未来少女アスナ Episode.50「新しい未来」

 悲鳴とサイレンが木霊こだまする紅蓮の街。暗黒の空には時空の穴が轟々とうずを巻き、人を、車を、ビルを容赦なく飲み込んでいく。


「イルカが攻めてきたぞっ! 君も早く逃げるんだ!」


 ヘリのキャビンから身を乗り出し、永井ながいの野郎が叫んでくる。


「あんた、俺のこと嫌いじゃなかったのかよ」

「ああ、嫌いさ。だが、君という引き立て役がいないと、僕の魅力をアスナさんにアピールできないからね」


 キラリと白い歯を見せて笑う永井。こんな時でもキザな野郎だ。


「……俺は逃げない」

「何だって?」


 近くで爆発音が轟き、地上服を纏ったイルカが炎の向こうから姿を見せる。早く来いと叫ぶ永井を振り切り、俺はヘリを庇う位置に飛び出す。


時空変身クロノ・スパーク!」


 間一髪、バトルスーツを身に纏い、俺は磁空剣クロノソードで敵の砲弾を切り払った。


「き、君は!?」

「俺は最後まで戦う。この時代を守るために!」


 俺は地面を蹴り、イルカの群れへと斬り込む。破壊の限りを尽くす巨大ロボカタストロファーから、あのアンドロイド、ユゲンの声が響いた。


『この時代の時空戦士クロノセイヴァー! たった一人で何ができる!』

「うるせえ!」


 数体の敵をまとめて斬り裂き、俺は叫ぶ。


「俺が俺だけの力でこの時代を守らないと、アイツが安心して未来に生きられないんだよ!」

『愚かな。誰にも歴史の定めは変えられない!』


 ロボの砲撃に吹き飛ばされ、俺の背中は力なく地を削った。


「くっ!」


 イルカどもが俺を取り囲む。ここまでか――俺が天を仰いだ、その時。


磁空砲クロノ・ブラスター!』


 暗雲を貫き、タイムホールから飛び出した超音速の機影が、ユゲンのロボに砲火を浴びせかけていた。


時空艇タイムクルーザー!?」


 地上の敵を掃討し、静かに俺の前に着陸した白銀の機体から、二つの華奢な人影が降り立つ。


「お前達、なんで。未来アナザーフューチャーに帰ったはずだろ!?」

「あたしは反対したのよ?」


 ふうっと息を吐いて黒髪をかき上げたのは、相変わらず胸の谷間が目立つピチピチスーツのマハル。そして――


「この子がどーしても戻るって言うから。よっぽどアンタのカラダが忘れられなかったのね」

「ヘンなこと言わないでください! わたしがヒワイな子みたいじゃないですかっ!」


 銀ピカタイツの身体をくねっとさせて、黄色い声を張り上げる――アスナ。

 金色のボブヘアーをふわっと揺らし、彼女は照れくさそうに微笑みかけてくる。


「言いましたよね、自分だけの未来を見つけろって。ここが、わたしの選んだ未来です」

「……お前」


 不覚にもこみ上げる嗚咽おえつを俺が押さえていると、ぴしっと時空艇タイムクルーザーを指差して、マハルが言った。


「一緒にヤるの、ヤらないの?」

「……やるさ。やるとも」


 互いに頷き合い、俺達三人は機体に乗り込んだ。

 瓦礫の街を踏み抜き、破壊ロボカタストロファーが向かってくる。俺はキッと敵を見据え、グリップを握り込んだ。


戦闘形態バトルモード起動ライズアップ!」


 時空艇タイムクルーザーから瞬転し、白銀の時空機士クロノナイトが軽やかに地を蹴る。


磁光斬ヴェクター・スラッシュ!」


 俺の操作で振り抜く光剣が、敵の砲撃を切り払い、


拘束力場グラヴィティ・ネット!」


 マハルの放つ超重力の網が、敵の巨体を縛り上げる。


「アスナ! 撃て!」

超未来砲トゥモローバスター! ファイヤーっ!!」


 主砲パルサーキャノンから放たれる光波熱線の奔流ほんりゅう。白銀の閃光が暗闇を照らし、敵のバリアと拮抗きっこうして火花を放つ。


『フハハハァ! 私のロボカタストロファーの敵ではないィィ!』


「ダメですっ、光子フォトンエネルギーが足りないです!」


 アスナが顔をゆがめる。――刹那、俺の脳裏に閃いたのは、あの満員のライブ会場の光景。


「光が足りなきゃ、分けてもらえばいい」

「誰からっ!?」

「あるだろ、日本中の皆に一斉に呼びかける道具が」

「……!」


 俺がアスナに放り渡したのは、使い古しの小さなスマホ。

 アスナはこくりと頷き、見慣れた配信画面を表示させた。


「2019年の皆さんっ、チューブアイドルの明日坂あしたざかアスナです。いきなり居なくなったくせに、図々しく戻ってきちゃってごめんなさいっ」


 手のひらサイズの端末デバイスで全世界を瞬時に繋ぐネットワーク。昭和の人には思い描けなかった未来が、今ここにある。


「これが正真正銘、わたしの最後のお願いです。皆さんの光を分けてください!」


 アスナの呼びかけに応え、暗闇に一つまた一つと光が灯る。やがてそれは巨大な光の海となって、地平の遥か彼方までもを覆い尽くしていった。


「終わりだ、ユゲン!」

『バカな――』

超未来砲トゥモローバスター最大出力マキシマム!!」


 二つの時代の技術テクノロジーと思いを乗せた最後の一撃が、敵のバリアを撃ち貫き、光の網の中で大爆散させた。


「時空乱流が止まった……。俺達が、この時代を守ったんだ」


 暗雲の晴れた青空を見上げる。次の瞬間、俺は機体から放り出され、真っ白な空間に立っていた。


「ホールドライブで強引に時を超えてきたから……。トラベルの効力が切れかけてるのよ」


 アスナの隣に立つマハルの身体が、手を振りながらすうっと遠ざかって消えていく。


「じゃーあね。アンタのこと、ちょっとは本気だったわよ」


 そして、真っ白な空間で俺はアスナと二人向き合う。

 俺の胸に飛び込んできた彼女を、俺も自然に抱きしめていた。


「……ダメですよ。あなたのファーストキッスの相手がわたしになったら、歴史が変わっちゃいます」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、アスナは笑って俺を見上げてくる。

 俺は何もしてないのに、最後まで勝手なことを……。


「忘れないでくださいね。あなたの明日の先に、わたしは居るって」

「……ああ。わかってる」


 俺の作る明日はお前の未来に繋がってる。だからこれは別れじゃない。

 涙をこらえて俺が言うと、アスナはにこっと微笑み、時の彼方へと消えていった。





 ⏳






「で、なんでまたガラスが粉々なんだよ!」

「えへへ、乗用ドローンの操縦をちょっとミスっちゃっただけですよ!」


 あの戦いから三日後。ようやく一人の部屋にも慣れかけてきた俺のもとに、そいつは突如飛び込んできた。普通に可愛いセーラー服姿で。


「ていうか、何で居んの。あんだけ感動的な別れしといて」

「なんかー、歴史が修正されて、わたしの時代がほんとにあなたの未来に接続しちゃったみたいです」


 てへっと笑って、彼女は敬礼の真似事とともに告げる。


「明日坂アスナ。令和84年の未来から来ました!」

「……だから、お前の天皇、どんだけ長生きなんだよ」


 涙を拭って俺はツッコミを入れた。

 ――新しい未来が、また始まる。


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