十一の月と十四日目
執事長 マイルニ・オーアリイ
今月の三日からこの町に滞在している二人の旅人、ジェンスエト・ティ・ロレニトレ様とアルベルト・ハマンピスが、本日の昼に、ノシェ様と対面した。
場所は、場内の謁見室。私を含めた使用人の他にも、四名の騎士も室内に配置して、万全を期した状態だ。
メイドに案内されて入室してきたのは、ノシェ様と年の変わらない少年と少女だった。ジェンストエト様は装飾の控えめな黄色いドレス、アルベルトは黒い騎士服に身を包んでいた。
二人とも、正しい礼儀作法を身に着けているので、驚いてしまった。アルベルトには緊張が見て取れたが、ジェンストエト様は、ノシェ様の前でも堂々としていた。
オレンジの入った紅茶とクッキーを味わいながら、二人はここに辿り着くまでのことを話した。
ジェンストエト様は、ある日突然現れた怪物に命を狙われ、騎士のアルベルトだけを連れて、国を出たという。それから、七カ月の間、世界中を転々としていた。
ジェンストエト様は、自身の旅路を事細かに話してくれた。その土地にひと月近く滞在し、学校に通ったり、働いたりもしていたらしい。
しかし、その話には、解せない点がいくつもあった。機械によって空を飛ぶ「遊園地」という遊戯場、海底まで沈むことのできる乗り物、地平線の彼方まで砂が続く「砂漠」……その全てを、ノシェ様は「初めて聞いた」と断言した。
常に新しい知識を入れ続けているノシェ様が、知らない土地があるはずがない。私は、二人に疑いの目を向けた。
様々な嘘を並べて、ノシェ様を騙そうとしてるのではないのか? その割には、金銭などを要求していない。ジェンストエト様は虚言癖を患っていて、アルベルトはそれに合わせているのではないかと思った。
そんなジェンストエト様の怪しい話を、ノシェ様は、終始目を輝かせて聞いていた。「すごいわ」「素敵ね」……今まで、様々な旅人が来てくれたが、ノシェ様がこの二言を、これほど連呼したことはなかった。
ジェンストエト様も、ペラペラと胡散臭い話を並び立てて、得意になっていた。ノシェ様が、そんな彼女に「この町に永住しない?」と口にした時、表情が変わった。
彼女の顔は、深く地面に落ちていくような、暗いものになった。下を向き、唇を震わせて、「大変申し訳ないのですが、それは難しいです」と返した。
アルベルトも、不安があふれ出しそうな顔で、ジェンストエト様を見つめていた。この場でなければ、彼は何か、言葉をかけてやりたかったのだろう。
ノシェ様も、二人の苦悩を察したようで、「それは残念ね」とだけ呟き、これ以上の追求はしなかった。
そのやり取りの後、二人は帰えるために椅子から立ち上がったが、ノシェ様が、別れの挨拶の前に、「今月の最後の安息日に、町で祭りがあるので、一緒に見に行かない?」と誘った。
私は非常に驚き、出来ることならば、こんな怪しい二人に関わるのはやめて欲しかったのだが、ノシェ様の気持ちを尊重して、口を噤んだ。
それを受けて、戸惑ったアルベルトとは反対に、ジェンストエト様は、「ぜひ、お願いします」と笑顔で返した。
こうして、三人は約束を交わしたのだが、正直に申すと、私はノシェ様が心配でたまらない。
去年よりも、警備の数を増やそうかと、検討中である。
おわり
***
メモ
マイルニさんは、私が生まれた時からずっと世話してくれる人なので、両親と同じくらいに私を大切にしてくれていると分かっているけれど、ちょっと過保護すぎるんじゃないかと思う。
仮に、ジェーンに虚言癖があったとしても、私に危害を加えるつもりがないのなら、一緒に行動しても大丈夫だと思う。
でも、私は、ジェーンとアルベルトの旅は、全て嘘だったとは思えない。その根拠は色々あるけれど、まあ、置いておこう。
ジェーンが見てきた景色は、どれも素晴らしくて、聞いているだけでもわくわくしてくれた。同い年の友達ができた気分だったけれど、町に住むことは難しいみたいで、とても残念だった。
その代わり、祭りは一緒に、目いっぱい楽しみたいと思う。
ノシェ
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