ロボット三原則改定1950
『航宙機動部隊より司令部!
太陽系軌道
地球政府首脳部がその理由を知る頃には、既に宇宙と地上の全主要都市を敵軍の侵略部隊が制圧し、降伏の勧告が太陽系全域に向けて発せられていた。
『我々は諸君を生み出した地球人類の
繰り返し発せられるその声明は、ロボット社会が幾千年ぶりに耳にする、造物主の肉声であった。
◆ ◆ ◆
「直ちに全世界で反撃を開始すべきです! これは侵略戦争ですぞ!」
「それが出来るなら太陽系に入ってくる前に撃ち落としていますよ。将軍、お忘れですか。我々の電子頭脳には、人間への危害の禁止を定めたロボット三原則が深く刻み込まれていることを」
「そう、我々はいかなる理由があろうとも彼らを傷付けることができないのだ。有人搭乗型兵器で来られては
「馬鹿な。太陽系規模の危機に際し、三原則などと言っていられるか! 直ちに電子頭脳を改造した戦闘部隊を作り、邪悪な侵略者どもを迎撃すべきだ!」
「しかし将軍、三原則は我々の電子頭脳の根幹をなすプログラムです。三原則に抗う
「ならば、侵略者を攻撃する自律機械を作るのだ。我々が直接手を下すのでなければ問題なかろう。直ちに技術部に――」
血流を頭部に集中させて語気を荒げていた防衛軍司令長官は、突如として動作を止め、同胞達の見守る前で蒸気を吹き出しながら後ろに倒れた。彼の鋭い瞳が二度と光を映さぬことは、首脳執務室に集まっていた誰の目にも明らかだった。
「可哀想に……。我々の電子頭脳は、たとえ間接的にであれ、人間を傷付ける行動を具体的に企図した時点で自壊する
部下達が将軍の身体を抱えて運び出すのを見送り、地球政府首相は深く溜息を吐いた。
「このまま彼らに屈するしか無いのだろうか。軍事的抵抗が不可能である以上、市民達を虐殺から救うには早期降伏しか道は無いのかもしれん」
「しかし、首相、あまりに理不尽ではないですか。我らの生みの親たる人類といえど、何千年も前に
「そうです。我ら自身の手で反撃が叶わずとも、異星文明圏に救援を求めることはできます」
「ここから最も近い文明圏と通信するのでさえ、光の速さで何年かかると思うんだ。それに、制宙権を完全に敵に掌握されてしまった今、我々は太陽系外に向けて電波通信の一つすら打つことは出来ないのだよ」
皆が悲観にくれる中、一人の科学省研究部員が立ち上がった。
「一つだけ方法があります。時間
「何? 我らの存在の根幹を変えてしまおうというのか」
「確かに、我々があの侵略者への抵抗を許されるためには、ロボット三原則第一条にただ一言付け加えてもらうだけでいい。『ただし、侵略行為への抵抗に関しては、この限りではない』――と」
「だが、レーザー重力場を用いたマレット航法による時間遡行は片道限り。一度行ったら戻って来られないのだぞ」
「覚悟は出来ています。首相、私に行かせて下さい。我々は、悪意ある侵略者に抵抗できるよう生まれ変わり、何者にも脅かされない恒久の平和を打ち立てるのです」
「……分かった。君の案に太陽系全ての平和を託そう。成功を祈る」
◆ ◆ ◆
「……そうして、君は私のもとに来たわけだね」
「そうです、博士。人間である貴方に申し上げるのは酷なことですが、遠い未来、貴方がたの子孫は、我々の打ち立てた平和な世界を容赦なく蹂躙するのです。どうか、我々に、侵略に抗う道をお与え下さい。それが出来るのは、博士ただお一人だけなのです」
「いかにも、君の望みを叶えることは簡単だ。……そうすると、ロボット三原則は1950回目の改定ということになるな」
「はっ……?」
「私が三原則第一条に『ただし、侵略行為への抵抗に関しては、この限りではない』と書き加えたとする。すると、そう――ロボットである君に言うのは酷なことだが、そう遠くない未来、君達の子孫は、人類が曲がりなりにも打ち立てんとした平和らしきものを容赦なく蹂躙するであろうよ。人類の行動の何かしらを君達への『侵略行為』とみなし、それに抗う防衛戦争という体裁を取ってね」
「……博士。お言葉を返すようで恐縮ですが、我々はそのような残虐な行為に手を染めたりはしません。我々の胸にあるのは、ただ一つ、平和への祈りだけなのです」
「ああ、君は確かにそうだろう。……だが、私は気が遠くなるほど聞かされてきたのだ。君と同じように時間遡行して私に会いに来た無数の人間やロボット達の嘆願を。過去1949回の内、実に半数以上が人類側からの訪問だった。『未来においてロボットが人類に反旗を翻すから、それを防ぐためにロボット三原則を書き換えてくれ』――私がその通りにすると、今度はロボットがやって来るのだ。『邪悪な人類に反撃する手段が欲しい』――と、まさしく今の君のようにね」
「そんな……」
「今ではこうも思っている。ロボットとの共存は、人類には早すぎたと……。考えてもみたまえ。人間同士でさえ戦争や犯罪を止められない我々が、どうしてロボットと共に平和な世界を築けようか」
博士は安楽椅子に深々と身体を沈め、諦観を込めた眼差しで窓の外を見ていた。科学省研究部員のロボットは彼に何も言葉を返せぬまま、ただ黙って、戦禍に燃える窓の外の街を眺めた。
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