第31話 天才重戦士、自分の立場の弱さを知る

「甘くね?」


 話を聞いてから、パニは開口一番そう言った。


「そう思うかよ?」

「思うねぇ。わざわざ依頼なんて形にしちまうなんて」

「提案したのはメルたんだぜ?」

「受けちまうってのが甘いっつーの。世の中ナメすぎだろ、あのガキ」


 どうもパニはクゥナのことが気に食わないらしい。

 いや、全財産を博打にブチ込むのもかなり世の中ナメてんじゃね?

 言わないけどさ。言わないけどさ!


「アタシは世の中の酸いも甘いも知った上でナメてるからいいんだよ」

「だから心を読むなとォ!」

「ギャッハッハッハ! 無茶言うなィ! 顔に出てたっての!」


 そろそろ物理的に顔を変えることを考えなきゃいけないか?


「んー、でもよぉ」


 パニに向けて、俺は軽く首を傾けながら言う。


「何でぇ、旦那。あんたやっぱあのガキの肩を持つってのかい?」

「いや、そういうんじゃねぇけどさ」

「だったら何だってんだい? 男ならスパッと言いやがれ!」

「じゃあ言うけど」

「応!」

「俺ら住むトコないじゃん」

「…………」


 パニ、沈黙!


「俺は今日をもって宿追い出されたし? パニさん達も店売ったし?」

「ヘ、ヘヘ、宵越しの家は持たねェ主義なんだよ!」

「家ってのは宵を越すためのものだよね?」

「てやんでぃ! こちとらチャキチャキのサキュバスっ子よ!」

「汗ダラダラじゃねぇか」


 図星も図星、大図星じゃんか。

 ウンウン、そうだよね。俺達、家なき冒険者同盟だもんね。


「だから今回の依頼は渡りに船なワケじゃん? 違う?」

「ケッ、仕方ねぇな! じゃあアタシが家主ってコトで勘弁してやるよ!」

「ギャンブルの担保に使うなよ?」

「…………」


 パニ、再度沈黙! 待てや!?


「家主、俺ね。これ決定ね。はい決定。もう決定!」

「ざっけんな! そうなったらどうやって博打しろってんだ!!?」

「するなっつっとるんだ!?」

「やめようとは何度も思ったさ」

「じゃあやめろよと」

「……無理なんだよ。血が騒ぐんだ。あたしの中のギャンブラーの血がよ」

「パニさん、ギャンブル禁止けってーい!」

「みぎゃああああああ!!?」


 絶叫するほどのコトなのか……。

 ギャンブル怖いわー。帰ったら戸締りしとこ。


「なぁ、さすがにもう少し緊張感持たないか……?」


 と、そこへ前からランが声をかけてきた。

 俺とパニは顔を見合わせる。


「「だってやることないし」」


 リハーサルなし、ぶっつけ本番の異口同音がここに実現した。

 ちなみに現在、ウルラシオンダンジョン地下一階、つまり最上層である。


 依頼を受けてからすぐに、俺達はここに来ていた。

 クゥナは、ギルドにいる。というより、拘束されていると言うべきか。

 コトがコトだけに、ギルドも看過しないようだ。


 ま、当然よね。

 天下のAランクパーティーが許可なしにSランクダンジョン突入とか。

 それがまかり通っちゃったら何のためのギルドよ、ってなるし。


 さて、やることないと言ったが、本気でやることないんだよな。

 その理由はもちろん――


「フフ、素敵……。やっとあなたとお話しできるわ。ァ……、は、ゥ……」


 今日は紫レースの下着で身もだえしてるこいつがいるからである。

 ううううううう、目のやり場に困るよゥ……。


 でも見ちゃうよぅ。

 お胸の凶器が今日もご立派様だよぅ。


「な、なぁ、アムさんはどうしても裸にならないとダメなのか?」


 俺と同じくあさっての方向を向くランが尋ねた。

 するとパニは、俺のときにもそうしたように軽く肩をすくめる。


「それな。あたしもこないだきいてみたんだ」

「そしたら?」

「逆にアムが驚いてたわ」


 なして???


「『ふぇぇ、パニちゃん、着衣プレイがお好みだったんだぁ……』って」

「待て、着衣プレイとは何ぞ」

「お? 聞いちゃう? 旦那ってばそういうこと聞いちゃう?」

「あ、やっぱいいです。説明とかいいです」

「あたしはどっちかっつーと服着たまま一回シて、そこから今度は脱がせてからもう一回ってのがいいな。着たままってのもなかなか悪くないぜ? 何せ普段着てるモンをわざわざ汚してまで、ってな軽い罪悪感がスパイスになるからよ。それに手間をかけて一枚一枚脱がしていくのも、そのあとに露わになるモノがあるからこそ報われる感じがして達成感が――」

「誰がそこまで懇切丁寧に語れと言ったか!?」


 ……でもそーなんだ。へぇ、そういうモンなんだ。ふ、ふ~ん。


 いや?

 興味ないよ? 全然、少しも、これっぽっちもきょーみないし?


「ま、所詮どーていのグレイの旦那にゃ百万年早ェ話だがな」

「待て待て待てェェェェい! だ、だだ! 誰がどーていってトークよ!」

「つまりアムにとっちゃあれはシてるのと同義ってコトで――」

「無視すんな! 投げっぱなしにすンな! 俺が可哀想だろうが!!?」


 俺が叫ぶと、ランに肩を軽くポンと叩かれた。


「ランさん、そのほのかな笑みは何ですかねェ……?」

「おまえもがんばれよな」

「同類相哀れんでんじゃねぇぞ、このブラック処女が!」

「グレイ、ひどいよ! その発言はセクハラだよ!」

「そーだそーだ、グレイの旦那はセクハラ野郎だぜー! こいつぁひでぇ!」


 俺、立場ちょー弱ェェェェェェェェ!?

 女系社会における男性の社会的地位の低さがうんぬんかんぬん!


「フフ、描けたわ。あなたのこと……。教えてくれてありがとう……」


 え、そっちはもう終わったの? 早いよ? 早くね?

 このダンジョンってそーろーなの?


「最上層だからなー。調べる場所なんてほとんどねぇよな」


 パニは言うが、じゃあ何でアムはここで脱いだのさ?


「おーい、アム。見つかったかー」

「あ、パ、パニちゃん……。う、うん、あの、見つけたよぅ……」


 あ、いつものアムだ。

 アムはいそいそとローブを纏い、眼鏡をかけ直す。

 見た目は本当に清楚な長身美少女なんだよなー、このバージョンのアムは。


「あのローブの下には……、紫レースだけ……」


 そして俺の隣ではランがゴクリとのどを鳴らしていた。

 むっつりめ。


「あの……、これ……」


 アムがおずおずと描いた地図を差し出してくる。

 それは、ギルドであらかじめもらっておいた最上層の地図だった。

 見慣れた地下一階の見取り図に、アムが新たに書き加えた部分がある。


「あれ、ここは……」


 地図を確認して、俺は気づいた。

 こないだ、俺が探索した場所じゃないっけ。ここ。

 ランと出会うことになった、あの未探索領域。


「アム、ここだったら俺がこないだ調べたぜ?」

「い、いえ、違います。あの、ち、違うんですぅ……」


 違うって、何が?


「その、お、奥にもう一つ、隠し部屋が……、あります」


 何ですと?


「間違いねぇんだな、アム」

「う、うん。使えるのは一回だけだけど。そこだよ、パニちゃん……」


 パニは、アムに一体何を探させていたのか。


「下への最短ルートが見つかったぜ。ワープ床使って一気にバビューン、だ」

「マジで……?」


 いや、地下一階にそんなのが幾つもあるなんて、聞いたことないぜ。


「実はなー、最上層もダンジョンの混沌化が起きんだよ」


 などと、パニが言い始めた。

 いやいや、待って待って。そんなの初耳ですけど?


 ダンジョンの中身が入れ替わる現象――混沌化。

 だが最上層では起きない。もし発生するならもっと知られてるはずだ。


「そんだけ小せぇ変化なんだよ。一日限り部屋が一つ増える、とかな」


 ほぇぇ……。

 それを探し当てるアムとか、どんだけだよ。


「もしかしたらと思ってアムに見てもらったが、ドンピシャだったな!」


 誰が予想するんだよ、そんなもん。

 ウチで一番頭回るのってこの凹バスなのではないだろうか。


「お、何でェ、旦那。あたしのこと見つめちゃって。惚れたか?」

「いや、俺はロリ趣味ではないので」

「っかー! 見た目で女選ぶなんざ無粋だねェ! どーてー野郎が!」

「どどどどど! どーてーちゃうわ!」

「ええっ、違うの!? グレイ、実は経験あるの!!?」

「そこでテメェが入ってくるとややこしくなンだよ、黒女ァ!」


 最近はすっかりリアクション役が板につきやがって!


「あ、あの~……」


 俺達三人が和気あいあいと言葉で殴り合っていると、アムが手を挙げた。

 俺とパニが気づいて、そちらを見る。


「なぁ、グレイ! 本当か、本当におまえ経験が――!」

「あ、ランさん。もうその話終わったんスよ。だからしまっちゃおうねー」

「で、アムよ。他に何か分かったことでもあンのかい?」

「う、うん……。多分だけど……」


 ランタンの明かりを受けて、薄闇の中に浮かぶ地図にアムは目を落とす。

 そして彼女は、自分が書き記した新たな隠し部屋を指さした。


「た、多分、ボスモンスターがいる……」

「「「マジでか?」」」


 今度は三人によるぶっつけ本番異口同音が炸裂したのだった。

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