第33話 最強パーティー、…………。
僕はヴァイス、Aランク冒険者だ。
ウルラシオン最強のパーティー『エインフェル』のリーダーをしている。
ここはウルラシオンダンジョン、地下六十九階。
僕はついに戻ってきた。この純白の荒野、“無辜なる砂漠”へと。
歩みを進めれば、白い砂がサクサクと小気味のいい音を立てる。
これまで何度も耳にして、そろそろ慣れ親しみつつある音だった。
オアシスで水の補給は終わっている。
少し先を見れば、“大地の深淵”へと続く光柱のゲートが見えた。
虹色の光は、この純白の荒野ではかなり目立つ。それ自体が目印だ。
今、リオラは光柱の根元にいる。
ゲートの転移先を再設定しているところだ。
いよいよ。
そう、いよいよなんだ。
三度の失敗を経て、これがおそらく最後の挑戦になるだろう。
ここに来るまで、僕は僕が積み上げてきた全てを投げだしてきた。
その末に、今、この“無辜なる砂漠”に僕はいる。
最初の失敗から今日まで、長く、辛く、苦しい日々だった。
思えば、ここまでの挫折と辛酸は生まれて初めてのことかもしれない。
だが、最後に笑うのは僕だ。
このヴァイスこそが、『エインフェル』こそが、栄光を掴むのだ。
思いながら僕は身をかがませて、景色を作る白い砂を軽くすくった。
砂は、よく見れば真っ白ではない。半透明の乳白色だ。
透き通っている。
だが同時に濁ってもいる。どちらでもあり、どちらでもない。
これは、この砂は、冒険者になる前の僕だ。
地方の農村でただの農民として生まれついた、誰でもない村人の僕だ。
透き通って輝くこともできず、濁って染まり切ることもできず。
どちらでもない、半端で、愚かで、何も見えていなかった僕。
だがあの日、故郷は失われた。
モンスターの群れに襲われて村は壊滅し、家族は全て死に絶えた。
僕が生き残ったのは、それが運命だったからだ。
あの日、あのとき、焼け落ちる村で僕は悟った。
これはすべて、起こるべくして起こった出来事だったのだと。
僕はこのときに目覚める運命にあったんだ、と。
父が死んだのも、母が死んだのも、弟が死んだのも、妹が死んだのも。
全て、全て、必要な犠牲だった。
僕に冒険者という道に歩かせるための、神の采配だったのだ、と。
手を広げれば、掴んでいた砂がさらさらと零れ落ちていった。
さようなら、愚かで子供だった僕。もう二度と、ここに戻ることはない。
僕は“大地の深淵”へ行く。
そして今度こそ、今度という今度こそ、“英雄位”へとたどり着く。
そうだ。それができれば、誰も文句は言えないはずだ。
何が実績だ。
実力さえあればそんなものはあとからついてくる。
何が実像だ。
実力さえあれば人はつき従ってくるに決まっているだろうに。
何が、何が“三実”だ。
結局重要なのは実力。その当人が持つ力そのものじゃないか。
だったら僕だ。だったら僕こそが“英雄位”に最も近いに決まっている。
僕は最強だ。
僕の才能は最高だ。
僕の『エインフェル』こそが、歴史に名を刻むに相応しいんだ。
「リオラ」
僕は彼女の名を呼んだ。
僕以外の、今や唯一となった『エインフェル』の彼女を。
無能なザレックはここにはいない。
無用なクゥナももうここにはいない。
いるのは僕と彼女だけ。十分だ。ああ、十分だ。
不要なものを切り捨てて洗練された今の姿こそが真の『エインフェル』だ。
「リオラ、そろそろ解析は終わりそうかな」
「――ヴァイス」
僕がもう一度呼ぶと、彼女はこちらを振り返ってうなずいた。
いいぞ。いい。それでいい。君は最高だ。
僕の実力を知り、僕の実績を助け、僕の実像にかしずく君は最高の臣だよ。
「行こうか、リオラ。僕と君で“大地の深淵”を制覇するんだ」
「ヴァイス。そうですね」
僕は彼女の手を握る。
やわらかくも少し冷たい手。僕はこの手に、ぬくもりなど求めない。
必要なのは僕の手を握り返す、心から僕を求める手だ。
「今こそ、僕達が“英雄位”になるときだ。あのゲートを通って……!」
そうして僕は、蒼へと変じた光柱を見ようとして、
「…………何?」
そこにある景色に、絶句した。
「ゲートの色が……!?」
蒼。
蒼でなければならないはずだ。
“大地の深淵”へと続く、唯一の入り口であるあの光柱の色は。
だが何故だ。
どうしてそんな色になっている?
解析は終わったはずじゃないのか。
何故だ、何故、何故――
「何故、黒い光になっているんだッッ!!?」
純白の砂漠を切り裂くように、黒い光――いや、闇は天へと昇っていた。
それはいわば闇柱。
何という禍々しさか。一目見ただけで、心が凍えそうになる。
「どういうことだ、リオラ! 再設定に失敗したのか!?」
そんな馬鹿なことがあるか!
確かにクゥナはいない。だから多少時間がかかっても仕方がない。
だが、だがリオラだぞ?
僕が唯一認めた『エインフェル』の彼女だぞ?
失敗なんてするものか。
彼女が、ゲートの解析程度をこなせないはずがない。
僕が驚きから脱せずにいるそのとき、リオラが手を強く握り返してきた。
何をしている。今はそんなことをしている場合か!
「ヴァイス」
「おい、リオラ。何をしている。放せ。いつまで僕の手を握っている!」
どんどんと、どんどんとリオラの握力が強くなっていく。
魔術師である彼女の手が、僕の手を強く軋ませようとする。何だこれは。
「さぁ、ヴァイス」
リオラが僕の名を呼んで、そしてほのかに微笑んだ。
違う。いつもの彼女の笑みじゃない。
リオラの笑顔は、こんなにいびつじゃない!
闇柱が太さを増した。
僕は全身を総毛立たせる。何かが来る。とても怖いものが来る。
「ああ、ああああああ――!?」
僕は絶叫した。
それは悲鳴だった。理性は消し飛び、剥き出しになった本能がまた叫んだ。
やめろ、放せ。この手を放せ。放してくれ。
僕は逃げるんだ。ここにいちゃいけない。ここにいたらダメなんだ!
もういい! もういいから!
もう“英雄位”なんかになれなくてもいい、いいから、だから!
だから僕をここから逃がしてくれ!
「ヴァイス、行きましょう。あなたが必要なのです」
「ああああああああ! うあああああああああああああああああ!」
もがいた。
もがいた。
もがいた。
レベル52の僕が。
前衛職で、戦士で、肉体を鍛え上げた僕が、一心不乱にもがいた。
けれどもビクともしない。
リオラの手を振り切ることができず、彼女から逃れられない。
何でだ。何で、何で何で何で!?
ああ、来る。来てしまう。来る。来る。いけないものが来る――!
闇が爆ぜた。
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