4 エモーショナル

「さて、この世界を救う手伝いをすることを了承したのはいいですが僕は具体的には何をしたらいいんでしょう……?」

 

 今までアイラは聖地を転々としながら祈って回っていたらしい。最終目標は巫女として覚醒して国民の支持を取り戻すこと。俺はその為に何をしたらいいかが全く分からないのだ。

 

「これから当面の大きな目標は現在起きている自然災害を止めること、その後お兄様を説得してお父様を救い出し国を元の形に戻す。このふたつになります」

「自然災害を止める、っていうのは具体的にどうしたら……?」

 

 とてもじゃ無いが人知の及ぶところでは無いような。今までは祈りによって平穏が保たれていたらしいが、それも神の力によるもの。

 

「一番早いのはサクライ様に直接神へと働きかけてもらいこの状況を止めることですが……」

「生憎とその伝手が僕には無い」

 

 この世界へと俺を転移させたのは神様なんだろうが俺はその神の声すら聞いていないんだ。

 

「と、なると聖地にて直接その力を行使していただくしかありません」

「行使って言っても何をすればいいのか……」

「簡単なことじゃないですか!」

 

 戸惑う俺と対照的に自信満々なアイラの言葉に呆気に取られてそちらを見つめる。

 

「歌うんです!」

 

 

 

 

 

「失礼します! 昨夜オクライ山の頂上付近にて妙な光を見たと各地から多数の報告が上がっております。取り急ぎ御報告を」

 

 ウライ神聖帝国の皇太子、カルム・エルスタインが優雅に朝のコーヒーを飲んでいると、緊急の連絡がやってきた。

 

「オクライ山……。アイラが何かやっているのか」

 

 反巫女勢力をまとめあげてクーデターを起こし、王宮を制圧してから一週間。逃げ出したアイラの消息が掴めないとは思っていたがそんなところにいたとは。

 

「あいつも神などに信心するのをやめて、こちらへ来ればいいのだ」

 

 王宮制圧の際、ウライ神聖帝国の巫女アイラを捕らえることは最重要事項であった。先代巫女であった母、トーカ・エルスタインが崩御して以来、この国はおかしくなってしまった。

 毎日降り続く大雨に頻繁に襲い来る大地震、神などという不確定な存在に国の行く先を任せるからこうなるのだ。

 

「人の世は、人の手によって治め、維持する」

 

 そのためにはまず民に神などは存在しないと信じさせ、疑心に陥らせることが早い。

 この1年、自らの足で様々な地に赴き、着実に味方を増やしてきた。そしてようやくクーデターへと漕ぎつけ、帝王たる父を投獄することに成功。後はアイラの口から神はいない、人は人の力で生きていくと、そう民に伝えさせればそれだけで全てが上手くいったのに。

 

「あいつも馬鹿な娘だ。あいつにとってだって神などはいないという方が都合がいいはずなのにな」

 

 母の後を継いだアイラは、何故か巫女として神との対話をすることができなかった。

 それでもあの愚妹は決して神への祈りをやめなかった。未だに自然災害に苦しむ人々を神を信じることによって乗り越えさせようとしている。

 

「それでは300年前と同じだ」

 

 この帝国を建国した初代の巫女は神へ祈りを捧げこの地に蔓延る自然災害を一掃して見せたという。

 しかしその時から人は自分で困難を乗り越えようという力を失ってしまった。なにもかもを神任せにしてきてしまった。

 

「私達が本当の意味でこの世を治めていくためにもここでアイラをとり逃す訳にはいかない」

 

 不安の芽は事前に摘んでおく。

 

「オクライ山にナウラ達を派遣しろ。恐らくアイラがいるとすれば祭壇付近だろう。取り逃すんじゃないぞ」

了解ヤー!」

 

 伝令が駆け足で部屋を出ていくのを確認してまたコーヒーを啜る。

 

「この世界は、人のものだ」

 

 神などという目に見えない存在から人の世を取り戻す戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「…………本当にやるんですか」

「はい! 昨日の固有結界を見て確信しました。貴方には間違いなく神と同等の力がある。この世界を救えるほど」

 

 洞窟の外は大雨が降っていた。昨日は本当にたまたま1日だけ晴れていたらしい。一歩踏み出して雨がかからないギリギリのところに位置取る。

 

「恐らくサクライ様の魔法のトリガーは何をしたいかという意志、発声、そして聖具である楽器の演奏です」


 少し離れた洞窟の中からアイラが声をかけてくる。

 

「自然災害を収めるという願いをのせて、どうか歌ってください……!」

「なーんか大それた存在になっちゃったなあ俺ってば……」

 

 観客0人で毎週末歌っていた時からは考えられないことだ。

 まあ観客の人数的にはほぼ変わらないんだけどね。

 

「それじゃあ、いきます」

 

 チューニングをしっかりと整えて息を吸う。

 

 

 

 ──エモーショナル

 

 見上げると木漏れ日のシャッターが

 まるで瞬きをしているようで

 イヤホンから流れる音楽と共に心は

 エモーショナル


 嘘じゃないよここにあるのは

 疑ってしまうのは当たり前

 耳を塞いで見る世界は

 まるで違って見えるから


 浮き立つ暖かな陽だまりの中で

 思わず空を透かしみる

 吹きゆく風も街の声も

 全部今だけは僕のもの

 浮かれる暖かな心の中には

 透かしみた空染み渡っている

 さざめく木々の葉も人の喧騒も

 全部これからも僕のもの

 

 

 

「……! 祭壇が!」

 

 アイラの声に祭壇を見ると祭壇が俺の歌に応えるように光を発していた。鼓動するように明滅を繰り返す光がやがていくつもに別れていく。

 

「何が起こってるんですか……っ!!」

「わかりません……が、まさかこれは……!」

 

 あまりの眩しさに腕で顔を覆った瞬間、爆発の如き閃光と共に、別れた光が四方に飛んだ。

 

「っく……!!」

 

 至近距離でまともにその光を浴びてしまう。ただの光のはずなのに身体を強風に煽られたような圧が突き抜けていき、よろけて尻もちをつく。

 

「サクライ様……! 大丈夫ですか?」

「え、ええ……けど今のは一体……?」

「今の光は恐らく祭壇の魔力の欠片です。それもとてつもなく大きな……」

 

 泥の感触に顔をしかめながら立ち上がる。

 ……一応俺の歌によって何かは起こったということか。しかし、

 

「すみません。神とのコンタクトは取れなかったみたいです。祭壇が光るばかりでそれらしき声とかは何も……」

「……っいえ! 空を!」

 

 驚いたような皇女の声に空を見あげると、

 

「空が……晴れていく」

 

 徐々に雨足が弱まり分厚い雲が割れ、太陽の光が大地に差し始めていた。

 やがて雨は完全に止み、気持ちのいい雨上がりの空に虹がかかる。

 その様子を2人とも呆気に取られて呆然と見上げた。

 

「綺麗、ですね」

「ええ……」

 

 ふらふらと歩いて快晴となった空の下に出る。

 この空は今この瞬間たまたま晴れたのだろうか? 

 

 それとも本当に俺の歌に応えて……?

 

「本当に、サクライ様は神の使いでしたね」

 

 その声に横を見るとアイラ皇女が静かに空を見あげ、1粒の雫を零した。

 

「お母様が亡くなって以来、こんな綺麗な空は久しぶりに見ました」


 そして俺の方に向き直り、ぬかるんでいる地面を気にもせず片膝をついて俺に頭を垂れる。

 

「サクライ様。改めてこのウライ神聖帝国巫女アイラ・エルスタインはサクライ様に一生この身を捧げることをここに誓います」

 

 それはお互いに半信半疑だった昨日とは違う、心の底からの忠誠を誓う声であった。

 

「……顔をあげてくださいアイラさん」

「はい」

 

 俺の声にゆっくりと顔をあげるアイラ皇女。その真剣な目に見上げられる。

 

「……僕はそんなに大層な人間じゃありません。今まで本当に思うがままに生きてきた、社会の歯車としても失格のような人間でした」

 

 自分でも何を言おうとしてるのか分からないまま口の端から言葉が零れていった。

 

「少し大層な魔法が使えるからといってそれは僕自身の力ではないし、当然僕は神様でもない」

 

 俺の言葉にアイラ皇女の瞳が少し不安げに揺れる。

 

「だからアイラさんに一生を捧げてもらうような存在でもないんです」

「っいえ……サクライ様はっ」

「だから」

 

 懇願するようにアイラ皇女が何かを言おうとしたのを遮ってゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「だから僕は元の世界に帰ることができるまで、貴女のことを隣で支えます。……仲間として」

 

 仲間という言葉が不敬になりゃしないかという小心者の自分が顔を出しかけるがそれはとりあえず隅にしまっておく。

 アイラ皇女はこちらを呆然と見上げていた。

 今の言葉を彼女はどう受け取るだろうか。

 

「……ふ」

「ふ?」

「ふふっ……ふふふ……!」

 

 しかし予想していたどんな反応とも一致せず。皇女は困ったように破顔して笑いだした。

 

「え?! 今の話笑うとこありました? 割と恥ずかしいんですけど!!」

 

 コロコロと笑うアイラに自分の顔が赤くなるのを感じる。そりゃめちゃくちゃ恥ずかしいことは言ったけど!!


「い、いえすみません。だってこのウライ神聖帝国の皇女が頭を垂れて一生を捧げると言ってるのにそれを断るばかりか、仲間になんて……聖人なんだか傲慢なんだか」

「あ、いやそれは言葉のあやと言うかなんというか」

 

 まずい、言葉選びを間違えただろうか?

 しかし直ぐにアイラ皇女は立ち上がり、目元を拭ってからこちらを見る。

 

「それではサクライ様。いえ、サクライ」

「は、はい!」

「これからは仲間としてよろしくお願いしますね」

 

 迷いの無い様子でアイラが真っ直ぐに手を差し出した。

 

「っ……ああ!!」

 

 その手を力強く握り返す。

 皇女と一般人、巫女と神の使いではないただ対等な仲間としての握手。

 いつ帰ることになるかは分からないが、それまではアイラを助けるために過ごしていこう。

 

「さっきの光はこっちから飛んだはずだ! 祭壇の近くを重点的に探せ!!」

 

「「っ!?」」

 

 祭壇に続く岩道の向こうから複数人の声とガシャガシャという鉄のぶつかる音が聞こえてきた。

 

「アイラ、これは?」

「恐らくお兄様の手の者たちです。今から祭壇の部屋に入る余裕はありませんね……。反対側に隠れましょう」

 

 アイラの先導で声が聞こえたのとは逆方向の大きな岩の裏に隠れて様子を伺う。

 

 

 

 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら複数人の兵士が祭壇の元へ辿り着いた。

 

「隊長! 祭壇が光を……!」

「ああ、恐らくつい先程までここにアイラ様がいたのだろう。しかしこの光はもしかして巫女としての力が……?」

 

 ウライ神聖帝国親衛隊隊長のナウラは祭壇の様子に軽い衝撃を受けていた。

 これは先代の巫女、カルム様達の母上であるトーカ・エルスタイン皇后陛下が祈りを捧げていた時と同じか、それ以上に強い光だ。

 アイラ様には巫女としての力が無く、このままではこの国の混乱を収めることことができないためカルム様は反旗を翻したものだと思っていたのだが。

 

「祭壇の光や先程飛んで行った光も気になるが、まずはアイラ様の捜索が先だ。逃亡生活で弱っている身体ではそう遠くには行けまい。この近くを虱潰しに探せ!」

「「「了承ヤー!!」」」

 

 ナウラの号令によって3人の部下達が散らばっていく。

 それを岩裏で伺いながら顔を見合わせた。

 

「どうする……? 今ならゆっくりと下がれそうだが」

「えぇ、そうですね。こちらから下山しましょう」

 

 幸い隊長と呼ばれていた男の部下達は祭壇周りを重点的に調べている。裏部屋の岩戸も閉じているし、とりあえずは心配無いだろう。

 アイラと2人で身を低く、ゆっくりと後退する。現実世界ではある程度真面目に生きてきたのでこんな風に何かから逃亡した経験はない。心臓がうるさい程に鼓動していた。

 1歩、また1歩と後ろに下がっていく……

 

 カランッ

 

「そこか!」

「っ!」

 

 すり足気味に後退していたのだが少し大きめの石を蹴ってしまい音がたってしまった。

 気が付かれたか……!

 

「アイラ! 走ろう!」

「っえぇ!」

 

「?! 誰かが一緒にいるのか……っ! お前ら! アイラ様とその他1名何者かを発見した。俺は真っ直ぐ追うから裏から回れ!」

 

 アイラの後について走り始める。

 とはいえ下りの山道。走ると言ってもそんなにスピードは出せない。転んで怪我でもすればそれこそもう逃げることはできないのだから。

 

「はっ……はぁっ……」

「サクライ! この先は森になっています。そこに入ってしまえば身を隠しながら進めるはずです!」

 

 その言葉に従い走り続けると木々が見えてきた。これなら……!

 

 その時、唐突に後ろの地面が爆発した。

 

 ドゴッッッッ!!!!

 

「っ?!」

 

 足がもつれてしまい、ギターを庇いながら転がる。

 一体何が……っ!

 

「ナウラ……」

「アイラ様、お久しぶりでございます」

 

 爆発の中心にいたのは、銀の鎧を纏った長身の男だった。先程までの雨で濡れたのか身体を覆う青いマントはしっとりとしている。

 

「この晴れ空……。アイラ様、ついに巫女として覚醒なされたのですね。誠におめでとうございます」

 

 手を胸にあて恭しく頭を下げる様子はまさに騎士。思い描いていた像そのままであった。

 

「して、その男は何者ですか」

 

 一転、射殺すような視線でこちらを見るナウラという男。

 敵意が突き刺さってくるようで思わず足がすくみそうになる。

 

「……貴方には関係ないことです。私を捕らえに来たのでしょう? お父様を牢獄に閉じ込めたように」

 

 しかしアイラは全く怯まずに男と相対した。

 真っ直ぐに投げかけた声は俺に向けていた優しげなものとは違う、突き放すような冷たい声色。

 

「いえ、私共はアイラ様をお迎えにあがったのです。カルム様はアイラ様が王宮から出ていかれてしまい大変心を痛めておいでです。さあ、私共と共に帰りましょう」

 

 手を差し出し近寄ってくる長身の男。一見何も気にせず歩いてきているようでその実、武術の心得など無い素人から見ても隙がない。

 ここで捕まってしまえばアイラがどうなるかは分からない。なんとか逃げる方法を考えないと。

 そっとギターの弦に手を伸ばす……

 

「動くな」

「っ!」

 

 瞬間、ナウラと呼ばれていた男は腰に刺していた長剣をスラリと抜き放ちこちらに向けていた。

 

「どこの誰だかは知らないが、ウライ神聖帝国巫女アイラ皇女殿下を誑かし誘拐しようとしている罪の重さ、その身をもって味合わせてやろう」

 

 心臓に鉄を差し込まれたような冷たさが身体を支配する。敵意どころじゃない。これは明確な殺意。

 

「サク……この方は私を誘拐などしておりません! 私は自分の意思でこの方と一緒にいるのです」

 

 横に並んだアイラが男に言葉を投げた。

 

「……なるほど、そうですか」

 

 一転して優しい声色で返事をするナウラ。だが次の瞬間、

 

 ダンッッッッッ!!!!

 

「っぐぁ!?」

 

 先程見たような爆発が男の足元で起き、その身体がこちらに飛んでくる。剣はこちらに向けられたまま。

 

 避けられないっ…………!!

 足がすくみ地面に張り付いたように動くことができない。

 

 バヂチッッッ!!!

 

「っっ?!」

「むっ……!」

 

 しかしその剣が俺の身体に届くことは無かった。

 朝、氷の爪から俺を守った花びらのような膜、自動防御魔法が剣を寸前で止めている。

 

「ほう……。妙な魔法を使うな貴様。だが……っ!!!」

「っ!!!」

 

 ナウラが地を蹴り後ろへと飛び退き、再び斬りかかってくる。

 今のやり取りで金縛りにあったような足の拘束は解けていた。慌てて横に転がるように飛ぶ。

 

 ズガシャアっっっ!!!!!

 

「んなっ……?!」

 

 俺が立っていた地面が、男の剣によってアイスクリームのように深々と抉り取られていた。

 こんなものを食らったら死ぬっ……!

 

「氷槍ッ!!!」

 

 アイラの声が響き渡ったその瞬間、俺の後方から2メートルほどの氷の槍が音を立てて飛び、ナウラへと襲いかかった

 

「ぬぅんッッ!!!!」

  

 突き刺さった剣を地面から引き抜いた勢いのまま振りかぶり、氷の槍の横腹を叩く。

 

 ガギィンッッッ!!

 

 無理やり軌道を逸らされた槍は男の頬を掠め、遥か後方へと飛んでいった。

 

「相変わらず素晴らしい魔法の腕です。アイラ様」

 

 頬を伝う鮮血を気にもせずこちらに構え直すナウラという男。

 全く動揺している様子はない。

 

「彼はウライ神聖帝国親衛隊の隊長、ナウラ・ホッセル。移動用の自強化魔法と長剣での戦いを得意としています。今の私達2人ではとても勝つことはできないでしょう……私が隙を作るので走ってください」

 

 そう囁きかけたアイラの手に再び目に見えるほどの薄青色の魔力が集まっていく。

 

「氷柱連ッッッ!!」

 

 アイラが叫んだ瞬間、ナウラの周りに複数の氷の柱が勢いよく地面から生えた。一時的に視界からこちらが消える……!

 

「今です!」

「ああ!」

 

 後ろを向き、森に駆け込むため走り出そうと……

 

「そうはいかないぞ」

「しまっ……回り込まれて……!?」

 

 そこにはいつの間にか回り込んできていた3人の兵士が立っていた。ナウラが気を引いている間に囲まれた形になる。

 

「アイラ様、どうかお戻りください。我々の今後には貴女様が必要なのです」

 

 2人が剣を抜き放ち、1人が空の手を構えた。通してくれる気は無さそうだ。

 

「神を否定するなど、それでもウライの民ですか! 我々がどれだけ長い間、神によって守られてきたと思っているのです!」

「「「…………っ」」」

 

 アイラが兵士達に語りかけるとその言葉に男達は少し揺らいだようだった。

 しかしその動揺を打ち消すように後ろから声が響く。

 

「アイラ様、それは違います。我々は神によって守られてきたのでは無い」

 

 声の主、ナウラが剣を低く持ちこちらに歩いてきた。

 

「……なにを」

「あくまで我々が信仰の対象として祀りあげていたからこそ生かされていただけなのです。実際にこうして巫女がいなくなった瞬間に世界には災害が満ちてしまいました」

 

 一定の距離を保って立ち止まったナウラが少し目を伏せる。

 

「この1年にわたる災害の連続により多くの民が苦しみ、死んでいっています。我々はこんな気まぐれに任せて今後も生きていかないといけないのですか……?」

「っ……それは私の祈りが通じていなかったから」

 

 アイラの声の勢いが少し弱くなった。

 

「そんな気まぐれに任せるくらいならこの世界を我々人間の手に取り戻して生きていきたいと願うこと、それは悪なのでしょうか?」

 

 俺は日本という国で生まれ育った。

 葬式は寺であげて、クリスマスにはパーティーをするような無宗教の人間である。

 だから正直なところ、アイラのように神を信じている人間よりナウラ達のように神を疑う人間の心の方が理解はできた。

 でも。

 

「それでもお前らは守られて生きてきたんだろ?」

「……なんだと?」

 

 ナウラに鋭い視線を向けられ怯みかけるが歯を食いしばり続ける。

 

「今までアイラの母ちゃんに頼って生きてきた癖に随分な口ぶりじゃないか。えぇ? お前らはな。人1人の人生の犠牲の上に生きてんだよ」

 

 巫女として産まれてしまえばその後の人生に自由な選択権など無いだろう。

 そのために生きてそのために死ぬ。そういう人達の犠牲の上にこの世界の住人は生きているはずなんだ。

 

「アイラは守ろうとしてきた国民に剣を向けられてもそれでも尚、お前らのために祈ろうとしている。お前らのことをただ一途に想って!!!!!」

 

 ギターを正面に構える。

 こいつらの自由な生き方、選択は巫女の人生の犠牲の上に成り立ってきたのだ。それが少しの間無くなったからといって簡単に排斥されていいはずがない。

 

「黙れ……」

 

 地の底から響くような声でナウラが唸る。

 

「黙れ黙れ黙れぇ!!!!! 何処の馬の骨とも知らぬ奴が私とアイラ様の会話の間に挟まるなァ!!!!!」

 

 ナウラが怒りのまま真横に剣をないだ。その軌跡が光の刃となりこちらに飛んでくる。

 

「ぐっ……!」

 

 バチィッッ!!!!

 花びらに守られるがその衝撃までは殺せないようで後ろによろめいた。

 

「そしてお前、アイラ様を呼び捨てにするとは一体何様のつもりだ……?」

 

 完全にキレている。

 冷静に見えた親衛隊長様は意外と正論で詰められるのに弱いらしかった。

 

「何様……か。そうだな、俺とアイラは、この世界を救う仲間同士、かな」

 

 横に並ぶアイラの方を見ると彼女もその言葉に頷く。

 

「だから諦めろ、アイラがお前らと一緒に帰ることは……無い」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」

 

 ズガンッとナウラの足元の地面が割れ、こちらに突撃してくる。

 

「守ってくれよ神様ぁっっ!!!!」

 

 叫ぶと同時にギターを鳴らす。

 すると俺の目の前に光が渦巻き始め、それはやがて槍を象っていった。

 

「いけぇっっっ!!!」

 

 飛べ!! という意志を込めてギターをもう一度かき鳴らすと、光の槍は向かってくるナウラ目掛けて一直線に放たれた。

 

 ガギィンッッッ!!!!

 

 正面からナウラと打ち合う光の槍。

 ナウラを負かすことはできなかったようだがよろめかすことにはできた。攻めるなら今だ……っ!!

 

「貴方達の相手は私です!!」

 

 後方ではアイラがナウラの部下達と戦闘を始めた。

 ならば俺は何としても目の前の男を無力化しなくてはいけない。

 

「もう一度出ろおおおぉぉっっ!!」

 

 叫びながら再びギターをかき鳴らす。

 

「っっくそがぁ!!!」

 

 光の槍がナウラに向かって飛んでいき、彼が立っていた地面に次々と突き刺さっては消えていく。ナウラは交わすことしかできない様子だ。

 

「はああああああっっ!! 氷爪ッッ!!!」

 

 アイラが右手を素早く振り払うと、そこに生まれた氷の爪が勢いよく兵士達に襲いかかる。

 

「ぐっ」「なっ?!」「ぬぅっ……!!」

 

 それぞれが剣等で防御し、隙が生まれた……っ!!

 

「今だアイラ! 走れ!!」

「はい!」

 

 最後に強く弦を鳴らし、ナウラを遠ざけてから足元のケースを引っ掴んで走り出す。

 ギターとケースバラバラに抱えながら走るのめちゃくちゃ大変だなおい!!

 

「待てぇぇぇぇっ!!!」

 

 ナウラの絶叫が近づいてくる。追いつかれるか……っ?!

 その時突然、地面が大きくズレた。

 

「っな……!」

「きゃっ……」

 

 いや違う、これは揺れだ。

 地面がズレていると錯覚するほど大きな地震が俺たちを襲っていた。

 

「アイラ! こっちに!」

「サクライ……!」

 

 よろめくアイラを守るようにして抱きしめる。

 こんな山で地震なんて、身を守る術が……っ!!

 

 その時、足元からバキバキバキッッという何かが割れるような音がした。

 

「地面に亀裂が……っ!」

 

 バギギギギッッッ!!! と爆音をたてながら、俺たちとナウラたちを分かつように地面が割れていく。こんなのに飲み込まれたら確実に死ぬ。

 亀裂はどんどん広がっていき、小さなヒビがこちらの足元まで及んでくる。地震はまだ収まる気配がない。

 

「森まで……逃げるぞ!」

「は、はい……!」

 

 ここは山の斜面だ。土砂崩れや落石に巻き込まれればいくら魔法で守られようと意味が無いだろう。森は木々が根を張っている為、土砂崩れが起きにくいと聞いたことがあった

 アイラの手を引き必死に走る。揺れる斜面を転ばないように慎重に。

 

「待てェェェェッッ!!!! 必ず、必ずお前の元からアイラ様を取り戻して見せるぞォオォォォッッ!!!」

 

 後ろから響く怒声から遠ざかるように俺達は森に逃げ込んだのだった。

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