三日目 かぼちゃ

 かぼちゃは食べ物である前に鈍器である。当たり所が悪ければ死ぬのではないか、とスーパーに並ぶそれを見てぼくは思った。死ねるとしても、死因として選ぶことはないが。間抜けすぎる上に、他の人間の助けが必要だからだ。死ぬときは一人がいい。あと、そんなことを頼める知人はいない。

「ボクハンバーグね」

「今日はポトフだ」

「ええ~ハンバーグじゃなきゃやだ」

 ぼくの家から徒歩十五分ほどのところに、商店街がある。その中にひっそり存在する、小さなスーパーを訪れていた。それが隣にいるせいで、周囲の目が微笑ましさを湛えている。正体は自己顕示が強く、傲慢さの境地にいる存在だというのに、外面が外面だからだろう。にっこり笑いかけられては手を小さく振り返している。なんだお前は。アイドルか。

 そもそも食材を買いに来た原因を作ったのがそれだった。ぼくは毎日自炊をしている。自室はおんぼろな割に二口コンロに大きな流し台と台所周りの設備は整っている。それに、死ぬための道具は案外高くつく。先月のバイト代のほとんどを大量の鍵に費やしたおかげで、ぼくはギリギリの生活を強いられている。そこで、比較的日持ちのするじゃがいもとにんじんを大量に買っていた。二つの野菜を中心に、今月はやっていこうと考えていたのだ。今日は休みだからちょっと奮発してウインナーを買った。というのに。

 ぼくはタイルの上をスキップしているそれを横目で見やる。一時間煮込んだポトフは例によって例の如く消されてしまった。いつもより高い、有名ブランドのもののウインナーは、すべて、なくなった。

 それがくるりと、軽やかに振り返る。

「謝っただろ」

「許さん。食べ物の恨みは一生ものなんだぞ」

 

 もう口の中はポトフの味に染まっている。ポトフを食べなきゃ気が済まない。ウインナーの格を落とさなければならない羽目になり、ぼくの気分は最悪だ。

「死にたいくせに食べるんだ」

「別に好き好んで食べてるわけじゃない。バイトのためだ」

 腹は減らない身体だが、食べなければどんどん体力が落ちる。その状態ではとても働けない。働けないということは実入りがなくなるということだ。何も手に入れられなくなってしまう。

 それに、餓死はできないと悟っている。山にいたのは五百年ほどだったが、生きてはいた。

「ふ~ん、それにしては必死だね。なんならかぼちゃを入れたら?」

 いっぱい積んであるし、と指で示される。確かに、その量は異常だった。しかも安い。貼り紙をよく見れば、店主が日付を間違えて発注してしまったらしい。よくある商法か、と思ったがこの店に来る客は世事には疎いような年寄りばかりだ。案外本当のことかもしれない。

「さっきはハンバーグとか言ってたくせに」

「気が変わったんだよね。ハロウィン? ってイベント見れなかったし」

「お前は仮装される側じゃないのか」

「みんなボクの存在なんて知らないよ。キミ以外はね」

 つん、と唇を尖らせてそれは顔を背ける。ぼくはイベントには興味がないし、ましてやあんなちゃんぽん行事は嫌いだ。だが、あまりにも視界に入ってくるそれが気になってはいた。なんなら下にかぼちゃの味がよみがえってきている。

「……そんなこと言うから食べたくなってきたじゃないか」

「押しに弱いところ、変わってないね」

「やかましい」

 結局、その日の夕食はかぼちゃと半額になっていた冷凍とりだんごの煮物になった。

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死を待つひと 守宮 泉 @Yamori-sen

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