十一の月と十八日目
国立リアド大学異世界学教授 ミハイ・カーチズ
今回の授業では、なんと、王女様が参加なされていた。一番後ろの席から、伝達水晶越しにその姿を見ただけでも、非常に緊張してしまう。
異世界学は現在、大きく発展している途中の学問ではあるが、授業という形態で発表しているのは、すでに学生向けにまとめられた発見であり、王女様にとっては既知の情報であるはずだ。どうしてここに……と思いながら、私は授業を続けた。
その内容は、異世界への渡り方とそれに関する法律についてだった。王女様もご存じ通り、この世界とは別の世界の存在は判明しており、そこへ行く魔法も開発されている。
しかし、誰もかれもが自由に世界を渡ってしまっては、こちらの世界にもあちらの世界にも、損害が出てしまう。例えば、存在しない動植物を運んでしまう、あちらの世界の大人数の目に触れてしまったために混乱をきたす、異なるエネルギーが物理法則に影響を与えてしまうなどである。
これを防ぐために、異世界渡航は厳しく規制されている。異世界に渡りたければ、その理由を明確に説明し、多くの項目を達成し、あちらの世界で何をしていたのかを記録しなければならない。
よって、異世界に行ける魔法が開発されてから、百年以上が経つが、渡ったことのある人物の数は、八十三人だけだ。一年に一人、いるかいないかという計算になる。
そこまで説明し、「何か質問がある人は?」と訊くと、真っ先に王女様が手を挙げた。私は、彼女がこの瞬間を狙っていたのかもしれないと思いつつ、質問を促す。
「異世界から、こちらに渡ったことのある人はいますか?」……これは、なかなか難しい質問であった。
私の返答は、「いるのかもしれないが、証明されていない」というものだった。確かに、他の世界にも、異世界に渡る方法がある可能性は否定できない。
だが、「これは明らかに異世界から来たものだ」という物体や生物などは、発見されていないのが事実である。魔法を使えば、様々なもののルーツを調べることが出来るのだが、それによって、説明できない事象にぶつかったことは、今のところ一度もない。
もう一つの理由は、この世界の上で、異世界を渡った時に出る巨大な魔力が観測されたことがないというのもある。魔法の中で最も魔力を使うのが、異世界を渡る魔法だ。二番目に魔力を使う魔法の百倍にも及ぶ。
ただ、魔法の代わりに「科学」が発達した異世界も知られており、異世界を渡るのに、魔力を必要としない可能性もあるため、一概には言えないが。
私はそう説明し、王女様に「以上でよろしいですか?」と尋ねた。王女様は「よく分かりました」と頷いて、この話題はここで終わった。
とはいえ、この問答は、私にとって大きな刺激となった。これまでは、こちら世界からどう異世界に関わるかについて考えてきたので、あちらの世界からの訪問者に対して、どう対応していくのかを、研究者たちと協議しておくべきだろう。
授業は、こちら側が学ぶことも多いのだと、改め思い知らされた一日であった。
おわり
***
メモ
ミハイ教授のお爺さんは、異世界研究の第一人者で、世界を渡る魔法を開発した。お父さんは、その魔法に関する法律を整備した人物だった。
ミハイ教授は、祖父と父の研究成果を受け継ぎつつ、異世界観測を研究しつつ、学生たちに新しい学びの場を与えている。講義も、教授の話と学生たちからの質疑応答の時間が半々で、共に学んでいくという姿勢が強い。
今回の授業は、知っていることが多かったので、正直、伝達水晶の映らない場所で、本を読んでしまった。……本当はいけないことなので申し訳なく思う。
教授が見抜いた通り、私は質問をしたくて、今回の授業に参加した。その由来は、安息日に会った、ジェーンとアルベルトの話だった。
ジェーンが話していた、背の高い鋼鉄製の建物に囲まれた、魔法を全く使わない暮らしをしている学校の事が、異世界に渡った人による映像記録と同じだと気付いたからだった。
二人の旅路で見てきた、この世界ではありえない出来事や地形も、異世界のものだとすれば、全てつじつまが合う。だから私は、マイルニさんのように、彼女の話を虚言だと切り捨てられなかった。
ただ、教授によると、世界を渡れるほどの大きな魔力は、まだ観測されたことがないので、二人は別の方法で旅をしているのかも知れない。
それに、現在、異世界人への対応は、まだ定められていないようだった。だから、本人たちは悪意がなくても、犯罪者として捕まってしまう可能性もある……ジェーンとアルベルトのことは、私の胸の内にしまっておこう。
ノシェ
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