第2話 家庭の幸福は諸悪のもと
一
そこのあなた
なぜ正気で生きていけるのですか
なぜ正気でスーツを着てネクタイ締めて生きていけるのですか
なぜ正気で制服を着て生きていけるのですか
なぜ正気で他者と戯れて時に甲高い笑い声を上げたりして生きていけるのですか
わたしには皆目わかりません
わたしはといえば 日夜こうして
社会から課される教育の義務を放棄して
虚ろな言葉をつぶやいている
お前は正気じゃないと母は言う
世間様に顔向けできないと母は言う
でも違うのだ
それは絶対に違うのだ
正気でいるためにわたしはつぶやくのだ
正気でいるために
正気で 標準で まっとうで 真ん中で 中間で 健全なものから逸れてしまうのだ
伝わらないとは思うけど
わかって欲しいは傲慢だけど
でも本当にそうなんです
二
家族
あなたには誰かいる?
わたしはいるよ 中宮冬子
家族
最小単位の共同体
維持して当たり前と思われる共同体
当たり前なわけないだろう
仕事はしたことないけれど
どんな仕事より大変だ(たぶん)
空間をともにし 社会から枠組みを与えられ
守られるものもあるのだろうけど
それ故の面倒くささも半端ない
誰かの(自己含む)コンディションが空気を支配し
誰かの(自己含む)感情のぶれが 他者を揺さぶる
割り切れたらいいのだけれど
割り切れないのだ 家族だから
それが毎日続くのだ
考えるだに途方に暮れる
家族の維持に求められるものは
円滑なコミュニケーションなどではなく
おそらくは ある種の無難さなのだ
ただ自己の内面の巣である家族の中で
無難に徹したならば
それはやがて 無になっていく
無になったわたしを 対象は見ない(見えない)
さりとて感情を発露したならば
ほどなく共同体は 瓦解に向かうだろう
さればいったいどうすればいい
逡巡を抱えて書店に入れば
平積みにされる 成功者たちの自己啓発本
それも大いに結構だが
誰か家族の哲学について ちゃんと語って欲しい
『家庭の幸福は諸悪のもと』は太宰の言葉だったっけか
大いに賛同するところだけど
救いも提示してほしい
救いがないと 生きるのがつらいよ
三
わたしは
このわたしは
この世界で 生きて生活してゆく才能がない
わたしは数々の欠落を抱えて生まれてきたが
これが最も重要なことだ
それに比べたら
左腕がなかったことなど
欠落のうちに入らない
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