第36話 真の最強パーティー、誕生する 後編

 純白の砂漠を、ヴァイスはただ走り続けた。

 それを追う俺は、あのバカヤロウを助けるコトだけ考えて走った。


 ――ヴァイス。


 事実を知ったおまえは、一体何を思ったんだ。

 『エインフェル』の成長が、俺あってこそだと知って、何を感じた?


 おまえは俺を、卑怯者だと嘲笑った。

 あのときのことはきっと一生涯忘れないだろう。


 おまえは今、俺のことをどう思っているんだ?

 ああ、聞くまでもないな。おまえは前と変わらず、俺を嘲っている。


 だからこその暴走なんだろ?

 俺を卑怯な小物と信じ続けているから、現実を受け入れられないんだろ?


 ヴァイス。何があっても変わらないんだな、おまえは。

 『兵団長』が言ってた愚かしさも含めておまえなんだろうな。


 だから――助けてやるよ。


 おまえが卑怯と断じ、切り捨てた俺が、おまえのことを絶対に助けてやる。

 それが俺ができる、おまえに対する最高の意趣返しだ。


「来ましたね、グレイ・メルタ」


 恋に焦がれる乙女のような声と顔つきで、『兵団長』が手を広げた。

 バカヤロウ、リオラの顔でそれされたってキモいだけだわ!


「“はぐれの恵み”といえども、同じXランクであれば!」


 その声に応じて、鎧騎士の群れが動きを変える。

 狙いはヴァイスから俺へ。こいつら、俺の動きを予想してやがったな。


「ヴァイスなどあなたを誘う釣り餌のようなものですよ」


 ナメ腐ったことを言ってくれやがる。

 上等だよ、上等だよテメェ。


「こんならぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は腰のポーチから取り出した花びらを口に入れて、一気に足を速める。

 来たぜ、来た来た来た来た、体力完全回復――!


 よっしゃ、気力体力これにて万全!

 俺はヴァイスを追い抜いて、迫らんとする兵団を前に小型盾を構えた。


「来いよガチムチアーマー共! お求めの天才重戦士はこちらになります!」


 高らかに叫び、俺はビシっとポーズをキメた。

 すると俺めがけて、体長10m近い“魔黒兵団”×100が押し寄せてくる!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド――――!

 うおああああああああああああちょーこええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?


 真っ黒い壁がこっちに一気に迫ってくるこの感じ!

 どうあがいてもプチっと逝く未来しか見えないでしょ、こんなの――!


 だが俺の後にはヴァイスがいる。逃げられない。絶対に逃げられない。

 だから横に逃げるぜ!


「ぬおおおおおおおおおおおお! こっちだ、こっちだ――――!」


 俺が走ると、兵団はこぞってこっちへと進み始めた。

 よーし、よしよしよし! いい感じに引き付けてるぜ、いいぞいいぞー!


 …………はひ。はひ。はひ。


「ク、クソ……! 砂が足に絡まって、は、走るのが辛ひ……」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド――――!

 あばあああああああああああ来たああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?


 白砂を高くまで巻き上げて、漆黒の巨兵軍団が俺に殺到する。


 最前列、槍部隊。

 横一列に並んだ黒巨兵が槍を突き出し突進してきた。

 何じゃその槍! デッカすぎだろ! そんなん槍じゃなくて木倉だわ!


「だ! ったら! っこうじゃああああああああああ!」


 だが俺は視界全体を覆う数多の木倉を次々にかわす、かわす、かわす。


 ヘッ! バーカバーカ!

 突き出されるタイミングが同じだから避けやすいってんだよー!


 とか思ってたらタイミングズレて木倉来たァァァァァ!!?

 ンなろ、この程度でグレイさんがやられてたーまーるーかーよー!


「ッシャ! ンなろ!」


 体を右に転がして華麗に回避! ンン、わき腹が引きつるゥ!


 ――次にやってきたのは剣や斧を持った白兵戦部隊。


 剣? あれ剣?

 斧? あれ斧?


 だからデケェっつってんだろうが!

 世界最小最軽量って言葉を知らんのかおまえらはァァァァァァァ!


 付き合ってられるか俺は逃げるぞ!

 って、もう追いつかれそうだよ、動き速いよォォォォォォォ!?


 まずは大上段からの振り下ろし、来た――!


 おっと、殺す気満載ですね?

 グシャっと頭カチ割るための攻撃だモンね、その一撃!

 って、ンなデカイのでくらったら頭どころか頭からつま先までミンチだわ!


 だからこっちは左に身を流して回避ィィィィィィィ!


 って、次は横薙ぎかこの野郎!

 横薙ぎは攻撃範囲がめっちゃ広いんだぞ! 当たったら危ないんだぞ!

 だから頭を低くして、やり過ごすゥゥゥゥゥゥゥ!


 あっぶ! あっぶ!? 今髪の毛かすりかけたって!

 デッカイ剣が、頭の上スレスレを! ブォンて! ブォンて!


 っとぉー! 今度は下段からの切り上げっすかァァァァァァ!?


「だ~から、見えてる、っつってんだろがよォ!」


 地面を巻き込んでの、力任せの切り上げが、土砂を高々巻き散らした。

 当たれば間違いなく肉体粉微塵だったよ、これ!


 “はぐれの恵み”は絶対防御?

 試したくもないわ、そんなもんよォ!


 ま、避けたんですけどね?

 切り上げ来るの分かってたんで、こう、右にスイっと!


「フ、ヘヘヘ、ど、どうした、こ、こ、こんなもんかぁ……!」


 ぜひー!

 ぜひー!

 ゲッホ、ゲホゲホッ、ゴポォ。


 フ、フフフ。

 確かにちょっと少しばかり呼吸は乱れちゃいるが、俺はまだまだ元気だぜ!

 あ、膝が笑ってる、俺の膝が。アハハハって。


「何故です。何故あんな、自分がしている回避行動だけで疲れ切って半死半生になっているような軟弱者にこちらの攻撃を当てられないのですか!」


 『兵団長』がほぞを噛む。

 超ビッグラージ空前の大スケールでお送りするレベルの大きなお世話だよ!

 だが叫ぶのもおっくうなので、代わりに取り出した花びらを口にする。


「んほおおおおおおおおおおおお! 甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 シャキーン!

 グレイさん、大・復・活! 見て見て、これが大復活のポーズ!


「ふざけたことを。殺しなさい『私』達!」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド――――!

 んぎょわあああああああああまた来たああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?


 これ、俺いつまで避けてればいいんですかねェ!!?

 もらった花びらもう使い尽くしちゃったんですけど――――!


 何か見えない方からドガーンとか、ズガーンとか、グオオオオオオオオとか、キラリーンとか、ポワワ~ンとか、滅殺・お花畑の魔法ーとか色々聞こえてはいるんだけど、そっち見てる余裕がかけらもないんだってばー! ばー!


 キッツイ。

 正直もうか~なりキッツイけど、しかし倒れてなるものぞ!

 相手は確実にこっちにひきつけられている。


「避けるのをやめなさい、グレイ・メルタ! 『私』の糧となるのです!」


 『兵団長』は、もはや俺しか見ていない。

 これもまたウルから聞いていた話の通りだった。


 俺は体から無尽蔵の経験値を垂れ流している。

 それは仲間の成長を超速化させ、また他に別の効果も持つという。


 ――モンスターをおびき寄せる効果だ。


 俺という存在は、モンスターにとっては至高にして最上の贄。

 いかなるモンスターであろうとも、俺を目にすれば襲わずにはいられない。

 つまり、それは――


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 轟くは竜の咆哮。

 手にした剣をひとたび振るえば、頑強さなど関係なく巨人騎士を両断する。

 最強の暴力は、まさにその名のままにXランクモンスターを蹂躙していった。


「アハ★ こわいこわいモンスターさんなんて、いなくなっちゃえ~♪」


 そして煌めく魔法のピンク光。

 砂漠を一面の花畑に変えて、咲き誇る花の根と蔓が巨兵を捕らえて離さない。

 数秒も経たずに、数体の巨兵が魂から食われて消滅する。

 魔法少女ハニートラップのお花畑の魔法は、今日もまた絶好調だ。


 ああ、やっと見ることができたぜ。

 仲間達の雄姿。そして、俺達の敵が倒されていくその光景を。


「避けてはなりません、グレイ・メルタ! 『私』に食われなさい!」


 しかし『兵団長』は相変わらず俺しか見えてない。

 こいつ、自分が置かれた状況をまるで把握できちゃいねぇ。

 そろそろ、いいか。


「ヘッ、ヘヘヘ……!」


 避けるのをやめて、走るのをやめて、俺は『兵団長』に笑ってやった。


「何を笑うのです、グレイ・メルタ。ついに観念しましたか」

「観念? バカかよ。それをするのはおまえの方だろ。周りを見やがれ」

「周り――、これは!?」


 リオラの姿をしたそいつの顔が、驚愕に染まる。

 だろうなぁ。ああ、そうだろうさ。


「そりゃ驚くよなぁ。残ってるの、おまえだけだもん」


 『兵団長』の右側には、ランがいた。

 『兵団長』の左側には、パニがいた。

 『兵団長』の目の前には、俺がいた。


 そしてその周りには、粉砕された巨兵の残骸が転がるばかりだった。


「そ、そんな、いつの間に……」

「楽勝だったぞ」


 ランがこともなげに言う。


「うん、そうだね! グレイおにーちゃんのおかげだよね、すごいすご~い!」


 ハニートラップなパニも言う。

 あああああ、違和感すっごい。

 リオラなんかよりこっちの方が遥かに違和感すごいよ!


「な、何故です、どうして……!?」

「こっちが攻撃してもグレイに固執し続けてるんだから、当然だろ」

「そうそう、隙だらけだったからついついやっちゃったんだ、テヘ♪」


 これが、以前『エインフェル』が“魔黒兵団”に勝てた理由だ。

 敵は俺しか狙わないんだから、他の面子は敵を自由に攻撃できるってこと。


 そして敵は攻撃を受けても、俺狙いに熱中して防御しないし、反撃もしない。

 そりゃ勝つよね。楽勝だよね。って話。


 俺、めっっっっっっっっっっっっっっちゃ疲れたけど!


「まだ、まだです。私がいれば、『私』はいくらでも復活します!」

「復活して、それで僕達に勝てるの?」


 早速蘇った巨人騎士を、だがランがワンパンで粉砕する。

 うわぁ、見たくなかったなぁ……。


 俺、このあとランさんの暴走に付き合わなきゃならんのですけど。

 そのワンパンは見たくなかったなぁ……。


「う、ぐぐ、私は……、『私』は……」


 『兵団長』が後ずさる。

 だが、逃がすつもりはない。こいつは確実にここで仕留める。


 それが俺達が受けた依頼だ。

 相手が、俺の幼馴染の肉体でいようとも関係ない。


「私は、『私』は繁栄を……!」


 追い詰められて、『兵団長』はさらに数歩後ずさる。

 だがそれ以上はさがれなかった。背後に立つ者がいたからだ。


「――ヴァイス」


 そこにヴァイスが立っていた。

 どういうつもりなのか。

 探ろうとして顔を見ても、そこに表情はない。感情が読めない。


「リオラ」


 ヴァイスが『兵団長』を俺の幼馴染の名で呼んだ。

 それを千載一遇と見て取ったか、『兵団長』はヴァイスを片手で抱きしめる。


「ヴァイス、助けてください。ヴァイス!」

「…………」

「私は操られていたのです。あの“魔黒兵団”に!」


 何を言い出しやがる、こいつは。


「私は解放されました。私はリオラです、『エインフェル』のリオラです!」

「本当に? 君はリオラなのか?」

「そうですヴァイス。あなたに忠誠を誓ったリオラです!」

「その言葉に、嘘はないね?」

「もちろんです、ヴァイス! 私はあなたに全てを捧げられます!」


 ……見るに堪えないってのは、このことか。


 キツイなー、これは俺にはちょいキツイッスわ。

 こりゃもうホント、さっさと決着をつけちまうのがよさそうだ。


「お願いします、助けてください。同じ『エインフェル』の私を!」

「分かったよ、リオラ」

「オイ、ヴァイス、おまえ何を言ってやがる?」

「本当ですか、ヴァイス。私をここから助けてくれるのですね!」

「ああ」

「嗚呼、ヴァイス。やはりあなたこそが最強の――」

「だから死んでくれ」

「え」


 音は、聞こえなかった。

 ただ『兵団長』の背中から剣の切っ先が飛び出してくるのだけが見えた。


 ヴァイス、おまえ……ッ!


 ここからでは、『兵団長』の背中しか見ることができない。

 果たして今、あのXランクモンスターは顔にどんな表情を浮かべているのか。


「ヴァイ……、ス……?」

「リオラ、『エインフェル』なんて幻想だったんだよ」

「あ、ぁ……」

「僕は海を知らない蛙に過ぎず、君は僕に殺される程度の端役でしかなかった」


 つぶやくヴァイスは笑っていた。その笑みはひどく虚ろなものだった。


「『エインフェル』なんていう最強パーティーは、幻想。今ここで、僕達じゃ絶対に勝てなかった“魔黒兵団”を倒してのけたグレイ達こそ、本当の最強パーティーなんだろう。フフ、ハハハハ、ハハハハハハハ……」


 何だよ、その言い方は。

 おまえはそんな卑屈なコト言うヤツだったのかよ、ヴァイス。


「ヴァイス、わ、私は、あ……」

「もういいよ、リオラ。……いや、もうリオラはいないんだったね」


 そうしてヴァイスは引き抜いた剣を振りかぶって、


「さようなら『エインフェル』を殺した女」

「あ――」


 ヴァイスは『兵団長』に末期の一言を許すことなく、剣を振り下ろした。

 一度だけ血の花が咲いて、真っ白い砂の上にリオラだったものが音もなく倒れ伏す。


 周りに転がってた“魔黒兵団”の残骸も、音もなく崩れて消えていった。


 終わったんだ。

 Xランクモンスター“魔黒兵団”の討伐はここに完了した。


 この終わり方は、受け入れるのに少しばかり時間がかかりそうだが。

 とにかく終わった。それに間違いはない。


 あとは、ヴァイスを連れて地上に戻るだけだが――


「……グレイ」

「何だよ」


 名を呼ばれて応じると、ヴァイスは俺に血に染まった剣を向けてきた。


「僕と戦え」


 ――言うと思ってたよ、チクショウめ。

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