十一の月と二十六日目


 食堂「三角帽子」ウエイター サイモンズ・パーマロイ


 二十三日目に仕事を休んで、母と共に、隣国へ向かった。二泊三日の旅の目的は、慰霊塔を巡ることだった。

 僕の遠い遠い先祖は、魔力を悪用した盗賊として、隣国を荒らし回った。何世代も強力な魔力を受け継ぎながら、「魔女同盟」という悪名を欲しいままにしていたが、ある賞金稼ぎの一団によって、悪事に手を出していない子供以外は一網打尽にされた。


 母の直系は、その捕まらなかった方の子供であり、妹と隣国の孤児院を転々としながら、「魔女同盟」があまり知られていないこの国へ渡り、いくつかの料理店での修行を受けた後に、この「三角帽子」を開いた。

 どんな国の騎士団も凌駕したという「魔女同盟」の魔力は、代を重ねるほど小さくなっていき、僕くらいだと普通の魔術師程度のものだ。チャーリーも魔女の使い魔の血を引いているが、人語を喋ることは出来ない普通の看板猫だ。


 だけど、母と僕は毎年、「魔女同盟」が壊滅した日の前後に、犠牲者たちの慰霊碑を回ることを風習にしている。慰霊碑に手を合わせ、先祖に代わって謝罪と、あのような悪事は二度と起こさないということを誓う。

 僕がこの贖罪の旅に出るのは三回目で、それ以前は母だけが一人で回っていた。ただ、僕もこの旅に加わると言った時、珍しく母はあまりいい顔をしなかった。


 「贖罪は私で最後にしたい。あなたにはあなたの人生があるのだから」……母はそう説得したが、僕は折れなかった。

 歴史を忘れた時、過ちは繰り返される。僕はそのことに気付いたから、先祖のどんな汚名でも語り継ぎ、背負い続けようと思った。


 ただ、今年は今までとちょっと違っていた。僕らが留守の間に、ドリアの町の上に正体不明の化物が現れるという大事件が起きたからだ。

 母は、店に残っている父と連絡を取り、旅の予定を一日早めて、帰国しようとした。しかし、父からは、「何も起きていないから大丈夫だと」返されて、結局、旅程は変更しなかった。


 今日、リアドに向かうドラゴン便の中で、そわそわと落ち着かない僕に対して、母は見透かしたように言った「イイリちゃんのことを心配しているでしょ?」――どきりとした。

 「チエリのとまり木」のメイドさんで、「三角帽子」の常連であるイイリさんを僕が気になっていることを、母は勘づいていた。「私、恋占いは得意なのよ」と、母は嘯く。


 化物はすぐに消えたと聞いたけれど、イイリさんはずっと恐ろしい思いをしているのかもしれない。不安な彼女に、何か言葉をかけてあげたいというのが、僕の正直な気持ちだった。

 けれど、今日、イイリさんはお店に来なかった。彼女にも仕事があるのだし、仕方がないと思っている閉店後、母は、明日のお祭りの出店用のチュロスの試作品を渡してきた。


 あっけにとられた僕に、「イイリちゃんに、試作品の味見をお願いしながら、色々話を聞いてみたら?」と、母は少女のように悪戯っぽく笑う。

 「あなたはあなたの人生を、胸張って生きてほしいのよ」――いつかくれた言葉と同じように言い切る母に、敵わないなと苦笑しながら、僕はチュロス入りの紙袋を持って出発した。


 宿屋のイイリさんは、拍子抜けするほど元気だった。「私、あの瞬間すでに寝ていて、化物の姿を見ていないんですよ」と、若干名残惜しそうに語るくらいだ。

 それから、チュロスを渡した。「そんなに甘すぎないのが良いですね」と、一口齧って、的確な感想を貰えた。


 父は、母の先祖のことを知った上で、結婚してくれたという。僕とイイリさんは、まだその前段階にも立てていない。

 でも、「こんなおいしいものがあるんだったら、またお祭りに行きたいですね」と言ってくれたイイリさんを見ると、もっと僕は頑張ってもいいんじゃないか、そう感じた。


                 おわり






   ***






 メモ


 「魔女同盟」というのは、隣国の歴史を学んだ時に出てきた盗賊団だ。高等魔法を使った彼女たちの略奪行為は、ここに書くのを憚れるほどの残虐さに満ちている。

 だから、「三角帽子」の店主のレイラさんが、その「魔女同盟」の末裔だったなんて、贖罪の旅が日記で語られるまで知らなくて、酷く驚いた。「三角帽子」は、歴史の長い家族経営の気のいい食堂で、「魔女同盟」の印象と全く結びつかなかったから。


 自分の先祖が奪ってきた命の安寧を願うことを、レイラさんは決して忘れない。息子のサイモンズさんにもその歴史は語ってきたが、しかし、その罪は彼には重すぎるのだと、レイラさんは思っていたみたいだった。

 でも、サイモンズさんはとても強い。過去と現在だけでなく、未来も見据えている。彼だったら、自分の人生を歩みながら、先祖の罪も背負っていけるだろう。


 ただ問題は、イイリさんがサイモンズさんの気持ちに、ぴんと来ていないことかな……。

 サイモンズさんも、かっこつけずに、もっと近づいてもいいのにと、やきもきしてしまう。まあ、きっとこれも、時間が解決してくれるだろう。


                 ノシェ









































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