは強烈に焼き付いている。

 

「もちろんきっかけを変えることは可能です。本当に集中していればきっかけ無しで発動することもできますが、サクライの場合は楽器を鳴らすこと、そして発声。恐らくこのふたつが条件になっている……。最初に作ったきっかけというのはどの術者にとってもかなり大きな存在になりますので、サクライの固有結界はあの曲に結びついてしまったかもしれません」

 

 最強の存在になったと思ったんだけど、全然そんなことないかもしれない。

 

「使えないじゃん固有結界!!!!!!!!!!」

 

 戦闘中にワンコーラスを歌い切らせてくれる余裕があるはずがない。変身バンクくらいの間だろう許されるのは。

 

「つ、使えるだけでもかなりのアドバンテージがあるのでそこまで落ち込まなくても……」

 

 肩を落とした俺を励まそうとしてくれるが否定はしないアイラ。真実とは残酷だ。

 

「まあ自動防御魔法があるからいいか……」

 

 今の話を聞いて改めて確信する。自動防御魔法はチートだ。これで思うように魔法を使って攻撃することができるようになれば。

 

「先生、魔法の稽古よろしくお願いします」

「任せといてください。これでも私、この国ではかなり強い魔法使いなんですよ?」

 

 微笑む皇女が頼もしい。転移してきたのがアイラのところで本当によかった。

 

 

 

 雨でしっとりと濡れた濃い匂いの森を歩いていく。こんな風に自然の中を歩いたのはいつぶりだろう。踏みしめる度にグジュっとした感覚が帰ってくるが今はそれが不思議と不快ではない。

 

「この森にはなんか動物とかいるのかな」

「ええ、鹿や猪、兎など様々な動物や虫などが暮らしていますよ。オクライ山は聖山なので、あまり人の手が入っていません。動物達にとっては住みやすいでしょうね」

 

 森の中のけもの道のような道無き道を歩いていると色々な音がする。何かの鳴き声や物音。世界に溶け込んでいるような不思議な感覚だ。だいぶ歩いてきたがまだ森を抜ける気配はない。かなり下の方まで続いているらしい。

 

「にしても本当逞しいなアイラ。疲れたりしないのか?」


 いくら気持ちのいい森の中とはいえ山下りである。足にかかる負担は大きい。ましてやアイラは裸足である。

 

「もちろん疲れはしますが……今はそんなことを言っていられる状況でも無いですからね」

 

 ただひたすらに先を見据えながら歩くアイラ。

 

「元々、体力はある方なんです。お母様としょっちゅう王宮を抜け出しては各地の祭壇裏部屋に遊びに行っていたので」

 

 当時を思い出してか、アイラがクスクスと笑う。

 

「お母様は皇后というにはあまりにも活発な方でした。親衛隊の方々は常に肝を冷やしていたと思います」

 

 懐かしむように空を見る。

 

「だからアイラは歩きなれてるんだな。お兄さん……皇太子もそんな感じなのか?」

 

 今回のクーデターを率いている張本人、カルム・エルスタイン皇太子。実の父親や妹に刃を向ける男。相対することがあるかは分からないが、総大将のことは知っておきたかった。

 

「いえ、お兄様はあまり王宮からは出られない方です。王族としての勉強、武力の鍛錬。毎日を自己研鑽に費やしておられましたので」

 

 少し声のトーンが暗くなる。

 

「お兄様は昔から魔法の研究を続けておられていて、この国最強の魔法使いとの呼び声も高いお方です。仮に私がお兄様と魔法戦をしたとして勝てるかどうか……」

「アイラで勝てないなら今の俺には絶対無理だわ……」

 

 絶対に対面しないように立ち回ろう。

 

「そういえば、親衛隊から見たら俺ってどんな立場に見えたんだろう」

 

 皇女を探しに来てみたら知らない男と2人でこっちに攻撃を仕掛けてきた。あちらさんからしたらめちゃくちゃな悪者になってるのでは。

 

「どうでしょうね……。良くて逃走の手助けをしてる存在。悪いと洗脳等によって皇女を操っている極悪人……みたいに思われているかもしれません」

 

 ニヤニヤしながら言うアイラ。なんか楽しそうね……。僕は犯罪者になってしまいましたお父さん、お母さん。右直事故に巻き込まれてトラックに突っ込まれて……。散々過ぎないか俺の人生。

 

「あのままだったら絶対死んでたし、命があるのはありがたいけど寿命がちょっと延長されたくらいにならないようにしないとな」

 

 せっかく拾った命だ。召喚した神様に色々と文句がないことも無いが、とりあえずは自分、そしてアイラが生き延びるために頭と身体を動かそう。

 山の上の冷たい空気が段々と柔らかくなってきて、日差しにポカポカと身体が暖められると歩きながらでも眠くなってしまいそうだ。

 

「ふぁ……ぁ。んーーっこんな状況じゃ無ければ最高の散歩なのになあ」

「色々と片付いた時にまだサクライがこちらにいれば、またゆっくりと散歩しに来ましょう」

「ん……そうだなあ」

 

 片付いた時。というのはこの世界の災害を無くし、アイラが巫女として神様と対話ができるようになった時になるんだろうか。しがないフリーターシンガーソングライターの俺が随分と重いものを背負ってしまったものだ。

 しばらく2人とも無言で森を歩き続ける。途中で音が聞こえることはあったが野生動物に遭遇することも無く、遂に森の出口が見えてきた。

 

「さあそろそろ見えてきますよ……オクライ山の麓の街。クランクラン」

 

 木々が遮ってくれていた光に目を細めながら空の下に出ると、下には活気のある街が広がっていた。あちこちで煙突から煙があがり、沢山の人が行き来している。1番大きな真ん中の通りには多くの露店が並んでおり、その種類は100を下らなそうだ。

 

「……すごい光景だな」

 

 日本で言ったら東南アジアの方の風景がイメージだと近いだろうか。馬車や肩に荷を乗せた人達が多いところを見ると商業の街なのかな。

 

「クランクランはウライの各地から様々な物が集まってくる街です。ここに来れば手に入らないものは無いと言われているくらい」

 

 街を目前に少し歩調が早まる。アイラは服の内側に入れていたターバンのような黒い布を頭に巻き、顔も髪もすっぽりと覆ってしまった。目だけが見えている状態だ。

 

「っと……なんか検問みたいなのやってないか?」

 

 遠目でだが、街の入り口の門には鎧を来た兵士達が立っているように見える。そこを通るものたちは皆何かを見せていた。

 

「普段から警備はしているはずですが、現在は職札しょくふだの確認までしているようですね……」

「職札??」

「それぞれの身分を証明する札です。ウライでは仕事を始めようと思ったらまずそれぞれの街にあるギルドに赴き、自分の職札を発行してもらわないとできない仕組みになっているんです」

 

 なるほど、それで全体の人数や税金等の管理をしているんだろうか。

 

「でも困ったな……俺はそんなの持ってないし。アイラは?」

 

 聞くとアイラは胸元から銀色に輝くドッグタグのようなものを出した。一瞬見えた白い肌にドギマギして視線を少し上にそらす。

 

「これは一般の職札とは違うものですが、皇族という立場を証明するものになります。一般の職札は木でできていますね」

 

 見ると綺麗な銀の札には何かの文字と、膝をついて天に祈る女性の絵が彫ってある。これは巫女だろうか?

 

「これを見せる訳にはいきませんので、どうしましょうか……」

 

 門は遠目にもかなり堅牢にできているように見える。とても横からスっと入ったりすることはできなそうだ。

 

「新しく職業につきたい人はどうしてるんだ?」

「そうですね……通常時は街の中央ギルドに行って職札を発行するのですが、今回のように検問などを行っている時は外に臨時の職札発行所が作られているはずです」

 

 アイラの言葉に目を凝らすと、確かに小さな小屋のようなものが1つある。あそこかな。

 

「とりあえずはそこに行ってみて職札発行するか……って俺みたいな部外者でもできるもんなの?」

「ええ、この国は広いので職札を持たない人も多くいます。自分の職業さえ明確であれば比較的容易に発行はできると思いますよ」

 

 流石、ウライの事情には詳しい。

 

「アイラ……も発行できたら楽に通れるよな」

 

 しかしアイラはこの国の皇女。顔を見られれば即座に通報がいってしまうだろう。

 

「……多分、大丈夫だと思います」

「え? そうなの?」

 

 何か考えがあるようだ。そんなやり取りをしている間にも発行所は近づいてくる。この世界に来て初めての活気のある場所だ。ドキドキするなあ。

 

「少し並んでるみたいだな。最後尾はここか」

 

 馬をひいている小柄な男の後ろに並ぶと男が振り返った。

 

「よう、あんたらも職札の発行かい?」

「ああ、この街に入りたくてな」

 

 少し身構えたが、ちゃんと他の人物の言葉も日本語として認識できる。まあ兵士たちの言葉も理解できてたから大丈夫だろうとは思ったけど。

 

「ほんっと困ったもんだよなあ。今までは街に入るのに職札なんていらなかったのに、王宮のクーデター以降どこもかしこも警備がべらぼうに厳しくなりやがった」

 

 男は声のトーンを落として囁く。アイラを横目で伺うが動じた様子はない。

 

「なんか大変みたいだな。皇女様が逃げ出した……とか。今実権を握ってるのは皇太子様なんだっけ?」

 

 上手いことアイラから聞いた情報での世間話を試みる。

 

「そうそう、噂では皇太子様は国全体で神を信じることをやめさせようと企んでるなんて噂もある……。今日は突然晴れてびっくりしたが、さっきの地震といい神様は明らかに怒ってるよなあ……」

 

 空を見上げて顔をしかめる。この国の人は神様をちゃんと信じているんだな。

 

「おっきい声じゃ言えねえけどよ、皇女のアイラ様は巫女になれなかったみてえなんだ。神様に祈りが届かなかったんだと。困ったもんだよなあ。俺達の生活は全て皇女様にかかってるってのに」

 

 小柄な男は馬の首を撫でながらそんなふうに愚痴をこぼす。アイラは少し身じろぎをしたが大きな反応はしめしていない。

 

「ま、まあ、今頃皇女様も頑張ってるんじゃないか? この国を愛していたようだし、そんな簡単に国民を見捨てはしないだろう」

 

 隣に本人がいる気まずさからフォローに回ってしまう。

 

「どうだかねえ……。俺ら国民のことなんか気にかけてくださってるのかどうか……。俺はよ、自分の村で道具鍛冶をやってるんだが、その材料の買い出しに街に来てみればこの検問よ。普段村から出ねえし、街で商売することも無かったから職札なんて持ってなかったんだが。ちょっとした事だけど国民からすれば逃げたりしないで然るべき責任を果たしてくれるのが一番平和でいいんだよなあ」

 

 兵士達の物々しい様子を見て顔をしかめる。確かに無関係の人からすればこんな風に行列を作って時間をかけなければ街に入れないのは鬱陶しいのかもしれない。

 

「あんたらは何をしにこの街に来たんだい?」

「あーー、えっと。買い物……かな?」

 

 下手に口を滑らせられないため言葉を選ぶ。

 

「ほーーん。そっちのお嬢さんはあんたの嫁さんかい? 夫婦ふたりで買い物たあ仲睦まじいことで」

「あ! いや、この人はそんなんじゃなくて……っ」

 

 男の羨ましそうな声に慌てて否定する。が、何かが俺の腕を取り言葉を止めた。

 

「もう……恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。私達は旅の楽士の夫婦です。ライバーンでの公演を終えてからこちらのクランクランまで旅をしている間に世間では色々とあったようで……。職札を持っていないので街に入るために今回発行することにしたんですよ」

 

 俺の腕に寄り添いながらスラスラと言葉を述べるアイラ。こちらはドキドキしすぎて何を言ってるのかが全く分からない。

 

「あーそうだったんかい。確かに楽士さんならいちいち営業許可なんていらないから職札も持たないよなあ。にしても旦那さん、あんた尻に敷かれてそうだねえ〜」

 

 ひっひっひっと笑う男に引きつった笑みを返す。俺がアイラの、旦那。

 

「いえいえ、こう見えてもこの人は凄いんですよ。歌も楽器の腕前も、作る曲も評判がとってもいいんですから」

 

 自慢するようにアイラが胸を張る。

 

「はえ〜そうなんかい。そこまで言われると一度聞いてみたくなるねえ」

「は、はは。機会があればな……」

 

 あんまり話をするとボロを出してしまうのではないかと気が気でない俺とは逆にアイラは楽しそうに男と会話をしている。その様子はとてもこの国の皇女様とは思えない。

 

「お、そんなこと話してる間に次は俺の番か。また会うことがあるかもしれねえし自己紹介しとくぜ。俺はライ。道具鍛冶とはいうが農耕具から大工道具、武器や防具までなんでもござれな万能鍛治屋よ。もし村によることがあればよろしくな。サービスしとくぜ」

 

 ヒヒッと笑う男の差し出した手を取り握手をする。

 

「俺は桜井、旅の楽士だ。で、こっちが……」

「妻のイアルです。以後お見知り置きを」

 

 偽名を名乗り、優雅にお辞儀をするアイラに思わず見とれてしまう。見るとライという男も同じようにポカンとしていた。

 

「お、おう……。なんだいなんだい。イアルさん、随分いいとこのお嬢様なんじゃないか? サクライ、あんたもやるねえ〜」

 

 一瞬心臓が跳ねたが笑みを顔に張りつけ流す。アイラも気がついた様子で軽い会釈で誤魔化していた。

 

「は、はは。まあ色々とな……。お、呼ばれたみたいだぞ」

「おう! それじゃあまたな、サクライ、イアルさん!」

 

 馬と共に小屋に入っていくライ。その姿が見えなくなると2人で詰めていた息を吐き出した。

 

「焦ったああ……」

「えぇ……。まさか挨拶で出自を見抜かれかけるとは……」

 

 今後はその辺気をつけていかなければいけないかもしれない。

 

「にしても妻って……」

 

 咄嗟についた嘘ではあったが俺なんかと夫婦に見られてアイラは良いのだろうか。

 

「今後一緒に動く上で仮夫婦という関係であれば動きやすくなると思います。サクライが嫌でなければ……ですが」

「い、いや! 俺は全然いいんだけどアイラはいいのかなと……」

「わ、私も決して嫌なことは……」

 

 気まずい沈黙。口から心臓がポロッと出てしまいそうだ。

 

「な、なんにせよ助かったよ。アイラが話してくれなければ確実に何かボロが出てた」

 

 旅の楽士なんて設定、よくポンと出てきたものだ。

 

「森を歩いている時に少し考えていたものですから……。今後絶対に人と関わる機会はあるでしょうし」

 

 顔を扇ぐようにしながらアイラが答える。色々と考えてくれてたんだな。

 

「……ライの言ったこと、あんまり気にするなよ。みんなアイラのしようとしていることを理解していないだけだ」

 

 ──国民からすれば逃げたりしないで然るべき責任を果たしてくれるのが一番平和でいいんだよなあ

 

 国民にはきっと詳しいことは知らされていないのだろう。その方が民を扇動しやすいはず。アイラが悪いかのように触れ回られていてもおかしくは無い。

 

「いいんですよ……。私に怒りを向けることによって不安を抱かずに済むのであれば。巫女とは民の心の支えになる立場でもあるんですから」

 

 そう言って目だけで微笑むアイラ。この子はどこまで……。

 

「……まあ、辛い時は俺でよければ何でも聞くよ。俺だけは見てるから、さ」

「……はい」

 

 臭いセリフだがこれしか今はかける言葉がない。ライが行ったあとも寄り添ったままのアイラの温もりを感じながら俺達は呼ばれるのを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る