第20話 天才重戦士、『エインフェル』扱いを否定する

「にーちゃん、グレイにーちゃん! 助けてほしいのよ!」


 ロビーをザワつかせている当事者が、足早に俺へと駆け寄ってくる。

 当然、そうすると周りの目も俺達へと向けられるワケで、


「構うな、グレイの旦那。行くぜ」

「そうだよぉ……」


 パニもアムも、揃ってランのように言ってきた。

 当然、俺もそのつもりだ。改めて歩き出そうとする。だが――


「待って、待ってったら!」


 クゥナは必死に叫びながら、俺の腕に縋りついてきた。

 その声には余裕がなく、顔はもう泣きそうだ。明らかに切羽詰まっている。


 ああ、クゥナはこんなヤツだったな。

 一人じゃそんなにイキがれない、頼れるものがないと弱いんだ、こいつ。


「…………」


 俺は踏み出そうとした足を戻した。

 先に歩き出していたラン達が歩みを止めて、こっちに振り返る。


「グレイ」

「そんなこと言わないでなのよ、グレイにーちゃん助けてなのよ!」


 咎めるように言うランに、クゥナはさらに必死になった。

 そこへ、Bランクの男達が近寄ってきた。


「何だ、あんた。そこの女の仲間か」


 男達のリーダーらしい若い戦士が厳しい物言いで訊いてくる。

 やってきたのは三人。戦士に、魔術師に、狩人か。


「仲間なのか?」


 再度、尋ねられた。

 おうおう、こりゃあかなりキてらっしゃるねぇ。目が血走ってんじゃん。

 ああ、こんなの相手にしてられねぇわ。


「いや、知らないね」


 俺は軽く肩をすくめ、クゥナの手を強引に振り払った。


「あ……」


 クゥナは目を見開き、一声漏らした。その声は絶望に染まっていた。

 だが自業自得だ。俺は、あの日の笑い声を忘れていない。


「ラン、今そっち行くからよ」

「ああ」


 俺は歩き出す。

 背中に突き刺さるクゥナの視線をしっかりと感じながら。


「待って……」


 弱々しい声が耳に届いた。


「オイ、こっちを向けよ。どっち見てんだ! 『エインフェル』!」

「そうだ、話はまだ終わっちゃいないぞ!」


 戦士が、魔術師が、クゥナを囲んで怒鳴り散らす。

 目に余るようならば、ギルド職員が介入するだろう。俺には関係ない。


「待ってよ……、待ってなのよ、グレイにーちゃん……」

「話を聞いてるのか! オイ!」


 うつろにつぶやくクゥナの声は、しかし戦士の叫びにかき消される。

 俺はラン達と共にギルド入り口まで歩いた。

 そうだよ、関係ない。このままギルドを出て、今日の依頼の打ち上げ会だ。


「にーちゃん……! グレイにーちゃァん!」


 さて、打ち上げ会はどこでするかな。

 “のんだくれドラゴン亭”にもう行けないのが痛すぎるよなぁ。

 ここはアレか、ラングの店にでもくり出して――


「助けて! グレイにーちゃん!」


 ――――。


 ロビーを出る直前で、俺は立ち止まった。

 ラン達三人が俺の方を再び振り返る。彼女達は問うような視線を投げていた。


「……悪ィ、みんな」

「いいよ。皆まで言うな」


 ランが小さく苦笑した。


「あんたも損な性分だよ。ま、行ってきな、グレイの旦那」

「わ、私も反対は、し、しないから……」


 ああ、チクショウ。

 言うまでもなく分かってたってか?

 ドチクショウめ。


「行ってくるわ」

「ああ」


 俺は踵を返し、大股で再びロビーの奥へと歩いて行った。

 クゥナは、まだ三人に囲まれていた。

 空気はいよいよ張りつめて、職員もそろそろ介入しそうな雰囲気だった。


「よぉ、ちょっといいかい」


 俺はリーダーとおぼしき戦士の肩をグッと掴んで無理やりこっちを向かせる。

 そこにあるのは憤怒の形相。

 こいつ、そんな顔でクゥナと相対してやがったのか。


「グレイにーちゃん!」


 泣きかけていたクゥナが一転、表情を明るいものに変えて俺を見た。

 おうおう、現金なこって。


「俺に言うことあるよな」

「……え?」


 しかしここで俺は甘い顔はしない。

 これからの動きは決めていても、それはそれでこれはこれ、なのだ。


「おまえ、最後に俺に向かって何て言ったか覚えてないとは言わせないぞ」

「あ、あの……」


 途端に、クゥナの顔がまた青ざめる。

 だが取り合うつもりもない。場の状況はどうあれ、けじめはつけてもらう。


「俺が何もなしに助けるとでも思ったか? そうだとしたらめでたい限りだぜ?」

「あ、う……」


 クゥナは言葉を詰まらせながら俺を見上げ、そしてやがて観念したらしくうなだれた。


「この前は……、笑ったりして、ごめんなさい。なの」

「うん。で?」

「は、反省してるの。に、二度としない、から……」

「で?」

「助けて、なの、にーちゃん……!」


 謝りながら、クゥナはその身を小さく震わせ、俺の服の裾を掴んできた。

 ん~、ま、いいか。

 こいつについてはこのくらいで勘弁してやろう。


「何だァ、あんた、やっぱこいつのお仲間なのかい?」


 さて、クゥナに因縁つけてた側は、今にもブチギレ寸前ってツラだな。

 こいつだけじゃない。他の二人も同様だ。スゲー、俺めっちゃガン飛ばされとる。


「何しに来たんだって聞いてんだよ! あんたも『エインフェル』なのか!」


 ついにこっちにまで怒鳴り始めた戦士に向かって、俺はため息を一つ。

 冗談でも、そんな扱いはされたかないんだがね。


「俺は『エインフェル』じゃねーよ」

「だったら、何モンだ!」

「ただの『エインフェル』を追放されたそいつの兄貴分だよ」


 凄んでくる戦士に、俺はそう答えてやった。


「おんし、ほんに不器用じゃのぉ……」


 聞こえた千年妖怪の声に、俺は「ですよねー」、と内心でひとりごちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る