第21話 天才重戦士、介入する

 苦い記憶がある。

 つい、一週間前のことなのに。

 俺にとってその記憶は、人生全ての辛酸を凝縮したような記憶だった。


 辛い過去がある。

 つい、一週間前のことなのに。

 俺にとってその過去は、今ある全ての始まりとも呼ぶべき過去だった。


 ――ウルラシオン冒険者ギルド二階にある一室。


 まさか、またこの部屋に来ちまうなんてな。

 ああ、覚えてるさ。この部屋だ。

 ここだよ、ここが俺が辛酸を舐めさせられた部屋だ。百年経っても忘れるモンか。


「…………」

「…………」


 部屋には幾つもの沈黙があった。

 ここにいる人間の数だけ、意思があり、感情があり、思惑があって沈黙がある。


 部屋にいるのは俺と、ランと、パニと、アムと。

 そしてクゥナに、クゥナを囲もうとしてたBランク冒険者が三人。

 さらにウルと、メルと、ロクさんも。


 冒険者ギルドもそれなりにコトを重く見ていたらしい。

 しっかし、何でチビロリ千年妖怪まで一緒にここにいるのよ?


「チビロリ、何でいるの?」

「興味本位じゃ」

「おい」


 さすがにそれはいかんだろ、おまえ。


「クッヒッヒッヒ、おんしの活躍を見ておきたくてな?」

「おまえ、ロクな死に方しねーぞ?」

「何を言うておる。わしはあと一万年は生きるわい」

「これが、ウルラシオンの深き闇……!」

「そのネタはもうええわい! ほれ、さっさと始めんか!」


 ウルがテーブルをバンバン叩く。

 つま先立ちにならんとテーブルの上に顔も出せないクセに!


 ったく、今この場で一番関係ないやつが一番騒いでるってウゼーなこれ!

 あー、さっさと始めてさっさと終わらすべ。


「んじゃ、自己紹介からな。俺、天才重戦士のグレイ・メルタ」

「ラン・ドラグだ」

「パニ・メディだぜ!」

「ううう、アム・カーヴァンですぅ……」


 俺達四人が各々自分の名を名乗り、そして俺はクゥナを見た。

 下を向いていたクゥナも俺の視線に気づいて、慌てた様子で顔を上げる。


「エ、『エインフェル』のクゥナ・レルシィなのよ!」


 よしよし。よくできました。

 次に、俺は向かい側に座っているBランク冒険者三人を見た。

 おうおう、どいつもビキビキ青筋浮かべてらっしゃるわ。


「何だ、この茶番は」


 リーダーの戦士が腕を組んだまま俺に向かって凄んできた。


「グレイとか言ったな。何を仕切ってるんだ? おまえは無関係なんだろ!」

「そうだ、これは『エインフェル』と俺達の問題だ!」

「関係ないヤツがしゃしゃり――」


「…………おい」


 ランが口を開く。

 途端、部屋の空気が軋むほどに重みを増した。


「グレイは、自己紹介をしろと言ったんだが?」


 全身から強烈な威圧感を放ち、ランは三人を凝視した。

 すると、まるでヘビに睨まれたカエル。


「ひ……」

「う、ぐ……!」


 悪態をついていた三人は揃って顔を青ざめさせて息を飲んだ。


 よっしゃ! やった!

 さすがは僕らの最終鬼畜暴力装置ドラゴン女先生だぜ!


 これでイニシアチブはこっちが取った。

 話も楽に進められるってもんだ。

 いやー、相棒が物理最強ゴリラドラゴン女で助かったわー。


「……おまえ、絶対失礼なこと考えてるだろ」


 ランがジト目で俺を見るが、さてさて何のことだろーなー。


「――Bランククラン『千里飛翔の鷹』所属、ウォーレンだ」


 やっと落ち着いたらしく、まずは戦士が名乗った。


「同じクラン所属、アレイン」

「同、ドルク」


 そして残る魔術師、狩人も口数少なにそう名乗り、居心地悪げに目をそらす。

 クラン。そうか、こいつらあの『千里飛翔の鷹』の一員だったのか。


 クランってのは幾つものパーティーの複合体だ。

 数十人単位で徒党を組んで、それぞれの役割に従って動く、立派な組織だな。


 このウルラシオンにはクランが何個か存在している。

 その中でも、『千里飛翔の鷹』はそこそこ知名度が高いクランである。


 普通、クランに所属している冒険者は守りの姿勢に入る。

 決して無理をせず、生活するのに必要な分だけ依頼をこなすようになるのだ。

 そうなるのは、クランという組織が非常に安定しているから。


 組織に守られるってのはやっぱ強いんだよな。

 冒険者同士での徒党とはいえ、数十人も集まればそれなりの勢力にはなる。

 助け合いの精神ってやっぱお互いに利益が生じるからこそ成立するってことよね。


 だから、クランに所属している冒険者は大体中堅どころのCランクに落ち着く。

 しかし『千里飛翔の鷹』はそうではない。

 ここは上昇志向がかなり強いらしく、多くのBランクを抱えていたはずだ。


 必然、上を目指せばレベルは上がりやすくなり、安定を選べば上がりにくくなる。

 もちろん例外もあるが、おおよそBランクに到達するヤツは“英雄位”狙いだ。

 こいつらも、そうだってことなんだろうな。


 だから、


「グランツとローウェルはもう帰ってこない。その責任をどう取るつもりだ」


 ウォーレン達はクゥナに対し、そんなことを言ってくるんだろうな。


 冒険者ってのは苦楽を共にするからか、仲間意識が強くなりやすい。

 そこはパーティーもクランも同じ。

 いや、クランは多人数だからこそ家族意識に近いものを抱くのかもしれない。


「責任って言われても……」


 俺はクゥナの方を見る。

 こいつ、すっかり縮こまってんじゃねーか。

 味方がいればいくらでも横柄になれるクセに、一人になると途端にチキンよなー。


「グランツもローウェルも、『千里飛翔の鷹』には必要な人間だった」

「んー? 『エインフェル』に移籍したんじゃねーのか?」

「そんな一時的なものに決まってるだろ!」


 俺がきくと、ウォーレンは苛立ちを隠そうともせず叫んだ。

 そのグランツとやら達が“英雄位”になるまでの限定的な移籍、だったと。


「今回の件で『千里飛翔の鷹』の構成員は大きなショックを受けた!」

「そうだ、おまえらがグランツ達を見殺しにしたのは分かってるんだぞ!」

「ザレックさんがしっかりと話してくれたんだ。あいつらの死に様をなァ!」

「あ、うぅ……」


 三人に怒鳴られて、クゥナは完全に委縮していた。

 ザレックってのは俺の後に入った壁役だったっけか。名前だけは知っている。


 俺は詳しい話はなーんも分からんけど、ただなぁ――


「おまえら、結局『エインフェル』にどうしてほしいの?」


 何か要求があるから、クゥナに突っかかってたんじゃないの?


「無論、『エインフェル』には責任を取ってもらう!」

「そうとも。『千里飛翔の鷹』が被った損害、それを賠償してもらう!」

「待ってなのよ、お金はもう払ったじゃないのよー!」

「あれっぽっちのはした金が誠意の証になると思っているのか!」


 バン、と、ドルクがテーブルに手を叩きつけた。

 クゥナが身を震わせる。

 そして訪れた静寂の中に、男達の荒い呼吸音だけが流れていた。


 うーん……。


「クゥナ」

「う、はいなのよ……」

「何があったのか話してくんね?」


 深入りするつもりはないが、多少の事情は知っとかねーとどうにもならんわ。


「分かったのよ――」


 そして、クゥナは語り始めた。

 三回目の“大地の深淵”への挑戦。その際に引き入れたBランクの壁役達。


 それでも門番を倒すには至らず、逆に全滅の危険に陥って、帰還。

 だがそのとき、壁役の部隊は放置してヴァイス達だけで生還符で帰ってきた、と。


 おおむねそんな事情だったワケか。


「ひどすぎる……」


 アレインが怒りに任せて椅子から立ち上がり、厳しい顔つきでクゥナを指さした。


「グランツ達を捨て駒にしたんだ、こいつらは!」

「そのせいで、そのせいでグランツとローウェルは……!」

「ちくしょう! 『エインフェル』なんかの誘いに乗ったばっかりに!」


 涙ぐんだり、叫んだり、三人は周りも目に入らない様子で激情をまき散らす。

 なるほどねぇ、なるほど。……なるほどな。


「なぁ」


 タイミングを見計らって、俺は三人を呼ぶ。

 感情を発散した直後である三人の目は一斉に俺へと向けられて、だから尋ねた。


「――なんで蘇生資格とってなかったんだ、その二人」


 当然すぎる、その疑問を。

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