第3話
教室に入れば、清水さんが座っている前の席に座るように促された。他の教室で余った机なのだろうか。かなり狭いこの部室には窓際に一列、4組の机と椅子が並べられていた。
「ここに座って、丸山さん」
「……うん」
入り口のドアを閉めて清水さんに近づく。わたしが座りやすいように、体を乗り出して勧めた椅子をひいてくれたのを見て、名前を呼ばれたことと同時に少し驚いた。
清水さんはいつも一人だった。こんなふうに誰かのために行動しているところは見たことがなかった。
落とし物は握りしめたまま、化学の教科書やペンケースを机に置く。居心地悪いが素直に座って、体を後ろの席に向け清水さんと向き合った。綺麗な髪を揺らして、彼女は首を傾げた。
「えっと……。どうしてここにきたの?」
こっちの方、お昼はほとんど誰も来ないんだけどという当然の疑問を受け取って、衝撃で吹き飛んでいた追いかけた理由を思い出した。急いで握りしめていたビー玉を、彼女の目の前に勢いよく差し出す。
「さっき! これ、階段のとこで落としてたから! その、届けようと思って……!」
わたしの勢いの良さに驚いたのか、少し身をすくめながら清水さんが落とし物を受け取る。
「……ああ、ありが……」
ころんと彼女の白く薄い手のひらに転がった瑠璃色のガラス玉。納得がいったような顔を一瞬浮かべたが、何を食べているところを見られたのかすぐに思い出したのだろう。わたしたちは同じタイミングで青いビー玉から視線を逸らし、机の上に置かれているビー玉入りの網袋を見つめた。
意味もなく机の上を見続けるが、どうしても清水さんの顔は見ることができない。なんとなく、彼女がここにきている理由は理解した。授業をサボるためでも、彼氏や先輩と会うためでもない。
清水さんは、ここにビー玉を食べにきていたのだ。
沈黙が続く。わたしは何を聞いたら良いのかわからなかったし、彼女も何を話せば良いのかわからないのだろう。遠くのグランドから、昼練に一番乗りしたらしい吹奏楽部員のチューバの音が聞こえ始める。後からもう一人、また一人と重なってきた。下の階から笑い声も聞こえる。まるでこの教室だけ、時間の流れから切り離されているように感じる。
お昼食べ損ねるかな、なんてたいして気にもしないことを考えた。いつもなら4限目が終わったあとは、お腹が空いたとループの子達と大袈裟に騒いでいるのに。
――でも今日はそんなの、どうでもいい。
視線の先で、俯いているせいで机につきそうだった清水さんの髪が揺れたのを捉えた。
顔を上げると、真っ直ぐに黒い目がこっちを見ていた。わたしを見ている。
胸の奥を射抜かれたような気になる。無意識に跳ねそうになった体を、ぎりぎり押さえつけた。
「……誰にも、言わないでくれる……?」
なんに対する期待かはわからないままに、わたしは大きく頷く。不安そうに揺れた目で、彼女はポツポツと事情を話してくれた。
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