3

緑の街の北側、荒野をずっと行くと無骨な砦がある。


石で組まれた四階建ての建物は、古く年季が入り、あちこち崩れていたが今でも重要な防衛線だ。


白茶け乾いた大地の向こうには低い山並みがひろがり、その向こうは皇国の領地である。


何度もこの砦で、防衛戦をした。


皇国だけでなく、乾いた大地の下には危険な生き物がいて、それの討伐も何度もしてきた。


皇国の領地になる以前は、元中央の国との境界線で、昔は森があったという話だ。


雨も滅多に降らなくなり、土地は枯れている。


北の砦と呼ばれるそこに、食料と水を補給しに、レテューはほぼ毎日訪れる。


砦に詰める兵士は少なく、監視が主な仕事で、何かあればギルドの人間が対処する。


今日は何も起きていないと報告を受け、自分でも周辺を見回りしてから、緑の街に帰る。


森の入り口に着いた時に、異変は察知した。


キラキラしているのだ……森が、嬉しそうに。


「?」


入り口すぐにある、ギルドの建物を目にして、覚えのある気配に胸が震えた。


まさか、と飛び込む。


「レテュー、久しぶり」


黒い髪に黒い瞳。


白いマントを羽織る身体から、金色の光が時折こぼれる。


ホウ、と吐息をついて、彼の方から訪ねて来てくれた事に感謝した。


「……リューキ。よく来たな」


感謝してもし足りない、奇跡を起こしてくれた恩人に、歩み寄る。


抱き締めるくらいしたかったが、彼の背後に控える長身の男の、無言の圧力を感じたのでやめておく。


「仕事中だったか?」


「もう終わって帰ってきた。座れよ」


ギルドの1階は半分、テーブル席だ。馴染みの給仕もリューキのことは覚えていたらしく、すぐに飲み物を運んできてくれた。


椅子に座ったのはリューキだけで、共の男は座らない。


護衛としては当然だが、もしや公式訪問であった場合、対応が困る。


「……お忍びだよな?」


確認のため、一応聞くと、首をひねられた。


「ちゃんと許可もらって、遊びにきた」


「……公式だと、街をあげての歓待になるが」


そもそも、同じテーブルに着くなど許されなくなる。


「?」


自分の立場がわかっていない本人に苦笑する。


こん、とテーブルを指先でつつく。


一人しかいない、ギルドの受付嬢を振り返る。


「メーテさん、今日はもうあがるから」


「はーい」


リューキをうながしてギルドから出る。


「遊びに、って、何かやりたいことがあるのか?」


「ん」


街の広場の一角に、木製のベンチがある。


青い騎士服姿が3人、リューキを見て膝をつく。


「レテューがよければ、空の──セトレアに。久しぶりに戻ってきたから、パーティやるんだって」


騎士達がその場で三頭の翼馬に変身したので、広場にいた住人達が見惚れた。


青い微風が吹き付ける。


「──オレが? 行ってもいいのか?」


「両親も、連れてこいって」


「……っ、そうか。わかった」


やや引き攣りながら返事をすると、リューキは嬉しそうに破顔した。


慣れた風に翼馬の背にまたがるリューキを見て、レテューも近づいてきた一頭に乗った。


手綱などない。


遠慮がちに身体に掴まると、翼馬はすぐに空に駆け上がった。


あっという間に緑の街が足下に小さくなり、街を囲む大地と鉱山と、離れた場所の北の砦がぽつんと頼りなく見えた。


高い天空から眺める世界は、絶景だった。


これを眺められるだけでも充分、満足だ。


真っ青な空は強風が吹いていたが、翼馬の周りは風がゆるむ。


ゆったりと羽ばたく青い翼越しに、隣りを飛ぶリューキがレテューの様子を見てくる。


「空が──綺麗だな」


「うん」


やがて、だいぶ空を駆け続けてようやく目の前に見えてきた、セトレアは。


霊峰の近くの森の上空に、浮いていた。


目を見張る。


大きさ的には街一つ分はある、白い円形の大地の上に、純白の建物群が建ち、外縁には円柱が等間隔に並ぶ。


建物は1階部分しかなく、屋根がない部屋もある。いくつもの部屋が迷路のように配置されていた。


その建物全体を覆う、うすい水色の膜。


(水と──風の魔力)


魔力感知にたけたレテューには、その魔力の純粋さがいやでも理解できた。ヒトのレベルではないことも。


翼馬はあっさりと水色の膜を通過し、外縁の柱の傍に降り立った。


背中から降りるとすぐに騎士に戻り、礼を言うと会釈して後ろに下がる。


「ただいま、来てくれたよ」


リューキが歩み寄る先にわざわざ出迎えが──一度目にしたからよく覚えている。


セトレアの王と、后。


咄嗟に膝をつこうとしたが、手をあげて止められた。


「よく来たな。歓迎するぞ」


「いらっしゃい。後で着替えを用意させるわ」


「レテュー、オヤジと母さん。1回、見てたっけ」


まるで友達をただ迎えたような気さくさに、苦笑する。リューキに腕を引かれ、挨拶もそこそこに、白い建物に踏み込む。


マントを着たままだったので、歩きながら外して収納に仕舞った。


「あっ、それ──どうやってんだ?」


「収納?」


興味津々なリューキに、歩きながら収納魔法を説明する。


辿り着いたリューキの部屋で、精霊のメイドがお茶を運んできたり、黒い獣族の少女が駆け込んできたり。


いつの間にか共の男がいなくなり、パーティで着るようにと礼服ぽい服が運ばれてきて、広い風呂場に案内され。


夕暮れる紫とオレンジ色の空を眺めながら湯船に浸かり、用意された衣服のぴったりさに驚いた。


日が落ちると、宮殿の奥から雅な音楽が流れてきて、リューキと一緒に会場に案内された。


地下に下がった空間と、大きく空いた天井から夜空がそのまま仰ぎ見れて、近い星々の輝きが美しかった。


円形の柱には可憐なツル薔薇が巻き付き、比較的静かなパーティに参加するのは、ほとんどが精霊や神獣たち。


吐息のごとき儚さと、濃密で純粋な魔力に目眩を感じながら、リューキと彼の両親と、とりとめのない会話をした。


淡い薔薇色をした花の精霊たちが、可憐に舞い踊り。


水の精霊だという水色の女性が、水で造られたハープを奏で。


古代の一節の一場面が幻として空間によみがえり、不思議な物語を見せられた。


一音、一音に魔力がこもり、過去の情景と現在の時をつなぐ。


水の精霊が、天の月に恋焦がれなんとか天にのぼろうとして、あえなく消えてしまう話だった。


音楽が終わってからも、余韻がいつまでも胸の内に残った。


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