十一の月と二十四日目


 境界警備兵 キーサー・フオジア


 日付が変わり、同僚のラントルと共に、閉めた門を離れて詰め所に戻る途中だった。

 雲一つない月夜で、俺たちの影もくっきりと石畳の上に残っているほどの明るさだったに、急に辺りが暗くなった。何気なく、頭上を見上げて、息を呑んだ。


 この町をすっぽりと覆ってしまうほどの何かが、空に浮かんでいた。全体は淀んだ緑色で、木の枝で出来たような質感の人の手足が数本、蠢いている。

 俺もラントルも、反射的に肩に下げていた遠距離銃を構えた。発砲しようと思ったその時、町内に置かれた屋外音声用の伝達水晶が響いた。


 『相手の目的が分からない以上、むやみな挑発は止めるように。今は、連携し、防御に努めよ』――騎士団長の威厳ある言葉だった。

 俺たちは、銃の代わりに小型水晶を手に取り、一番近くの警備兵や騎士と連絡し合いながら、防御の陣形をとった。町を囲む壁まで走り、集まった者たちと防御魔法を唱える。


 この町で一番高い建物である城と、宙に浮かぶ化物の間に、透明の、しかし目に見えるほどの分厚さを誇る壁が現れた。これがあれば、どんな魔法でも防ぐことが出来る。

 さあ、どこからでもかかって来い。両手を掲げて歯を食いしばりながら、そう覚悟していたが、化物の姿は蜃気楼のように揺らいでいくと、空気に溶けるように消えてしまった。


 拍子抜けしたが、まだ何か起こるかもしれない。俺たちはその後のしばらく、防御魔法を張り続けていたが、結局何も起こらないまま、騎士団長の合図で魔法を解いた。

 多量の魔力を使ったので、疲れを感じているが、周囲を見る余裕が出てきた。警備兵や騎士以外は外に出ていないが、建物内の人々は起きている様子で、開いた窓から声がひそひそと漏れている。


 騎士団長の命令によって、警備兵は町の中に異変がないかを確認、騎士たちは城に集まり要人たちの警護に行くことになった。なし崩し的に、俺もラントルも休憩も出来ずに、巡回をすることになった。

 防御魔法のお陰かあの化物が何もしなかったからなのか分からないが、町内で壊れた箇所はなく、怪我人や体調不良者もいない様子だった。「今のは何だったんですか?」と、町民たちから何度も尋ねられたが、「俺たちも分からないです」としか返しようがない。


 ある程度回ってから、一度詰め所に戻り、仮眠をとっても良いと小隊長から許可を得た。ラントルは「またしばらく働き詰めだ。娘と祭りに行けないだろうな」と愚痴っていたが、「祭りそのものが中止じゃないか?」と真剣に答えた。

 起きると、もう朝になっていた。とはいっても、全然休めた気分じゃない。


 日が高く登っていたが、周辺はひっそりとしていた。人の出が全くない。外出を禁止されているからだと、交代の時に聞いた。

 ついでに、新聞も見せてもらった。昨晩の怪物の全体像が写っている。どこに顔があるのか分からないような長い歪んだ筒状の胴体をしていて、そのあちこちに手足が、合わせて十二本くっついていた。


 このような化物が現れたという前例は、どの文献にも載っていなかったという。魔力を分析してみたところ、この世界のものとは全く異なる性質を持っていて、「異世界から現れたのか?」という一文が添えられていた。

 詰め所でこれを書いている現在まで、あの化物が再び現れたり、何かしらの異変が起こったりした様子はない。まだ油断はできないが、明日の学校や交通機関などは、通常通りになると聞いた。


                 おわり






   ***






 メモ


 この怪物が現れた瞬間、私は日記を読んでうとうとしていたので、この騒ぎには気付かなかった。突然部屋に入ってきたマイルニさんに連れられて、城内の避難場所で一晩を過ごしたのだが、外は大変な騒ぎだったようだ。

 翌朝、私もこの化物の姿を新聞によって目にして、震えた。被害が何も無くて良かったけれど、突然現れたのに何もせずに消えたという部分が気になって、そわそわしてしまう。


 あの化物の正体は、魔力の由来から、異世界出身説が出ているらしい。

 いつもの私だったら、「異世界からの訪問者」に心ときめく部分はあったのだけど、もしも、またあんな化物が現れたら……と思うと、おいそれと口に出せない。


 何が起こるか分からない状態の中、警備するのはとてつもない恐怖だろう。お父さんに頼んで、警備兵や騎士への臨時報酬を出してもらおう。

 私に出来るのは、それくらいだから。


                 ノシェ
























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