言葉狩りの未来、あるいは先人達への賛歌
「フハハハァ!! 死ねぇぇ、ジャスティスマスク!!」
「何を! こんな攻撃では私は倒せんぞ! 食らえ、カウンタージャスティスアッパー!!」
「グアァァッ!! お、おのれ、この俺様が、人間如きにィィッ!!」
吹き出す鮮血、飛び散る
* * *
「あー、先生、マズイです。これはダメですね」
「何だと?」
最近担当に付いたばかりの若い編集者の顔をぎらりと睨みつけ、私はチェアにふんぞり返って言った。
「君、私が御社の雑誌を支える看板作家なのは分かっていような。前任者からどういう引き継ぎを受けたのか知らんが、いつからお宅の編集長は、大卒数年目の若造が私の作品に意見することを許すようになったのかね」
調子に乗った若造など、こうして凄みを利かせれば大抵は黙るものだ。……だが、私の目論見に反して、その男はクイッと眼鏡を直しながら、何でもないような口調で反論してきた。
「いや、大御所の先生だろうとムリなものはムリなんですよ。先日の総務省の通達で、いかなるメディアにおいても暴力的表現は使えなくなりましたからね。悪役の台詞とはいえ『死ね』なんてもってのほかですよ」
「何だと?」
彼の突き返してきた原稿に私は目を落とす。改めて確認するまでもなく、悪漢の台詞には堂々と「死ね」と書かれている。
「『死ね』くらい、どこの悪役でも言うだろう。これの何が問題だというんだ?」
「ダメです。乱暴な表現や暴力を助長する表現は、フィクションであっても使ってはならないことになったんです」
「そんな馬鹿なことがあるか。君も知っての通り、私の作品は悪役の悪逆非道ぶりとバイオレンスアクションが第一の売りなんだぞ。読者は私の『死ね』を求めてるんだよ」
「そんなこと言われましてもねえ。あと、正義のヒーローが『食らえ』なんて下品な言い回しを使うのも良くないですね。『吹き出す鮮血、飛び散る
「今までずっとそういうノリでやってきたじゃないか!」
「とにかく、このままでは掲載は出来ないんで、当たり障りのない表現に直してくださいよ」
「作家の魂たる表現を変えさせようというのか!?」
「そうしないと世に出せないんだからどうしようもないでしょう」
「ぐぬぬ……」
こんな若造如きの言いなりになるのは癪だが、ここの編集長にはそれなりに恩義もある。ここを蹴って他社の雑誌へ移る訳にもいくまい。
窮屈な時代になったものだと肩を落としながらも、私は断腸の思いで原稿の修正に応じることにした。
* * *
「フハハハァ!! あの世へ行く準備をしろォォ、ジャスティスマスク!!」
「何を! こんな攻撃では私は倒せんぞ! 受けてみろ、カウンタージャスティスアッパー!!」
「グアァァッ!! お、おのれ、この俺様が、人間如きにィィッ!!」
大ダメージを受けて悪漢は倒れた。ジャスティスマスクの勝利である――
* * *
「こんにちは、先生。前回の掲載分なんですがね」
「不本意な修正を多々加えたあの原稿か。どうかね、読者の反応は」
「いやぁ、読者以前に、総務省から名指しでお叱りを受けちゃいましてね。先生、やっぱりダメですよ、今の時代にこんな作品は」
「何だと?」
私は次回分の原稿から顔を上げて若造編集者を睨みつけた。あれほど修正したのに、まだ何か不服だというのか。
「ここですよ、ここ、悪役が倒れるところ。『おのれ』とか乱暴な言葉を吐いた上、『人間如き』なんて差別的な表現を平然とブチ込んでたでしょ。今はダメなんですよねえ、こういうの」
「君も見た上で通したんだろうが! というか、その程度ですら規制対象になるのなら、もう何も書けんじゃないか」
「いやあ、他の作家さん方は色々と工夫されてますからねえ。あとこれ、主人公側が『ジャスティス』とか勝手に名乗ってるのもだいぶ問題ですね。暴力で敵を打ち倒すことが『正義』だなんて主張、とてもじゃないですけど載せられませんよ」
「もはや作品の根幹すら成立せんじゃないか!」
「まあ、そういうことなんで、次回分からは結構シビアに直しを入れていかないといけませんね。今書いてた原稿あったら見せてくださいよ」
* * *
「閻魔に裁かれる覚悟をしろ、悪党! ジャスティスバレットブロー!」
「無駄だァァ、ジャスティスマスク!」
弾丸の速さで閃くジャスティスマスクの拳打! 敵の防御を手数で上回り、ジャスティスマスクは怒涛の連打を敵のボディに打ち込んでいく!
「これでトドメだ! 正義の拳を受けてみろ!」
「ウギャアァァッ!!」
* * *
「……はい、まず『ジャスティス』ダメ、『正義の拳』もダメ、同様の理由で敵を『悪党』と呼ぶのもダメー。閻魔の裁きとかいうのは特定の宗教に肩入れするからダメ。格闘の内容を詳細に描写するのも暴力を助長するからダメー。『ウギャアァァッ』とかいう断末魔の叫びも痛々しくて残酷だからダメー」
「そこまで削られて私にどうしろって言うんだね。もう君が書きたまえよ」
「何言ってるんですか、僕には先生のように物語を作り出す才能なんてありませんよ。泣き言言ってないで何とか書いて下さい、日本中の読者が先生の作品を待ってるんですから」
「君は私を持ち上げたいのか貶したいのかさっぱりわからんな……」
正義を主張するのも駄目、詳細な戦闘描写も駄目、敵の断末魔の叫びすら駄目……。それでどうやって作品の体裁を保てばいいんだと思いながら、私はヤケクソで原稿に直しを入れる。
* * *
「オラオラオラオラ」
「無駄無駄無駄無駄」
キンキンキンキンキンキン!!!!
「あたたたたたたた!!」
「ひでぶ!!」
* * *
(そうか……先人達はこうなる未来を予見していたのかもしれんな……)
偉大なクリエイター達の先見の明に思いを馳せつつ、私は深く溜息を吐いて編集者に原稿を手渡した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます