十一の月と十六日目


 ワラロン出版社文芸部門編集者 フランシス・スータラッタ


 セィシル先生の仕事場に行き、合鍵で開けて中に入る。その瞬間から、嫌な予感がした。

 廊下もその奥の部屋も、真っ暗だったから。さらに、不気味なほど、静まり返っている。


 書斎に飛び込でみると、明かりがなく、空きっぱなしの窓から入った風に、カーテンがそよぐ。やられた、と頭を抱えた。

 もしかしたらと一縷の望みをかけて、トイレやお風呂場も確かめてみる。結果、そこも無人だった。


 セィシル先生に逃げられた。締め切り日の逃走は、これで三回目だ。


 先生の弟子である、ミルルくんに連絡を取る。全く知らないという答えだった。ここで隠しても、良いことないよと脅してみるが、それでも返答は変わらなかった。

 次に、先生の自宅へ行ってみる。最初の逃走の時は、先生はそこへ逃げていたからだった。だが、そこにもいない。


 二回目は、行きつけの定食屋「三角帽子」へ逃げ込んでいた。しかし、そこにもいない。

 店員さんには事情を話したが、今日、ここには来ていないという答えだった。変装しているかもしれませんよと真剣に言ってみたが、そんな怪しい人はいなかったと、爆笑しながら返された。


 他にも、図書館、宿、公園など、先生が逃げて、現実逃避しそうな場所を回った。しかし、どこにもいない。まさか町の外に逃げたのかと思ったが、門番さんたちも見ていないという。

 万策尽きた。原稿を落としてしまった私は、減棒、いや、左遷されるかもしれない。そんなことを考えてしまうほど、お先真っ暗だった。


 「推理小説は、文章の中に答えが隠されているんだ」……先生が、そう話していたことを思い出す。

 それならば、先生の居場所も、先生の言葉の中に答えがあるのだろうか?


 必死に頭を働かせて思い出す。だが、先生が話題に出した場所や人は、全て捜索済みだ。他にも、何か先生が言っていたのは……。

 「犯人は、現場に戻ってくる、というのが、推理物の定石だよね」――打ち合わせの際、先生との雑談で、そんな話が出たのを思い出す。


 私は、先生の仕事場に戻った。そして、最初に探した時に見ていない場所も、探してみる。

 結果、先生はクローゼットの中にいた。しかも、器用なことに、立ったまま寝ていた。


 「いやー、ちょっと仮眠を取ろうと思っていただけなんだよ」というのが、叩き起こされた先生の弁解だ。絶対嘘だ。顔が膨れていても、目が泳いでいるのがよく分かる。

 「先生は最高の推理小説家なのですから、下手な嘘をつかないでください」と、おだてながら言うと、「それなら、君は最高の編集者だね」と返される。調子がいいものだ。


 締め切りを半日だけ伸ばしてもらって、先生に続きを書いてもらう。「もうちょっと、もうちょっとなんだよ」と言いながら、先生は、まだ物語を完結できていない。

 もうすぐ日付が変わる。私もまだ、解放されなさそうだ。


                 おわり






   ***






 メモ


 ワラロン通りに構えるワラロン出版社は、この国最古の出版社とあって、いつも精力的に、面白い本をたくさん世に送り出している。

 フランシスさんは、文芸部門では一番若い女性だけど、大きな仕事を任されている。推理小説家として、多忙を極めるセィシル先生の担当しているということでも、それは窺える。


 でも、最高の作品を書くセィシル先生には悪癖があって、いつも締め切りの日に作品を完成させることが出来ず、さらに、追い詰められると逃げ出してしまうのだ。実を言うと、これのせいで原稿が間に合わず、先生の担当を外された編集者が何人もいる。

 二回逃げられても、ちゃんと先生を見つけて、原稿を間に合わせているフランシスさんは素晴らしいほどに有能だ。きっと、百年に一度の人材なのだろう。


 とはいっても、今回はまだ作品が完成していないみたい。

 先生、フランシスさんのためにも、夜が明けるまでには完結させてくださいね。


                 ノシェ
















































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