第19話 天才重戦士、気づかれてしまう

「おめでとうございます、レベルが上がっています」

「「は?」」


 冒険者ギルドでのことである。

 アムが作成した遺跡の地図をギルドに納入したあとで受付のメルに言われた。


「レベルアップ、レベルアップ! ついに俺がレベルアップしたのか!」

「いえ、グレイさんはレベル3のままです」


 ガッデム!!!!


「レベルアップしたのはパニさんとアムさんのお二人ですね」

「オイオイ、そいつァマジかい、メルたんのお嬢」

「メルたんのお嬢ではありませんが、上がっていますね」

「うわぁ、パニちゃん、やったねぇ……!」


 驚くパニと、喜びに表情を輝かせるアム。

 嬉しそうだなー、楽しそうだなー、よかったなー。本当によかったなー。


「な、なぁ……、そんな隅っこで床にのの字書いてないでこっち来いよ、な?」

「あ、何スか? レベル40のランの姐御……、レベル3の俺なんか……」

「そんな卑屈になるなって! 今回は僕も上がってないから! な! だろ!」


 そうだ。そういえばそうじゃないか。

 俺だけじゃない。今回はランだってレベルが上がってない。


 苦しいのは俺だけじゃない。

 悲しいのは俺だけじゃない。

 俺だけじゃない!

 たったそれだけのことで、世界には希望の光が満ち溢れて、


「あ、申し訳ありません。ラン・ドラグ様、レベル41に上がってました」

「本当!? やったー!」

「…………」


 神は死んだ。

 いや、元々この世界に神なんていやしなかったんだ。

 いるのは悪魔だ。そしてあるのは絶望だけだ。


 俺は喜ぶ三人に告げる。


「ランさん、パニさん、アムさん、これから仲良くやってってください」

「「「ちょ」」」

「俺はダメです。俺はもう心が折れました。これからは森でひっそり暮らします」

「「「待って待って待って!?」」」

「そうだ、森で壺や皿を作ろう。そしてそれを割りながら暮らそう……」

「「「エセ芸術家ごっこに逃げるなー!!?」」」


 うるせぇ!

 おまえらには俺の気持ちなんて分からないんだ!

 もうそろそろ七か月を超えてレベルが上がらない俺の気持ちなんて――!


「いいかげんにして欲しいのよ!」


 そのときだった。

 受付ロビー入口の方から切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある、どころかめっちゃ馴染みのある声だった。


「あれは、『エインフェル』の……」


 ランがそっちを向いて言う。

 俺は別に向いちゃいないけど、見るまでもないっつーか。


「オイ、待てよ! 待てって言ってるだろ!」

「しつっこいのよ! いつまでも付きまとわないでほしいのよ!」


 入り口の扉を開けて、入ってきたのは女が一人、男が数人。

 女の方は、やはりクゥナだった。

 Aランクパーティー『エインフェル』所属の盗賊で、俺の幼馴染の一人だ。


 男達の方は、一応見覚えはあった。

 とはいっても別に顔見知りじゃない。ギルドで幾度か見かけた程度だ。

 確か、Bランクの冒険者じゃないっけか、全員。


「『エインフェル』はどう責任を取るつもりなんだ! オイ!」

「そんなこと、クゥにきかれたって知らないのよー!」


 ロビーには俺達以外にも職員や冒険者が多くいた。

 しかしそんなことに構わずに、クゥナと男達は大声で言い合いを演じている。

 随分と空気が悪い。一体、何事だありゃあ。


「よぉ、メルたん。一体――」

「よすんじゃ、坊」


 俺を制する声があった。

 見れば、いつのまにか俺の足元近くにちょこんと立っているとんがり帽子のチビ。


「ウル……」


 そこにいたのは、ウルラシオンの大賢者ウルだった。


「おう、御師匠じゃねぇかい! おっひさー!」

「クッヒッヒッヒ、パニかぇ。久しいのう。そうかぇ、坊と組んだか」

「ああ、おかげさんでな。しっかり働かせてもらうぜ」

「そうかぇそうかぇ。こりゃよかったわい」

「やい、チビロリ。久々に登場したところに何だけどよ、あれ、何よ」


 話し始めたパニとウルに割って入り、俺はクゥナの方を見る。


「なぁに、大したことじゃありゃせんよ」

「いいから話せ。何があったんだよ」

「おんしが知ってもいい気分がするものではないぞぇ」

「いいから」


 俺は退かない。

 すると、ウルは小さく息をついて俺達にことのなりゆきを話してくれた。


 『エインフェル』による“大地の深淵”攻略の失敗。

 そしてBランク冒険者を仲間に入れての再度の攻略挑戦と、三度目の失敗。


 ヴァイス達は何とか帰還したが、壁役として連れて行ったBランク冒険者達は全滅し、そのうち二人が蘇生資格を取得していなかった。

 今、クゥナに絡んでいるのは蘇生できなかった二人の仲間達らしい。

 つまりはそんな話だった。


「……バカかよ」


 聞き終えて、パニが呟いた。

 それが誰に対しての言葉なのかは、聞かない方がよさそうだ。


 アムとランは、特に何も言うことなく言い合うクゥナ達を見つめた。

 その視線には冷ややかなものが混じっていた。


「そら、坊には関係なかろ?」

「まぁな」


 俺は気のない返事をした。

 そうだな、今さら『エインフェル』の事情なんざ知ったコトじゃねぇ。

 俺にはもう新しい仲間ができた。きっと信じられる、俺を信じてくれる仲間が。


「行こうよ、グレイ」


 メルから報酬を受け取ったランが俺に促す。

 アムも、パニも、俺を見ていた。さっさと行こうと、その目が言っている。


「ああ――」


 うなずいて俺は歩き出そうとした。


「グレイにーちゃん!」


 だが刹那早く、クゥナが俺を呼ぶ声がした。

 あ~ぁ、気づかれちまったかー……。

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