2

突然立ち上がったレテューを、ギルド内にいた仲間達が不思議そうに見る。


忙しすぎて、すっかり忘れていた。


半年だ。


慌てて外に出たが、セトレアがどこに存在するのか、誰も知らない。


いや、南東の国ならかつて、セトレアと関わった王がいる。彼なら知っているかもしれない。


今から突然訪ねても、教えてもらえるとは限らないが。


あてどなく、新しい街を見回しても、答えをくれる存在はなく──不安になった。


彼に再び会えるのか。


それとも。







視界の端で、緑の枝が不自然に揺れる。


ゆさゆさと。


精霊の仕業だ。


レテューはすぐに気を引き締めた。


「侵入者か?」


木々が、肯定するように葉を落とす。


森は、ただ豊かに茂るだけでなく、森と一緒に成長する精霊も、息づいている。


彼らは自ら森を守り、街の住人以外は入れさせない。


何か飛んできても風が吹き飛ばし、森を傷つけようとすれば撃退する。


緑の街は、森を護る精霊たちに守護までされているのだ。


精霊達は姿を見せないが、気配はみんな感じられるようになっていた。


だから、レテューも当然、この森を護る。


二度と、大切なものたちを、灰の山になどしないために──走る。





森の境界、土の色が変わる場所、そこにしゃがみこむフード姿を目にして、レテューはため息をついた。


侵入者は侵入者でも。


「──なにしてる、赤の月」


深紅色のマントを身に付けた、ギルドの色つき仲間だった。


赤の月は懐から、書類の束を取り出しレテューに投げる。


「お前が定例会にも顔を出さないから、持ってきた。半年分だ」


緑のツルが、器用にも空中で紙の束を掴んだ。


レテューが片手を差し出すと、すんなり乗せる。


「そうか」


礼もねぎらいもせず、アイスブルーの目で、赤い瞳を見返す。


お互い、顔を見合わせるのも半年ぶりである。レテューも忙しかったが、西の首都はもっと大変だったのだ。


裂けた大地はリューキが直したが、天災規模の災難に見舞われ、首都から出ていく人々が多かった。


何故、大地が裂けたのか──国王は公表しなかった。いや、できなかった。


ギルドの色つき達も口をつぐんだ。


神に手を出して怒りを買ったなど──口が裂けても言えまい。


子供ですら、知っているおとぎ話がある。





むかしむかし。


まほうそのものの、光の竜がいました。


ずうっとむかし……。


光の竜は、たかいたかい山のいただきに。


いまもみおろしているのです。


だから、悪い子は……。




語り聴かせてくれたのは、母親だったか、亡くなった父親だったか、おぼろげで。






「本当に……神竜をつかまえる気だったのか?」


仲間達がなぜ、あんな暴挙に出たのか、今でも理解できない。


赤の月は視線をそらし、豊かに息づく森を眺めた。


「──わからない」


「わからない?」


赤の月は、緑の森には拒まれて、一歩も入れないようだ。


本来なら入り口である道が、木々の枝やツルでふさがれていた。


「ただ──彼を逃がしたくなくなった。なんでだろうな」


赤いマントがひるがえる。


ふわりと消えた。


彼の気配がなくなったからか、枝やツルが引いていく。


レテューは吐息をついて、街に戻って行った。




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