第35話 真の最強パーティー、誕生する 前編
「おまえ、ヴァイス! そりゃ一体何だ!?」
俺は仰天した。
走ってきたヴァイスは、半ばからちぎれた腕を持っていたのだ。
「え、あ、あ、グレイ? グレイ? 何でグレイ、おまえが……?」
「そんなことはどうでもいい! その腕はどういうことだよ!」
「う、腕……? あ、ああ。ああ! リオラ、リオラが!」
「リオラが、どうしたって……?」
半狂乱のまま、ヴァイスは俺を見ても混乱から脱せないようだった。
一体何があったのか。そもそも、リオラはどこだ?
あの、ヴァイスにいつもついて回ってたリオラがいない。
まさかすでに“魔黒兵団”にやられたのか。
ヴァイスが掴んでいるのは、やられたリオラの腕なのか?
「フフ――」
しかし、俺の推測は聞こえてきた笑い声によって即座に否定された。
振り向けば、そこに片腕を失ったリオラがいた。
血が流れていないのは、魔法で治したからか。それとも――
「……誰だ、おまえ」
リオラがいた? いやいや、謹んで訂正するわ。
そこにいるのはリオラではなかった。リオラの姿をした別の誰かだ。
後方に巨大騎士の群れを控えさせて、サクサクと砂を踏み鳴らすそいつ。
どこからどう見てもリオラだ。
俺の幼馴染の、俺を笑ったクソ賢者だ。
だが違う。こいつはリオラではない。根拠はないが、俺には分かる。
「もう一回聞くぞ、おまえ、誰だ」
「そうですか、そうでしょうね。さすがは“はぐれもの”の加護持ち」
「うああああ、ああああああああああああああああああ!」
リオラっぽいそいつの声を聞いて、ヴァイスが頭を抱えて地面に転がった。
俺は軽く駆けてヴァイスの前に立ち、そいつと相対する。
「ヴァイスを守るのですか? 彼は『エインフェル』ですよ?」
知った風なことを言ってくれる。
いや、知ってるっぽいな。こいつ、リオラの記憶をしっかり持ってやがる。
俺が答えずにいると、そいつは「フフ」ともう一度笑った。
「彼ら『エインフェル』のおかげで私は今ここにいる。感謝していますよ」
その言葉だけで十分だった。
軽く後ろを見れば、ラン達も察した風な顔をしている。
ああ、そうだよな。おまえ達なら分かるよな。
「おまえ――、“魔黒兵団”か」
「その通り」
肯定と共に、リオラの姿をした“魔黒兵団”の瞳が青白く輝いた。
「あなた方の呼び方で言うならば、『兵団長』。それが私です」
“魔黒兵団”の『兵団長』!
つまりこいつがXランクモンスター“魔黒兵団”の本体か!
「その姿は……」
「リオラ・イーリスの肉体に間違いありませんよ? すでに乗っ取りましたが」
オイオイオイオイ、何だよそれは。
随分とまぁ、ワケわからんちんなことを言ってくれんじゃねーか。
「そう大したカラクリではありませんよ。『エインフェル』との二度目の戦闘時、矢の形に変えた私をリオラの心臓に撃ち込んだのです」
『兵団長』が言うと、後方でヴァイスがビクリと震えるのが分かった。
二回目の戦闘時、リオラは“魔黒兵団”の矢に射られて死んだのか。
「見ての通り、私の後ろにいる騎士達。その全てが『私』。つまりは剣も、斧も、槍も、矢の一本すらも『私』なのです。――フフ」
こいつ、笑い声までリオラなのがムカつくなー。
「それでリオラになったおまえは、一体何をしに――」
「あー、なるほどねぇ。はーん。ほーん」
俺が尋ね終える前に、パニが俺の隣に並んできた。
「何だよ、パニさん」
「いや、こいつの狙ってたことが何となく分かってな」
「マジで?」
「ああ。つまりよぉ、『兵団長』さんよ。あんた、Xランク化したのはその二回目の戦闘時だったんだな。そうなんだろ?」
パニに問われて、『兵団長』が返してくるのは沈黙。
要するにそれは「言わずともわかるでしょう」ということなのだろう。
「でなきゃ説明がつかねぇだろ。武器に変身した自分を打ち込んで、殺した相手を乗っ取る? そんなことができるなら、もっと早くやってるはずだ。今までにだって“魔黒兵団”にぶちのめされた連中はいたんだぜ?」
そりゃ確かにそうだわな。
「つまり、乗っ取る能力自体が、Xランク化したことで得た能力ってこった」
「ええ、まさに正鵠。その通りですよ」
クツクツと、『兵団長』はそこだけはリオラのものではない笑いを漏らす。
「そう、私は自らの限界を突破し、いくつかの能力と共に乗っ取りの能力を得た。そしてこの体を乗っ取ったのです。『私』がさらなる糧を得るために」
さらなる糧――冒険者が持つ加護の力。モンスターにとっての経験値。
それが狙いだっていうんなら、こいつの目論見も何となくだが見えてきたな。
「『エインフェル』をみたび“大地の深淵”に向かわせるため、か」
「ええ」
至極あっさりと『兵団長』はそれを認めた。
「私は限界を突破しました。しかし、それではまだ足りない。足りなさすぎる。今のままでは、この能力も使えるのは一人が限度。それでは全く足りないのです。そう、私はもっと育ちたい。私はもっと強くなりたい。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともと、もっと! もっと私は私を大きくしたいのです!」
その瞳には、何よりも強い餓えの光のみがあった。
餓死寸前の子供のように、他の全てを差し置いてまずは満たしたい。育ちたい。
だからそのためにこいつはリオラになった。
何度も自分の糧となってくれた『エインフェル』をまたしても食らうために。
「そんなに自分を育てて、何がしたいんだよ、おまえ」
「栄えたいのです」
返ってきた答えは、まるで予想していないものだった。
「私は、『私』を増やしたいのです。地上に出て、今のこのリオラ・イーリスのように、もっともっと人々に『私』を移すことで『私』の数を増やしたいのです。この大陸の全てを、私は『私』で満たしたいのです」
抑揚のない声で、リオラの姿をしたそのXランクモンスターは淡々と語る。
こいつの言っていること。それを一言で言い表すならば、
「『種族になりたい』ってのか、おまえは」
「ええ、そうですよ!」
初めて、そいつは叫んだ。
「己の限界を超えたというのに、一種一個の、倒されたら一定時間でリポップするようなやられ役のモンスターであることに、どうして耐えられるのでしょうか! 私は増えたいのです。栄えたいのです。地上に根を下ろし、そして我が物顔で跋扈したいのですよ! そのために、私はもっと育ちたい!」
好きな話題になると得意げになって早口でしゃべるタイプだな、こいつ。
だが分かったぜ、ああ。よーく分かったぜ。
「――つまり、リオラはもう、この世にはいないんだな」
「ひどいですね、グレイ。『私』はここにいますよ」
「その口で、その声で、そんな喋り方で、リオラを騙るんじゃねぇ」
「面白い人ですね、グレイ・メルタ。この女はあなたを嘲笑し、追放した当事者の一人であるというのに。……クフフ、ねぇ、ヴァイス?」
「ひっ!」
呼ばれ、ヴァイスがまた震えた。
「あなたは、あなた達は、『エインフェル』は本当に愚かしいですね。『エインフェル』躍進の原動力が、一体どこにあるのかも知らずにいたのですから」
待て、おまえ。それは――
「奇跡のAランク最強パーティー『エインフェル』。たった一年で驚くべき成長を遂げ、ウルラシオンではその名を知らぬ者はない天才集団。その実力の根幹にあるのは、常人の四倍近い速度で上がっていったレベル、でしたね」
「う、あ、ああ……」
「それを己の才能を勘違いしたのが、あなた達の悲劇であり、喜劇です」
「な、何だ。どういうことだ。どういうことだぁ!?」
こいつ、知ってる!?
「フフ、それは」
「やめろ、言うんじゃねぇ――!」
駆け出そうとする。
だが、俺と『兵団長』との間に一体の鎧騎士が斧を振り下ろしてきた。
間一髪、避けることはできた。しかし、
「あなたの成長を加速させていたのは、グレイ・メルタの加護なのですよ」
しかし、止められなかった。
「は……? な、ァ……?」
噛み締めた奥歯を軋ませ見てみれば、ヴァイスはあんぐりと口を開けていた。
信じがたい。信じられない。いや、あの顔はそれ以前だ。
そもそも『兵団長』の言葉を理解できていない。理解しようとしていない。
「王位級が三人もいる。それはまさに奇跡だったのでしょう。しかし、成長速度が異常であるという点。本当に、一年間、何も疑問に思わなかったのですか? どこかに何か原因があるのだと、考えたりはしなかったのですか?」
「う、嘘だ……。グレイが、そんな、グレイの加護が……」
ヴァイスの視線を感じる。
俺は舌を打った。見たくないが、ヴァイスの方を見る。
「グレイ、嘘だ。嘘だろう……? そんなことが、あるワケが……」
「――マジだ」
目をそらし、答えた。
ここで嘘ついたって、どうにもならねぇ。
「フフ、ヴァイス。教えてあげますよ。グレイ・メルタが持つ“はぐれもの”の加護は、グレイ本人に完全無欠の力を与えるだけではない。その本質は全く別のところにあるのです。そう、自らの仲間に、無尽蔵に加護の力を与え続けるという、世界最高にして規格外の力が!」
そうだ。
それが、俺がウルから聞いた話。
俺が持つスキル――“はぐれの恵み”の本当の力だ。
『エインフェル』が成長速度が異様に早かったのもこれのせい。
俺と行動していれば、それだけでモンスターを倒さずとも経験値を得られる。
だから、ラン達も俺と冒険に出るたびにレベルが上がっていったんだ。
「あ、う、嘘だ……、そんな……、うそ……」
ヴァイスは、まるで老人のようになってしまった。
普段、常に覇気を纏って自分の信じる道を邁進し続けるこいつが、こんな。
できれば知られたくはなかったぜ、おまえには。
「フフフ、実に幸運なことです! 地上に出る前にヴァイスの加護を食って『私』を育てようと考えていましたが、まさかグレイ・メルタがここに来るとは! ク、フフフ! あなたさえ食えれば『私』は間違いなく完成する! もはや誰も『私』に逆らうことはできなくなる。大陸における繁栄は、そして覇権は、約束されたも同然です、フ、フフフフフ! だからヴァイス――」
『兵団長』のヴァイスを見る目が、冷ややかなものに変わった。
「あなたはもういりません」
こいつ、いいかげんに……!
「う、うあああああああああああああああああああああああああああ!」
リオラの腕を投げ捨てて、ヴァイスが走り出した。
おまえ、何するつもりだ!?
「あああああああああああ! うあああああああああああああああ!」
「愚かです、まこともって愚か。ええ、だからこそ私はヴァイス、あなたのその愚かさを褒め称えましょう! 何せ私が誘導するまでもなく、己の才能を盲信したあなたは自ら“大地の深淵”まで来たのですから! そして今、勝てるはずもない『私』を相手に、無謀にも餌になりに来てくれるのですから!」
それまで完全に動きを止めていた“魔黒兵団”が、一斉に動き出す。
まずはヴァイスを叩いて経験値を得ようってハラか!
「行くぞ、おまえら! あのクソふざけたXランク雑魚敵ーズを叩き潰す!」
「待っていたぞ、グレイ!」
「やってやろうじゃねぇか、なぁ、グレイの旦那!」
ランが応え、パニもうなずいた。
「が、がんばってくださいぃぃ~……」
そしてかなり離れた後ろの方でアムがピコピコ手を振っていた。
うん、そーだよね。戦えないもんね、おまえ。
「よっしゃ! 可愛いアムちゃんからの応援で元気百倍!」
「あ、そ、その、ごめんなさい。そ、そういうのは、ちょっと……」
「今そーゆーのいいから!?」
真面目か!
もういいよ、分かったよ!
カッコつけようとしたってこれが俺らのノリってコトだろ!
知 っ て た !
だから――
「最速無敵の天才重戦士withXランクの変なのの力を、見せてやるぜぇ!」
決戦開始だコラァ!
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