穴【SF要素あり】
九月三十日深夜。私は溜息とともにスマホの画面を閉じ、馴染みの居酒屋を出た。生ぬるい夜の風が失意の肌を刺した。
駅前でタクシーを拾い、マンションの住所を告げる。無言で車を出した運転手は、信号待ちでふいに私を振り返り、赤ら顔の口元をにやりと歪ませた。
「お困りのようですね、板野先生」
「! 私を知っているのか」
「ええ、勿論存じておりますよ。無類のアイドル好きで知られる年齢性別不詳の覆面作家……そして匿名短編コンテスト主催者の板野先生でしょう」
突然のことに驚きを隠せない私をよそに、運転手の男は前を見て車を発進させる。
私はふうっと息を吐いて呼吸を整え、言った。
「少なくとも、君が言った最後の肩書きは今日限りだよ」
「ほう? そりゃまたどうして。いよいよ第五回匿名コンも明日から開始じゃなかったのですか」
「……最少催行人数を充足しなかったものでね」
誰も知らぬ素顔が窓ガラスに映るのをぼんやりと眺め、私は続ける。
「第一回の勢いこそ良かったが、所詮人は飽きやすいものさ。第二回、第三回と回を追うごとに、参加者も作品数も減り……第四回はとうとう参加者二十名を切る体たらくだよ。サイド対抗戦やらグループDMやら、色々とテコ入れを試してはみたが、結局人を増やすには至らなかった」
「それで第五回にも人が集まらない、と」
「そういうことさ。……イベントというものはね、君。回を追うたびに勢いを増していかねば意味がないのだ。第四回のあの惨状を見て、誰が好き好んで第五回に参加したがるものかね」
「だから先生
「私ではない。匿名コンを終わらせることにしたのは参加者達だ。彼らの選択によって匿名コンは滅びるのだよ」
「いけませんな、先生」
車は折よく再びの赤信号に差し掛かった。振り向いた男の顔は死神のように見えた。
「板野先生ともあろうお方が、ご自身の営みを他人のせいになさるとは。匿名コンを終わらすのも生き返らすのも、先生、あなたしか居られないのですよ」
「……フフ。私に今更何ができる。あれだけのテコ入れを施した第四回にすら人が集まらなかったのだぞ」
「余程悔しい過去のようですな。……ならば、その過去を変えてしまえば宜しかろう」
「何だと?」
過去を変える……?
淡々とした口調に似合わず発せられた突拍子もない一言に、私は思わず身を乗り出していた。
「君は一体何を言っているんだ? 過去を変えるなど、出来るはずが……」
「先生も元はSF書きなら、ワームホールという言葉はご存知でしょう」
なぜ私が別名義では売れないSF作家だったことまで知っているのだ……。
「ワームホール……時空の穴か」
「そう。実は私はね、先生の過去と
男の言葉にゾクリと心臓を鷲掴みにされ、私は咄嗟に窓の外を見た。そこに広がる景色は夜の街ではなく、銀河の
「……これは、夢か」
「夢ではありません。今宵、先生は一度限り過去に働きかけることができる……第四回匿名コンが不調の内に終わったという歴史に干渉し、過去を変えることができるのです」
「馬鹿な……」
窓の外の宇宙には、真っ暗な穴がぽっかりと口を開けている。
「あれが穴です、板野先生。あの穴を通じて
「……そうすると、どうなる」
「それは先生がご自身の目でお確かめください。……さあ、早くしなければ穴が塞がりますよ」
「……わかった」
答えた瞬間、男も車も私の前から消え去り、私は暗闇の宇宙にひとり放り出されていた。
意識が穴へと吸い込まれていく。どこまでも落ちてゆく感覚の中、私が目にしたのは無数の穴であった。
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作者の皆様、読者として投票して下さった皆様、
このたびは「匿名短編コンテスト・光VS闇編」へのご参加、
誠にありがとうございました。
サイド別対抗戦、読者賞、グループDMなど多くの新施策を導入した今回の匿名短編コンテストは、
皆様のお力添えの甲斐あり、
光サイド115作、闇サイド116作、
合計231作もの応募作品がしのぎを削る、
カクヨム史上最大の自主イベントとなりました。
「……お客さん、お客さん。着きましたよ」
運転手の声に私はハッと目を覚ます。窓の外には私のマンションがあった。
「随分お疲れですねえ。お仕事大変なんですか」
男が愛想笑いをしながら料金を告げてくる。クレジットカードを手渡しながら私はふと尋ねた。
「君、私が誰だか知ってるかね?」
「? いいえ、恐れながら。政治家さんか芸能関係の方でしょうか」
「……いや。そうか。知らないならいいんだ」
車を降り、マンションのエレベーターを待つさなか、私はスマホを手に取り画面を見る。
日付変わって十月一日。無事に最少催行人数を充足した第五回匿名短編コンテストは、既に多くの投票で賑わい始めていた。
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