第28話 天才重戦士、爆笑・逆転・抱腹絶倒

 俺を囲んで、連中は遠慮なしに笑い続けた。嘲笑だ。俺を嘲る笑い声が重なり続ける。

 嗚呼、あの日と同じだ。

 俺が『エインフェル』を追放された、あの日、あのときと。


「…………はっ」


 苦しい。息ができない。俺は手で胸を押さえた。

 耳元にも笑い声が迫っている。

 忌々しくも、それは耳の奥まで入り込んで消えてくれない。


 なんだこの、心臓をギュっと掴まれたような圧迫感。痛い。胸の奥が苦しい。

 目の奥がチリチリとして、まばたきすらおぼつかない。


 景色が揺れる。

 ザレックが、ウォーレンが、グニャリと歪んで人の形でなくなる。

 俺は泣いているのか。それとも、気絶しようとしているのか。


 俺は、俺は――


「はっ、はっ、はっっ……!」


 呼吸がうまくいかない。

 心臓の音も不規則で、体の芯が不快な疼きに囚われた。

 今や俺の意識に届くのは、連中からのいつまでも終わらない嘲笑だけだ。


 あの日と同じ。

 あの日と同じ――!


「はっ、はっ! はッ……! ハッ……!」


 言葉を紡ぐこともできず、開けっぱなしの口は上ずる呼吸を繰り返す。


「見ろよ、虫野郎が弱って丸まってやがる!」

「フン、この程度も跳ねのけられないか、よほど根性がないと見受けられる!」

「逃げるしか能がない回避盾っすよ、そんな根性あるワケないですって!」


 連中が、好き勝手言ってくる。

 俺は、それを聞くことしかできない。反論しようにも、舌の根が渇いて喋れない。

 息苦しい。息苦しい! 生きることが、辛くて苦しい!


「ハッ……、ハッ! ハッ!」


 俺は、俺は、俺は、俺は……!


「ハッ、ハッ、ハハッ! ハ! ハ! ハ! ハ! ハ!」


 息苦しくて、喘いで、辛くて、泣きそうで、痛くて、だから、だから俺は……。

 俺は――死にそうになる自分を激情のままにねじ伏せた。


「ハハハハハハハハハハハハハ! ギャーッハッハッハッハッハッハッハ!」


 そして笑ってやったのさ。

 パニの笑いを真似しながら、目をいっぱいに見開いて俺から笑ってやった。

 何だよ、この笑い方、結構気持ちいいじゃねぇか。


「な……」


 俺の突然の呵々大笑に、逆にザレック達は笑うの止めた。

 おうおう、急に唖然とすんじゃねぇよ。

 おまえらがそんなに笑うなら、そら俺だって笑うわ。笑い返してやるわ。


「な、何がおかしい!」

「うるせぇ、バーカ! 俺がいつどこで笑ったっておまえらにゃ関係ねぇだろーが!」


 ウォーレンは一転して表情を怒りのそれに変えて怒鳴るが、知るかボケェ!


「大体考えてみりゃちゃんちゃらおかしいんじゃ! な~にが『千里飛翔の鷹』だアホンダラ! 結局やってることはAランクのゴツゴツ野郎に頼ってるだけの三流三下ドサンピン腰ぎんちゃくムーブじゃねぇか、情けねぇなぁ、おまえら! 3×3=9でいよいよ後がないほどザコ悪役だぞ! 三流の時点で取り返しつかないのに、九流ってどーよ? 下手したら二桁の大台に乗っちゃうんだぞ? 少しは冒険者としての気概を持てよ! 危機感を抱けよ、危機感を! せめてBランクの風格見せてほしーわー! ないわー!」

「な、て、てめぇ……!」


 好き放題言う俺に、ウォーレンの顔が憤怒に染まる。

 ハッ、今さらそんな顔したって止まってやらんモンね。この九流チンピラがよ!


「そこそこの胆力はあるようだな、どうやら」


 と、そこでザレックが余裕たっぷりに笑って言ってくる。

 どうやらこいつ、まだわかっていないようだな。

 おまえらの対俺追い詰めボーナスタイムはとっくの昔に終わってんだよ。


「あ、Sランクダンジョンから逃げ帰ってきたこーへきさん、ちーっす!」

「……何だと?」

「いつまでも大物めいた雰囲気垂れ流してんじゃねー、っつってんだよ」


 俺は笑う。ザレックとBランク数人を前に、不敵に笑ってやる。

 悪いけどな、俺はもうおまえらご所望の元『エインフェル』のグレイ・メルタじゃねーんだわ。


「フン、口もそこそこ達者なようだが、しかし、どうやってここから逃げる」

「うるせーな。今それ考えてんだよ。対“魔黒兵団”連敗記録更新中のやわらか重戦士さんはちょっと黙っててくれませんか? 気が散るんですよ、“魔黒兵団”に勝った天才重戦士な俺の気が!」

「きさ……ッ!」


 ザレックの顔色と表情がウォーレンのコピーになった。

 わー、ザマァ見ろー! 今、俺すげー気持ちいいー! なるほど、これが、カタルシス!


 ――と、煽るのもほどほどにして、と。

 目は見える。耳は聞こえる。肌は風と気温を感じ、舌先で吸う空気を味わった。


 うん、よし。

 意識は正常。五感はクリア。俺は口角を思い切り吊り上げる。


「ヘッ、あんまり人のことナメてくれんなよ、三下共が」


 ああ――、俺は今ここにいる。


「俺は、最速無敵の天才重戦士、グレイ・メルタ様だぜ?」


 誰が何と言おうと、Xランクの冒険者グレイ・メルタはここに立ってるのだ。


「ムカつく野郎だぜ」

「ぶっ殺してやりましょうよ……」

「チッ……!」


 Bランク冒険者の皆さんがついに武器を抜き始めた。

 お~っと、こいつはヤベェ、勢いに乗って煽りすぎちゃったか。


「ヘッ、いいのかよ。こんなことして、ギルドに知られたら……」

「知られなければいいだけだ」

「あれー、そんなこと言っちゃうの? Aランクのこーへきさんってば」

「死体は外にでも放れば勝手にモンスターが食う。処理は簡単だ」


 ザレックは俺の挑発にも乗らず平然と言った。

 待って、待って、この人ちょっと慣れすぎじゃない?


 もしかして過去にもこういうことあったりしたの?

 実務経験あり? 実務経験あり!?


 んー、よし、状況を整理してみよう。


 俺、廃墟の壁際に立ってる。

 連中、俺をすっかりしっかり囲んでる。


 あー、ヤバイな。完全に窮地ってやつですよこいつは。

 けどまぁ、何とかなるだろ。

 実のところ、この期に及んでも俺は割と楽観していたりする。


「好き勝手ホザいてくれたが、それがおまえの末期の言葉になる覚悟はしているだろうな?」


 ザレックが額に青筋浮かべたまま言ってくれるが、残念だったな。

 もう俺の中でおまえらはやわらか重戦士&九流チンピラとして確定しているのだ!

 そんな連中に凄まれても面白すぎて腹筋がピクピクするだけで、今さら怖くも何ともないわ!


 だって、俺はあのランの暴走をも凌ぎ切った男なんだぞ。

 完全に人間やめてるあいつから生き延びた俺が、今さらチンピラの攻撃なんぞ、ねぇ?


 しかし、ランの暴走か。あれはちょっと未だに思い出すだけでも震えが来るぜ。

 世の中であれと相対する以上の恐怖なんて他に幾つあるか――、


「おまえ、また変なこと考えてるだろう」


 声がしたのは、まさにそのとき。

 廃墟の入り口側から、見知った女の声が飛び込んできた。


 びっくりしたわ。

 だって、おまえのこと考えてるそのときに、おまえの声がしたんだぞ。


「誰だァ!」


 ウォーレンが怒鳴りながら振り向いて、お、背中がビクってなった。

 だろうなぁ。そーもなるよなぁ。

 だって、そこにいたのはラン・ドラグだったんだから。


「何でここが分かったんだ、ラン」

「んー、勘!」


 ああ、そうなんだ。

 すごいねドラゴン女。野性味も完備とか、ますますゴリラだね。


「グレイこそ、何でこんなところにいるんだよ。探したんだぞー」

「いやー、ちょっと散歩してたら怖いおにーさんらに絡まれちゃってさ」


 その怖いおにーさんを間に挟んで、俺とランはやり取りをする。

 ウォーレン達がそれを遮らないのは、ランを見て完全に固まっているからだ。

 うーん、この反応の分かりやすさよ。


「あ、あの女、あの女ですよ、ザレックさん!」


 声を引きつらせ、ウォーレンが早速ザレックに泣きついた。

 何という見事な小物ムーブ。実はおまえ、Fランクとかだったりしない?


「わめくな。俺がついている」


 一方でザレックは実にAランクらしい大物な物言いをする。

 落ち着き払ったその声と態度は、いかにも頼れる兄貴分って感じだ。

 傷にまみれた大男は、ゆっくりとランの方を向いて、


「どうやらこいつらが世話に――」


 途中で言葉が止まった。

 あれ、今、ウォーレン達みたく背中がビクってならんかった?


「ん? もしかしてザレックさんか」


 言ったのは、ラン。

 待って、おまえら知り合いなの?


「ラ、ラ、ラ、ラン・ドラグッッ……!!?」


 ザレックがものすごいオーバーリアクションで後ずさった。

 靴裏こすれて、キュキュキュー! って鳴るレベルで。


「オイ、暴力女! おまえがいくら腕っぷし強くてもなぁ、こっちにゃAランクのザレックさんがついてんだよ! “鋼壁”の名前は知ってんだろうが! そうだ、あのザレックさんだ! 俺達のバックにゃ、あの! “鋼壁”の! ザレックさんがついてんだよ! 運がなかったなァ! 冒険者なんぞになっちまった自分のツキのなさを恨むがいいぜ! さぁ、ザレックさん、この女をやっちまぶべら!?」


 王道的小物セリフを熱く叫んでいたウォーレンがザレックに顔面パンチされた。

 それがいきなりすぎて、ランがぎょっとなっている。


「実は道に迷っていたところを教えてもらってな、うん! 実に助かったぞ!」

「はぁ……。そうなんですか」


 あからさまなザレックの言い訳。

 当然、事態を把握できていないランは戸惑って生返事をするだけ。


 あ、ランこっちに解説を求める視線を寄越してきた。

 いや、困る。何が起きてるかなんて俺だってわからんし。


「よし、道も分かったしそろそろ行くか!」

「そんな! 話が違う! 待ってくださいよザレックさべぶらぁ!?」


 ザレックを止めようとしたウォーレンがまた顔面パンチされた。


「で、ではまたな、ラン! さようなら、永劫にさようならー!」

「ザレックさん、待ってくださいってば! ザレックさぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 一目散に逃げていくザレックと、そのあとを追いかけていくウォーレン達。

 残された俺とランは、とりあえずお互いの顔を見合わせた。


 ポカンとなってるランの顔、可愛い。

 違うよ、そーじゃねーよ。


「なぁ、ラン、“鋼壁”と知り合いだったの?」

「ちょっとだけ。前に一週間くらい同じパーティーにいたんだ」

「そっかー」


 きっとそのときに何かあったんだろうなー。暴走されたのかな。

 俺から聞くつもりはないけど。


「おまえこそ、ザレックさんと何を話してたんだ?」

「んー……」

「言いにくいことか?」

「いや。道をきかれただけだ」


 ああ。そんな程度の、ちょっとした軽い立ち話さ。

 今の俺にとってはな。


 『エインフェル』を追放されたときと今と、俺は何か変わったのか。

 はっきりとは分からない。

 分からないが、どうやら変わってはいるらしい。

 俺はランを見る。


「……? 何だよ」

「いや、別に。……で、俺のこと探してたってのは? 準備終わったのか?」

「ああ、それなんだけどな……」


 ランが何やら歯切れの悪い言い方をしてきた。

 何だろう、問題でも発生したのか?


「なぁ、グレイ。……あんな話を聞かされたあとで、なんだけど」

「いいよ、大丈夫だ。今は割と落ち着いてるよ」

「そうか? じゃあ言うけど――」


 何だってのさ、一体。


「さっきの『エインフェル』の子が、またギルドに来たんだ」

「……クゥナが?」


 何でまた。

 もう俺達のところには来ないと思ってたのに。


「ヴァイスってヤツが、ギルドの許可なく“大地の深淵”に行った、って」

「…………わぁい」


 それ、絶対めんどくさいことになるヤツじゃないですか――――!

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