月の兎

 なぜ絵を描くのかと問われた時、僕は決まって彼女のことを思い出す。星空の降る丘に佇み、静かな微笑をたたえて町を見下ろしていた彼女のことを。

 初めて会ったのは小学生のとき。当時はその美しさを目に焼き付けることしか出来なかったが、僕の人生を決定したのは、きっとその出会いだった。


 次に彼女がのは、僕がだい卒制そつせいに打ち込んでいた頃。天の川が綺麗な夏の夜のことだった。


「その想いには応えられません。未来はわからないのです。十二年後、またこの地に来ることが出来るかどうかも」


 宇宙の果てか、未来の先か。彼女は自分を月の兎と言ったが、僕にはもっと遠い世界からの使者のように見えた。

 僕がたまらず手を伸ばすと、すっと身を引いて、


「人の一生は短い。待つには長いでしょう」


 幼き日の記憶と寸分変わらない美貌で、僕を試すように微笑むのだった。


 いいえ、貴女のためなら――。



 三十路を過ぎたいま、僕が妻子も持たず夢を追い続けているのは、いつかまた彼女と巡り逢えるかもしれないからだ。十二年に一度、うさぎの年に、銀河をいただくあの丘で。

 その時こそ、共に生きることが叶うなら――

 月光に映える彼女の横顔を、僕の筆でこの地上にめたいと思う。

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