十一の月と二十二日目
魔道具店「翠の石」店員 ネエジア・ケッポ・ツーヴァルウェント
本来なら休みの日だけど、店長さんに頼まれて、出勤することになった。最近開発された青い炎を出す蝋燭を祭りの日に売りたいのだけど、全然人手が足りないからという理由で。
私は、偶数曜日に出ているので、今月から雇われた、奇数曜日に働いているジェーンとアルベルトという二人組には、初めて会った。アルベルトは、魔法が全然使えないらしいので店番をしてもらい、私達三人は裏の倉庫で、せっせと蝋燭に魔法陣を記していく。
店長によると、普通の蝋燭の芯の周りに、火が周りに燃え移らないようにする魔法陣とは別に、周りの空気を取り込む魔法陣を書くことで、青い炎が燃えるらしい。
試作品を見せてもらう。青い炎が怪しくゆらゆらしていて、とても綺麗だった。冷たそうな色をしているこれが、橙色の炎よりも温度が高いというのが信じられない。
急ぎの仕事ではあるのだけど、単純な工程なので、私達はずっとお喋りをしながら作業をしていた。ジェーンは、ずっと遠くの国から、はるばる旅をしてここに辿り着いたと語っていた。
店長が配達の仕事で席を外した時、ジェーンは私の話を聞きたがった。どうやら、私がとある森に生まれたエルフで、夫と結婚して、この町に移り住んだことが気になった様子だ。
私は、夫と出会って結ばれるまでの道筋を、嘘や誇張をせずに話した。ちょっと記憶違いはあるかもしれないけれど、それはご愛敬で。
それから、夫の写真を彼女に見せた。思った通り、彼女は酷く驚いていた。私の見た目は四十代ぐらいだけど、夫は七十代なのだから。
ジェーンにとってエルフは馴染みのない存在だったので、私達の種族の寿命が千年あること、こう見えても、夫よりもずっと年上だということを説明した。
結婚は反対されませんでしたか? と、当然の質問をされた。私は、もちろん、されたわよと頷く。実はその所為で勘当扱いになってしまい、やっとごく最近解消されたことも話した。
故郷を追われて、家族と会えなくなっても、私はあの人と一緒になりたかったの。そう、私は胸を張って言い切ることが出来た。そう言えるまで、結構な時間がかかったと、私は心の中で思った。
ジェーンはひたすらに驚いていた。愛ってすごいんですねと、教科書を朗読するような口調で言うから、可笑しかった。
あなたもあと一歩、踏み出したんじゃないの? 私がそうからかうと、ジェーンは顔を真っ赤にして俯いた。きっと、彼女の頭の中では、アルベルトの姿が思い浮かんでいたのだろう。
ジェーンがアルベルトが好きだということは、なんとなく察せられた。彼を見つめる目線、旅の中での彼の姿を話してくれた時の瞳の輝き、そういったものが、恋しているものだと感じたから。
だけど、二人の間に、まだ溝のようなものがあるように見えた。だから、私は蝋燭に魔法陣を書きながら、さりげない口調で語った。
エルフと人間の違いはたくさんあるけれど、私は後悔していないわ。愛する人に好きって言えることが、とてつもない喜びなんだから。……視界の隅で、ジェーンが頷くのが見えた。
丁度、店長が帰ってきたので、この話はおしまいになった。お店を閉める時間まで蝋燭を作り続けた結果、お祭りには間に合いそうな数になった。
帰宅して、夕食は夫の好きなトマトのブイヤベースを作った。それを見た夫は、何かいいことあったでしょとにやにやしている。彼にかかると、私のことは何でもお見通しだ。私は、返事の代わりに、そのおでこにキスをした。
おわり
***
メモ
ネエジアさんとスフィストさんは、私が知る限り、一番年の離れた夫婦だけど、いつも仲良くて微笑ましい。安息日は一緒に出掛けるし、子どもたちや孫たちとの交流も頻繁だ。
だから、故郷に帰れず、家族と会えなくなっても、彼女は幸せだと思っていたから、「そう言えるまで、結構な時間がかかった」という日記中の一言は、私の心をざわつかせた。誰も知らない彼女の葛藤が、そこに濃縮されているような気がする。
そんなネエジアさんだからこそ、ジェーンとアルベルトの関係が気になってしまったのだろう。私も直接会った時、二人の間には確かな信頼関係と言いようのない壁なものを感じ取ったから。
二人も、この先大きな決断をすることになるのだろう。その結果が、二人にとって、悔いのないものになりますように。
ノシェ
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