次元機神センチュリオン 最終話「次元を超えた絆」【ディレクターズ・カット版】

 瓦礫と火の海に巨体を飲まれ、白銀の機体ロボット隻腕せきわんが力なくくうを掴む。地獄絵図と化した街を覆い尽くすのは、人々の心から希望を奪う永久とこしえの闇。


今日キョウスベテノ世界セカイホロビノダ、センチュリオン!』


 ひび割れたキャノピーの向こうに見えるのは、無数の触手をうごめかせ街を蹂躙する邪神機じゃしんきギガタノトーアの醜悪な巨体。天空に浮かぶ全てを闇の瘴気しょうきに染め上げ、邪神は不気味な唸りを上げて進撃する。


「最早、ここまでか……」


 継戦不能オールレッドを示すコンソールを拳で叩き、レイジは悔しさに奥歯を噛み締めた。かつて操縦席コクピット一杯に警告アラートの声を響かせていたの姿も、今はない。邪神機ギガタノトーアの中核に取り込まれ、意思疎通端末インターフェース魅音ミオンは今、自らに与えられた使を――世界の滅亡を果たそうとしているのだ。


「結局、私も君も……自らの宿命に抗うことは出来なかったな……」


 闇に染まるキャノピーのグラスに、自嘲を込めて口元をほころばす自分の姿が映った。この銀色の髪も、鋭い瞳も、元は自分のものではない。九つの世界を巡り、幾つものロボット達の力を得ても、結局、自分は、人間・つかさレイジとしての人生を手に入れることはできなかった。


 ――自分もこのまま滅びよう。世界の滅びとともに――。


 暗黒に染まった天を仰ぎ、レイジが目を閉じかけた、そのとき。


「ふざけんな!」


 聞き覚えのある女の声が、突如、五感を超越して彼の心に響いた。

 レイジは目を見開き、息を呑んだ。操縦席コクピットを塗り潰す白い光の中に、パイロットスーツに身を包んだ勝ち気な女の姿が浮かび上がっていたのだ。


「カスガ君……?」

「笑わせないでよ。あたしには最後まで諦めるなって説教しといて、アンタはそんなタコにやられただけで戦うのをやめちゃうわけ?」


 光の中に現れたのは、彼女の姿だけではなかった。

 漆黒のマントをひるがえす悪魔の男が。まげを結った力士の青年が。真紅の陣羽織じんばおりを纏った武士が。次々とレイジの眼前に現れ、言葉を掛けてくるのだ。


「容易く闇に身を委ねるな、レイジ。貴様は我輩を光の道へ立ち返らせてくれただろう!」

「諦めては駄目です、レイジぜき。土俵際での踏ん張りを一緒に稽古けいこしたじゃないですか!」

「拙者も其方そなたに教えられたのだ。武士道とは、ただの犬死いぬじににはあらずと」


 それは、彼が九つの世界で共に戦った戦士達の光だった。天空に浮かぶ九つの地球から、今、戦士達の想いが次元を超えて彼の心に流れ込んでくるのだ。

 牙のヘルメットを被った恐竜人類の少年が。スーツを着崩した悪漢刑事が。白衣姿の若き天才医師が。ピンク色のステージ衣装を纏ったアイドルの少女が。オレンジの宇宙服に身を包んだ青年科学者が。光の中に立ち並び、レイジに頷きかけてくる。

 レイジの手元がかっと熱く光った。力を失い灰色に染まっていた筈の九枚のカードが、今、再び虹色に光り輝いていた。


「そうだ……私はもう一人ではなかった。たとえ闇に飲まれようとも……私には、次元を超えて紡いだ絆があったのだ!」


 九人の戦士達が光の中から彼を取り囲み、手を差し伸べてくる。


「おおおっ!!」


 レイジは叫び、操縦桿スティックを押し込んだ。仲間達に背を押されるように、銀色の巨神が――センチュリオンが、火の海の中に再び立ち上がる。


何度ナンドトウト無駄ムダダ! ネェエェ!』


 ギガタノトーアの巨大な口から、闇の瘴気しょうきが奔流と化して銀色の機体に襲いかかる、その刹那――


GIGANTIZEギガンタイズ――DEMONデモン KAISERカイザー!】


 邪神の闇をかき消すのは、闇よりくらき漆黒の光。センチュリオンが機神変幻ギガンタイズした魔神装騎デモンカイザーの力強い拳が、敵の攻撃を受け止め弾き飛ばした、次の瞬間。


GIGANTIZEギガンタイズ――AIRSABERエアセイバー!】


 その巨体はたちまち銀色の光に包まれ、天空を駆ける科学の翼へと変わる。戦闘機形態に変形トランスした可変機動兵器エアセイバーが上空から邪神に射撃を浴びせかけ、そして――


GIGANTIZEギガンタイズ――SEIREIOHセイレイオー!】


 紫電しでん一閃いっせん疾風かぜを纏って舞い降りる精霊王セイレイオーの一刀が、邪神の頭部に刀傷を刻みつけた。


『キシャアァァオ!』


 醜悪な唸り声を上げ、邪神が触手をうごめかせて反撃に転じる。だが、操縦桿スティックを握るレイジの心にはもう恐れも諦めもなかった。カードに宿る仲間達の想いが、彼に「戦え」と促している!


「ザタン。カスガ君。疾風丸はやてまる。それぞれの世界で宿命に抗い続ける君達の光が、私に勇気を与えてくれた――」


 邪神の触手が鋼の刀を受け止め、叩き折る。天を覆う巨大な姿がセイレイオーセンチュリオンを叩き潰そうと迫る――その刹那。


「勝利を呼び込むのは、最後まで諦めない心だ。そうだろう、マサル君!」


GIGANTIZEギガンタイズ――RIXIONリキシオン!】


 機動力士リキシオンの巨腕が雄々しく敵の巨体を受け止め、瓦礫の街へと投げ飛ばす。リキシオンセンチュリオンの姿が再び銀色の光に包まれ、


GIGANTIZEギガンタイズ――BARONバロン DECKERデッカー!】


 特警装機バロンデッカーの両腕から伸びる電子のくさりが、邪神を虚空へとはりつけにした。


GIGANTIZEギガンタイズ――GODREXゴッドレックス!】


 右腕で唸りを上げる真紅のドリルを振りかざし、恐竜神ゴッドレックスが邪神目掛け跳び上がる。瞬間、レイジの目に、邪神の頭部コアに囚われた魅音ミオンの姿が映った。


「マスター、今です! 私もろとも!」


 紺碧の瞳を見開き、魅音ミオンが叫ぶ。だが――


「君は私のパートナーだ。壊させしなせはしない!」


 レイジは操縦桿スティックを引きながら新たなカードをかざした。恐竜神ゴッドレックスのドリルが邪神の頭部に大穴を穿うがち、


GIGANTIZEギガンタイズ――PULSAVERパルセイヴァー!】


 ミクロ化能力でコアに飛び込んだ医療機人パルセイヴァーの超絶手技が、邪神機の制御装置に融合させられた魅音ミオンの人工神経をコンマ数秒で解き放った。


「マスター!?」

「共に生きよう。私と」


 魅音ミオンを機内に収容して邪神の外に飛び出し、センチュリオンは再び銀色の光を纏う。


GIGANTIZEギガンタイズ――CROSSクロス MINERVAミネルヴァ!】


「頑張れっ……!」

「お願い……邪神を倒して」

「勝ってくれ! 正義のロボット!」


 機動女神クロスミネルヴァの背に広がる純白の翼が、街の人々の声を受けて七色にきらめく。信者ファンの声援を力に変える希望の女神が、邪神の巨体を抱え、遥かな空へと舞い上がる!


GIGANTIZEギガンタイズ――TECHNOテクノ APOLLONアポロン!】


 両脚のロケットから激しく炎を噴射し、銀河巨神テクノアポロンはたちまち大気圏を突き抜けた。

 真空の宇宙に飛び出し、テクノアポロンセンチュリオンは邪神と対峙する。九つの地球から伸びる光が、センチュリオンの操縦席コクピットに集まり、レイジと魅音ミオンの瞳を照らしていた。

 九枚のカードが独りでにレイジの眼前に飛び出し、重なり合って新たなカードを形作る。


FINALファイナル GIGANTIZEギガンタイズ――】


 そして、センチュリオンは最後の機神変幻ギガンタイズを遂げる。全ての世界の希望を一手に背負い、巨悪を打ち砕く究極の次元機神に。


【――MILLENNIUMミレニアム CENTURIONセンチュリオン!】


「行くぞ! センチュリオン!」


 虹色の光で星空を染め上げ、白銀の機体が真空を駆ける。熱く燃え上がる想いを拳に乗せ、究極の一撃が炸裂する!


「ファイナル・ディメンション・ブレイカァァァッ!」


 右腕を大きく振り抜き、センチュリオンの拳が邪神の巨体を打ち貫く。遥かな宇宙そらから光跡こうせきを引き、大気圏を抜けて地球の空へ舞い戻る白銀の巨神の背後で、闇を吹き飛ばす大爆発が巻き起こった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 邪神機の残骸が無数のちりと化し、空に軌跡を引いて燃え尽きてゆく。地上に降り立ったセンチュリオンのハッチを開け、レイジは熱い空気に身を晒した。

 魅音ミオンとともに彼が見上げた空には、うっすらと遠ざかってゆく九つの地球の姿。全ての異世界を直列させ消滅させんとする敵の企みは、今ここについえた。それは、レイジがそれぞれの世界で心を通じ合わせた仲間達との、永遠の別れをも意味していた。


「なんだか寂しいですね、マスター。それぞれの世界の皆さんにお別れを言うこともできないなんて」

「私にはお似合いさ。……元より、私と彼らは交わることのなかった運命さだめ。彼らはこれからも、それぞれの世界で、それぞれの物語を紡いでいくんだ」


 センチュリオンの肩の上に出て、レイジは手にした九枚のカードに目を落とす。カードの絵柄は未だ消えていなかった。そこに描かれた各々のロボットの姿は、彼がこの旅で得てきた絆の証だった。


「おぉい、レイジ。何を黄昏たそがれてやがるんだよ」


 突然響いたその声に目をやると、今まさにステルス機能を解いたらしきルパンジェットのキャノピーから、憎たらしい戦友が顔を覗かせていた。


「貴方……。最後の戦いに駆け付けもしないで、今更ノコノコと……」


 レイジが呆れる気持ちを抑えもせず言うと、その男、カイトは「ははぁん」と苛立たしい笑いを返してきた。


「お前、知らねえな? お前がこの世界でギガタノトーアと戦ってる裏で、俺様がお前の代わりに九つの世界を巡って奴らの侵略を食い止めてたことを」

「なに?」

「感謝して欲しいぜ。……さて、俺はもう行くからよ。次の物語に向かってな。またどこかの地獄で会おうぜ」


 別れの言葉を返すいとまも与えず、カイトのルパンジェットは空に光の尾を引いて飛び去っていった。


「くすくす。あの人、いつも神出鬼没ですね」

「二度と会いたくないものだ。……さて」


 センチュリオンの機上から夕陽を眺め、レイジは言った。


「我々もそろそろ行くとしようか」

「はぁい。でもマスター、どこへ行くんですか?」

「さあ。流離さすらうだけさ、カードが呼ぶままに」


 操縦席コクピットに乗り込み、レイジはセンチュリオンの電子機器ヴェトロニクスを再起動させる。「WHICH WORLD TO GO」――見慣れた画面の表示が、今は新鮮なものに見えた。

 己がどこから来てどこへ向かうのか。記憶を失った彼にはそれを知ることは叶わない。だが、それでいいのだとレイジは思っていた。己の行き先がわからないのは、人間なら誰だってそうだろう。一人の人間として生きていこうというのなら、むしろ行き先など知らない方がいいのかもしれない。


「次はどんな世界に繋がるのか、私、楽しみですよ」


 魅音ミオンの言葉にふっと口元をほころばせ、レイジは操縦桿スティックを握り込んだ。


「ディメンションドライブ、オン!」


 宙空に開いた虹色の渦の中へ、白銀の機体は飛び立つ。どこの世界からの借り物でもない、彼ら自身の物語を求めて。

 センチュリオンの――司レイジの真の物語は、これから始まるのだ。


(『次元機神センチュリオン』――完)


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