第34話 天才重戦士、再会する
はいどーもー! 天才重戦士のグレイ・メルタ君でっす!
いやー、ついに来ちゃいましたよ、“無辜なる砂漠”!
見てくださいよ、この一面真っ白な景色。うわー、白い。ちょー白い!
「わー! わーわーわー! ダーイブ!」
何と、ランさんもあんなアゲアゲになって砂山に飛び込みましたよ。
ヒャッハー! 俺様もあとに続いちゃうぜ、ダーイブ!
ザシャア。
「ペッペッ! 口に砂が入った!」
「うあ~ん、口の中がジャリジャリするぅ~」
俺とランは一緒になってこの“無辜なる砂漠”ではしゃぎ回った。
それを、アムとパニがやや遠くから眺めている。
「楽しいかい、あんたら」
「「ちょー楽しー!」」
「あ、た、楽しいんだぁ……」
「「うん!」」
だってだって、ここ“無辜なる砂漠”よ?
もうあとひとつ下がったら“大地の深淵”なのよ?
Sランクダンジョン間近!
Sランクダンジョン間近ですッッ!
「話には聞いてたけど本当に真っ白だなー! すごいなー!」
「オイオイ、ここは初めてかよ、ランってば」
「何だよ、悪いかよ!」
「だったら俺が案内してやろうか? ここに来たことのある俺がさ~」
「うわー、ムカつくー! こいつムカつくよー!」
「アーッシャッシャッシャッシャ!」
「テンション上がりっぱなしだな、あんたら」
パニの冷静な一言が突き刺さったような気がするがそうでもなかったぜ!
「いや、仕方がないんだって。これは仕方がないんだって」
「何がよ?」
「ほら、ここはもう“大地の深淵”直前じゃん?」
「おう」
「だからテンション上がるじゃん?」
「えっ」
「えっ」
あれ、パニの反応がおかしいぞう?
「冒険者だったら上がらない? Sランクダンジョン間近だよ?」
「ああ、そーゆーことか」
何やら納得したように、パニはしきりにうなずき出した。
「そういやぁ、旦那もランのお嬢も“英雄位”目指してたもんな」
「おうとも! だから何かもう、ヤバイ!」
「言語野が単細胞化するレベルでヤバイってのは分かったぜ」
何かパニから難しい言葉で罵倒された気がする。
だが許す! 今の俺は心がとても広くなっているからな!
それに彼女の言う通りでもある。
俺やランのように“英雄位”を目指している冒険者にとって、Sランクダンジョンとはいつか挑むことになる最後の難関であり、そして同時に“英雄位”という目標に直結する憧れの道でもあるのだ。
そらテンション上がるよ!
例え、今回はSランクダンジョンの攻略はできないとしてもさ!
ここに来れたこと、それ自体が大きな経験となる。
俺達のような冒険者にとっては、どんな経験も糧だ。無駄にはならない。
もちろん、俺達がここまで来た理由は忘れてない。
それは当然のことだ。
だが同時に、俺は俺の目標も忘れてない。というだけの話。
そう、だから――チュドーン!
「あ?」
何か、今すっごい派手な爆発音しなかった?
「何だ今の音は! そう遠くじゃないぞ!」
ランが音のした方を見ている。
距離まで分かるのかよ。こいつ、五感もめっちゃ鋭いでやんの。
しかし、今の音は一体?
ここは“無辜なる砂漠”だ。モンスターなんていないはず。
「……うぅ、き、来ちゃってますぅ」
一目見て分かるくらいに身を震わせて、アムがうつむきながら言った。
彼女の言葉が示すもの。考えられるものは、一つしかなかった。
「タイミングよすぎだろう……!」
上がりまくってたテンションは今の爆音で消し飛んだ。
もう少しくらいこの楽しさを満喫したかったが、しょうがねぇや。
俺達の目標、Xランクモンスターのお出ましとあっちゃあな。
「グレイ、どうする!」
「決まってんだろ。突撃して、倒して、帰る!」
俺は皆に作戦を伝えた。
どうよ、この完璧なプラン。俺以外じゃこうはいかないね。
「よーし、グレイの旦那の頭が悪いのを再確認したところで作戦タイムだ!」
「せめてオブラート一枚くらいは欲しかったかなー、俺!」
「あたしがそんな遠回しに言ってやるタイプに見えるってのかァ!」
正直、全ッ然見えません!
「っつーか、あたしらにできる作戦なんて一つしかないけどな」
言って、パニは軽く肩をすくめる。
何だよ名参謀っぽいムーブはブラフかよ、このピンクチビ!
などと思っていると、そのパニにいきなり尻を叩かれた。
うぉわ! びっくりした!
「頼むぜ、グレイ」
「何だってのよ、いきなりぃ!」
「景気づけだ。こっちゃ、あんたに全てがかかってるからな」
え?
「そうだな。僕達の命運、おまえに預けるぞ。グレイ・メルタ」
ランまでもが言ってくる。
こいつの言葉がどんな意味を持つのか、無論、俺は分かっている。
分かっているが、それにしたって軽すぎじゃない?
「いいの? 本当に俺なんかに命預けちゃっていいの?」
「だ、だ、ダメなんですかぁ……?」
アムが涙目になりやがった。
いやいや、いやいやいやいや、そういうつもりで言ったんじゃなくて!
「相手はXランクモンスターなんていうドヤバイのでしょ! だから、もしものこととか、万が一とか、そういうのも考えておいた方がいいかもと――」
「考えるだけ無駄。はい論破」
パニに論破された。
いや、これは論破っていうのかなぁ!?
「分かってねぇなぁ、グレイの旦那はよぉ」
「な、何がよ……?」
「あんた、男だろうが。だったら女三人の命くらい、背負って見せろや!」
この凹バスは無茶言うなぁ!?
あのさぁ、命背負うってさぁ、そんな簡単なことじゃないだろ!
背負う方も、背負われる方も、正真正銘の命がけなワケじゃん!
そんなものをンなあっさりと……、
「何だよグレイ。おまえらしくもない」
ランに言われた。
「俺らしくないって何だよ」
「おまえは、最速無敵の天才重戦士で、完全無敵の回避盾なんだろ」
「いや、そうだけどよ……」
「だったら、その通りに振る舞えばいいだけじゃないか。おまえが最速無敵なのは、僕が一番よく知ってる。……だろ? それとも、僕の買いかぶりなのかな?」
こいつ、煽ってくれんじゃん……。
「女にここまで言わせるたぁ、男冥利に尽きるじゃねぇのよ? ん?」
「…………」
「普段あんだけ大口叩いてんだ」
ドン、と、パニが俺の胸を軽くグーで叩いてきた。
「だったらそれを実際に見せてくれや。男なら、あたしらを惚れさせてみな」
「わ、私の大事な人は、も、もういるから。ごめんなさい……!」
パニに叱咤されて、何故かアムに告白してないのにフラれた。
知ってる知ってる。
アムちゃんはダンジョンが恋人だもんねー。うんうん。
ガッデム!
「おまえら、好き勝手言いやがって……!」
「おお、好き勝手言ってやったぜ。だったらどうだってんだい、旦那」
「決まってんだろ。背負ってやんよ、ドチクショウ!」
そこまで言われて萎え萎えポンなんてのは、男じゃねぇンだよ!
いいよ、やってやんよ!
こちとら最速無敵の天才重戦士グレイ・メルタ様だってんだ!
「何が来ようと、おまえらにゃ傷一つつけさせねぇ。それでいいんだろ!」
「ああ、そうだ。それでいい」
「黒女が偉っそうに! おまえら全員、絶対守ってやるからな! 覚悟しろ!」
「ヒュー、かっけぇぇぇぇぇ! パニパニポイント五点やるわ!」
何それ!? 貯めるとどうなるの!!?
「グレイ。おまえが守ってくれるなら、僕も安心して暴れられる」
「え」
「久しぶりに僕の全力を出そう。ここなら、どれだけ暴れてもよさそうだ」
「あの」
「多分じゃなく確実に一分以上暴走するけど、グレイがいるから大丈夫だな!」
「待って、あれ避けるのめっちゃ疲れる……」
「さぁ行こう、決戦だ!」
「あああああああ腕掴まないで引っ張らないで引きずらないでぇぇぇぇぇぇ」
ヘルプ! パニさんアムちゃん、ヘルプミィィィィィ!
「あ――」
と、前触れなくアムの顔色が変わる。
それは恋人バージョンの彼女ではなく、緊張一色のそれ。
同時に、俺を引っ張っていたランが足を止めて小さく舌を打った。
「こっちに気づいてたみたいだな」
「おっと、そいつぁ……」
「ああ――」
ランがうなずく。直後に地面がズズと鳴動して、
「来るぞ!」
少し先にあった白砂の山が、その叫びと共に弾けた。
おお、おおおお!? 砂がまるで津波か壁みたいに広がって――!!?
「あああああああああああああ! うああああああああああああああッ!」
そして、その場にいる誰のものでもない声が俺の耳に届いた。
ここにいる誰のものでもない、しかし、聞き覚えのある声。
俺は笑う。
笑う自分を自覚する。その笑いは乾いていた。
「ウソだろ」
そして、砂山を蹴散らして現れたのは、まさに恐るべき異形の群れだった。
連なる漆黒。
重々しい鎧の質感は鋼鉄を思わせるが、それよりはるかに硬い。
手にしている得物は、剣と、槍と、斧と、弓と、無節操きわまりない。
しかも何だありゃ。前に見たときより全然デカくなってやがる。
人より少し大きい、黒い鎧騎士の群れ。
それが俺の知る“魔黒兵団”だが、現れたのはそんなものではなかった。
人より少し大きいどころか、一体辺り、大人の男の五倍近くはあるぞ?
そんなモンが押し寄せてくるとか、そりゃ砂山だって爆ぜるわな。
何より――
「ああああああああああ! あひいいいいいいいい!」
巨大な鎧騎士の群れに追われているあいつを、俺は見逃せなかった。
おまえ、そんな風に叫べたのかよ。
「――こういう再会はあんまり願ってなかったぜ、ヴァイス」
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