十一の月と十九日目
靴職人見習い ラーイア・トスタカド
「私、学校を卒業したら、町を出ていくの」――いつか、そう言われる日が来るとわっかっていても、たった一言で、僕は酷く動揺した。
なんとか取り繕ったけれど、あの瞬間、僕はうまく笑えていたのだろうか?
僕とルウネは何もかも正反対で、家が隣同士じゃなかったら、出会えていなかったのだろう。魔法が使えない僕と、幼い頃から魔法の才能を発揮していたルウネ。靴屋に生まれた僕と、高等魔術師の両親を持つルウネ。
それでも、物心つく前からの交流は、何の問題もなく出来ていた。僕が告白して、彼女が頷いてくれた瞬間も、そんなことは全く気にならなかった。
だけど、今になって、魔法が使えるルウネと使えない僕との溝が、だんだんと深くなっていると感じる。
ルウネは、魔術を用いる医者になりたいと、昔から話していた。僕は、その夢を応援しつつ、魔法が使えたら、同じ道を歩めるのにと悔しく思っていた。毎朝、彼女が大学に行くのを、店の準備をしながら笑顔で、でも寂しく見送っていた。
三の月で大学を卒業した後、医療魔法に長けている、隣国の大学院に進学するのだと、ルウネは話してくれた。
きっと、ルウネは良い医者になれる。それに比べて、僕はどうだろう。魔法でただの紙を浮かせることも出来なく、ただ、彼女が箒で飛行する姿を、家の窓から眺めるだけ。
ルウネが暮らす町へは、ドラゴン便の直通がある。伝達水晶で、毎日会話だってできる。でも、それだけじゃあ満足できない気がする。
僕は、一からの工程で、靴を作ったことがなかった。ならばせめて、真心を作った靴を送り、彼女へのはなむけにしたい。
新天地の石畳を、ルウネは新しい靴を鳴らしながら歩いている……そんな姿を想像しながら、今夜は設計図を描いた。
おわり
***
メモ
ラーイアさんとルウネさんは、お付き合いした当時から、私は微笑ましく読んでいたのだけど、とうとうこの日が来たのかと、重たい気持ちになってしまった。ルウネさんが、大学院への進学準備をしていたことは、彼女の日記に現れていたので、予想がついていたけれど。
ラーイアさんの日記からは、いつもルウネさんへの大好きで溢れている。デートした時の様子や彼女の表情が、たくさん描かれているから。そんな二人が離れ離れになるのは、すごく心配になってしまう。
魔法が使える人と使えない人の割合は、大体四対六だという。それでも、両者の間に差が出てしまわないように、魔道具とか魔法陣とかで工夫しているけれど、この二人のように、どうにもならないことだってある。
後天的に魔力を得る方法として、悪魔と契約をするというのがあるけれど……これは、大きな代償が必要なので、ラーイアさんもやらないと思う。
たとえ魔法が使えなくても、ラーイアさんは修業を重ねて、靴を作れるようになった。
今回のことで、自分の境遇を嘆き続けるのではなく、ルウネさんのために靴づくりを頑張ってほしい。
ノシェ
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