第27話 天才重戦士、追い詰められる

 ウルラシオンは平常運行。

 午後を回って、青空市場は買い物を目的とした市民でごった返していた。


「安いよ、安くしておくよー!」

「ちょっと、この果物を三つと――」

「あれっ、財布どこにしまったっけ……」


 耳に届く声も様々で、この街には本当に多くの人が住んでるなと実感する。

 月並みな感想なのかもしれない。だが、大事なことだ。


 三百年前、この街は滅びかけたことがあったという。


 地下のダンジョンの奥底から、現れたのは変異種のボスモンスター。

 今ではXランクモンスターと呼称される、最悪の敵だった。


 迎え撃ったのは、三百年前の時点ですでに賢者として名を馳せていたウル。

 戦いは三日三晩に及び、最終的に街の六割が壊滅したのだとか。


 だが、ウルは見事にXランクモンスターを討ち果たした。

 そのときの功績から、あのチビロリは大賢者と呼ばれるようになったんだと。


 要するにXランクモンスターってのは、それだけのオオゴトなワケだ。


 ――そして新たなXランクモンスターが生まれてしまった。


 生まれたそいつは、いつ地上に向かって動き始めてもおかしくないらしい。

 これから俺達は、そんなバケモノを叩きに行く。数時間後に。


「……あー、煙草吸いてぇわ」


 いや、吸ったことなんて一回もないけどよ。

 でも気分的にはそんな感じ。

 こうしてただブラブラ歩くだけってのは、つまんねぇモンだ。


 今、俺は一人だった。

 ラン達はダンジョン突入のための準備をしている。

 俺は、あいつらから気分転換をしてこいと言われて、こうして散歩していた。


 気ィ、遣われちまったなぁ……。

 この散歩の帰りに何か甘いモンでもお土産に買って帰ろうか。


 ちょっと参ってるのを自分でも自覚する。

 理由についちゃ明白だ。

 さっき、冒険者ギルドでウルから聞いた話がなー。あー……。


「どうすっかなー……」


 あてもなく歩きながら、ボンヤリと考える。

 ああ、どうしようもないんだけどな。結論は分かりきってるんだ。

 でも何つーか、俺自身の中で整理がつかないというか。う~~~~~ん。


「…………ん?」


 ふと、俺は道の脇に寄って足を止める。


「…………」


 歩き出す。


「…………」


 もう一度、足を止める。


「…………」


 また歩き出す。


「…………」


 そしてみたび足を止めて――


「ふむ……」


 つぶやいてから歩き始めた。

 すると、それに合わせてまた聞こえてくる幾つかの殺し切れていない足音。

 ああ、やっぱつけられてるわ。


 ここは大通りで周りには人も多い。

 足音以外にも様々な音が混じっているが、三度も確かめりゃ分かりもする。

 何人くらいだろうか。そこまでは不明だが。


 このまま冒険者ギルドに戻るべきか。

 あー……、いや、やめよう。戻る方が無難なんだろうが、やめておく。


 何故かそんな判断をした。

 理由は俺自身もちょっと分からないんだが、とにかく歩く。


 街の中心から外れの方へ。

 奥まった道へと入り、行きついた先は街の最外縁ある大きな廃墟だった。


「さーて、と」


 屋根のない家の中で、俺はゆっくりと体を反転させる。

 そこには三、四、五、六人。いかにも冒険者でございという風体の男達。


 中に三人ほど、見覚えのある顔があった。

 さっきギルドで会ったばかりの連中――ウォーレン達だ。


「もうお礼参りかよ。速攻じゃねぇか。行動力はあるのな、おまえら」

「余裕をカマしてるじゃないか。女を盾にするような卑怯者が」


 ウォーレンは強気に出てきた。

 まぁ、そう見えるよね。さっきは思いっきりランに頼ったモンね、俺。


 しかし、それを言うこいつらは果たしてどうなんだか。

 廃墟の中で俺を囲うように立っている男六人。

 だが真ん中に立つのはウォーレンではなく、別の大柄な男だった。


「その真ん中のおにーさんはどなたさんよ?」


 やたらとガタイのいい、顔中に傷跡が残るいかつい男だった。

 とにかくがっしりしててしっかりしてる、壁みたいなイメージの野郎だ。


「ヘッ、おまえみたいな雑魚でも“鋼壁”は知ってるだろ!」

「……“鋼壁”? ああ、そうか。おまえが」


 ウォーレンがやけに得意げに語ってきた。

 別におまえのことじゃねぇだろうに、だが、告げられた名前に納得した。


「――って、待てよ。“鋼壁”のザレックは今は『エインフェル』じゃ?」

「過去の話だ。あの連中では俺は扱いきれん」


 ザレックは落ち着き払った低い声でそんなことを言った。

 ふぅん、そうかい。


「で、今度は『千里飛翔の鷹』にご厄介になる、って?」

「そうだ。この街では最も有望なクランだからな」


 ま、確かに?

 Bランクを複数抱えてるクランなんて、ウルラシオンじゃそこだけだし?

 その選択は間違いじゃないんだろうけど。


「だからってAランクがBランクのケツ持ちってどうなのよ?」


 Bランクっつってもウォーレン達は相当アレな方だけど。

 いや、多分事情を知りながらそれに加担するこいつもやっぱアレか?


「何もおかしくはないだろう? 冒険者同士、序列を決めるならこれが一番だ」


 ザレックが笑っていいながら、拳をギチリと握りしめた。


「間違ってるとは言わねぇよ」


 ああ、間違ってはいない。

 こいつの言い分は間違ってはいないが、ムカつくかどうかは別の話。


「俺はおまえがどこの誰かも知らん。興味もない」


 サレックは俺に向けて、そんなナメたクチを叩いてくれた。


「興味ないならほっといてくんない?」

「そうもいかん。こいつらに頼られた以上、その信頼には応えねばな」


 ザレックは一歩前に出て、指の骨を低く鳴らす。

 後方ではウォーレンを含めた五人の男がヘラヘラと笑っていた。


 自分達が狩る側であることを信じて疑わない、何ともきったねーツラだった。


「歯と骨、それぞれ二、三本ずつは覚悟しておけ。名も知らぬ雑魚殿」


 ザレックがさらに近寄ってこっちへの圧を強めてきた。

 一応、帯剣はしちゃいるが、この間合いだと抜くより先にブン殴られるか。


 “鋼壁”の腕は、それこそ丸太のように太かった。

 重い盾を扱うんだから腕力はあって当たり前だし、全身は筋肉の塊だろう。


 その腕からくり出されるパンチとか、想像するまでもなくヤバイだろ。

 一発当たればそれだけでこの世とおさらばできそうだ。


 ま、俺には当たらないけど。


 いやー、こいつらもバカだねー。

 俺の加護のことも知らないで。

 図体デカイだけの筋肉ダルマなんざ、よゆーよゆー。マジよゆー。


 ――ウソです。正直、チョー怖いです!


 でも怖いからって怖いですとか今さら言えるかァァァァァ!

 こうなったらアレよ、もう、とことんまでイキってやんよチクショー!


「フ。相手が悪かったな。俺は最速無敵の天才重戦士だぜ」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、ザレックへと告げた。

 虚勢だよ、虚勢に決まってんだろ――!


 大体、何が“鋼壁”だバカヤロウコノヤロウ。

 こちとら最速無敵の天才重戦士様やぞ! 文字数からして圧倒的勝利だわ!


「最速無敵? ――クック、フッフッフ。そうか、おまえが」


 ……あ?


 何よ、そのリアクションは?

 いきなりこっちを見下すような目になりやがったし。


「おまえ、ヴァイス辺りから何か聞いたのか?」

「フ、クックック、そうだな。逃げ回るしか能がない寄生虫、とかか?」


 あんにゃろう……。

 そういう陰口は叩いちゃいけないって習わなかったのか!


「いや、そうかそうか。なるほどな。ク、ハッハッハッハ!」

「派手に笑ってくれるじゃねぇか、ザレックさんよ」

「おお、すまんな。ヴァイスの言っていた通りだと思ってな」


 ああ? 何言ってやがんだ、こいつは。


「ウォーレン!」

「はい、何ですかザレックさん!」

「この男は、ギルドで女戦士に頼って自分は何もしなかった。そうだな?」

「そうですよ! この野郎、高レベルっぽい女の威を借りるばっかでしたよ!」


 あくまでも被害者ヅラを貫き通すのか、ウォーレン。


「クック、情けない。やはり見下げ果てた男のようだな」


 ザレックがそんなことを言い出した。

 だったらたった今Aランクに頼ってるウォーレン達はどうなんじゃいと。


 そんなことだって思っちゃうでしょ、こっちは。

 ま、言ったところでどうせ聞きゃしねぇんだろうけどなー。


「ザレックさん、こいつのことを知ってるんですか?」

「おまえ達は知らないのか? こいつは『エインフェル』を追放された男だぞ」

「え、こいつが!」


 ウォーレンが驚きの声をあげる。

 俺のことは知らなくても、それについては知ってたか。

 ああ、そうだろうな。どうしたって目立っちまうもんな、『エインフェル』は。


「マジですか、ウォーレンさん! じゃあ、こいつが噂のレベル3野郎ッスか!」

「そうだ! 『エインフェル』を追放された低レベル寄生虫だ!」


 ザレックを含めて、連中は盛大に笑い始めた。


「聞いたことがありますぜ、そうか、アレおまえかよ!」

「女に頼らなきゃ何もできないクズだモンな! 追放だってされるよなぁ!」

「あんだけイキがってたクセに、ただの根性なしかよ、くだらねぇ!」


 笑う。

 笑う。

 男共が一切の遠慮なく、俺を囲んで笑い続ける。


「回避盾などと、名前ばかりの弱虫め! いや、おまえなど虫にも劣るわ!」


 罵倒が、笑い声が、次々と突き刺さってきた。

 全てを防げるはずの“はぐれの恵み”でも、この痛みだけは防げない。


 見えない刃が、俺の心臓を深く、深く抉っていく。

 あの日――、俺が『エインフェル』から追放された、あの忌まわしき日と同じように。


 目の前が真っ暗になって、息が、できなくなった。

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