お試しヒロイン

 一緒に帰ろう。二人きりの病室で僕がそう告げると、彼女は病床の上で細い体を起こし、うるんだ瞳で僕を見返してきた。

「私のことは……お試しだったんじゃないの?」

「確かに最初はそう言った。だけど、君を本気で愛するようになってしまったんだ」

 雪のように白い彼女の頬に、ほのかにあかの色がさす。

「でも……」

 静かに震えるその声には、逡巡がにじんでいた。

「先生から聞いたでしょ、私の体のこと。……私、あなたを幸せにできないよ」

「君の奏でる音楽と、君の笑顔があれば、僕はいつだって幸せさ」

 ベッドに歩み寄り、僕はそっと彼女の手を握る。あの古いピアノの前で、初めて出会った時と同じように。

「一緒に生きよう、深雪みゆき

 はらりと零れる涙が、絡め合った指の上に落ちる。

 か弱いその手に、かすかに力を込めて――

 愛する彼女は、はい、と、確かな声とともに頷いてくれた。


 彼女を連れて家に帰ると、ハーレムの住人達が新入りを歓迎してくれた。

 亡国の姫騎士、黄泉よみがえりの遊女、夢破れたアイドル、アウトロー育ちの少女……。みんな、僕がお試しプランでは飽き足らずしてしまった悲劇のヒロイン達だ。

 喧嘩も絶えない暮らしだが、まあまあみんな楽しそうにやっている。

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