十一の月と十二日目
ピアノ奏者 ヨーテル・コクラシェンコ
月に一度の王女様へのピアノ指導の日が来た。今日教えたのは、「季節風と
「季節風と驟雨」が作曲されたのは数年前だが、南の国の音階で奏でるので、結構難しい。ここの音階よりも、三音だけ少ないのに、なぜだか間違えやすくなるのだ。
僕は、この曲を他人に教えられるほどの腕前になるまで、実に半年かかった。拍子も独特なので、体に馴染むまで、何度も繰り返し練習した。隣に住んでいる女の子がこの曲を覚えて、鼻歌出来るほど。
しかし、王女様は、半日でこの曲を極めてしまった。確かに最初は苦戦していたけれど、音階の少なさと拍子に慣れてしまうと、あっという間だった。
「知識に飢えているというのは、まるでスポンジのように、何でも吸い込んでしまう状態なのです」――僕が、王女様のピアノの先生になる前に、執事のマイルニさんがそう説明してくれたのを思い出す。
久しぶりに、彼女のことを羨ましく感じた。王女様は、覚えるのが早いだけではなく、決して忘れないのだから、そんな能力があったら、僕も今の倍以上の曲が弾けるようになるのだろう。
そんなことを愚痴っても、しょうがない。僕には、僕の能力で、出来ることを増やしていくだけだ。
さて、明日からは、新しい曲の練習に入る。今度は、東の国の曲だ。こちらも難易度が高いから、王女様に披露できるようになるまで、頑張らないと。
おわり
***
メモ
「季節風と驟雨」は、とても素敵な曲だった。激しくもおおらかで、自然の恵みと脅威を感じるという不思議な魅力があった。
ヨーテルさんは、この国一番のピアノ奏者であるけれど、彼の日記を読んでいると、本当に努力の人だなと思い、恐れ入ってしまう。私にこの呪いが無かったら、彼のようにたくさんの曲を自分の努力だけで覚えることは、出来なかったと思う。
すぐに覚えて、決して忘れないことをヨーテルさんに羨ましがられたけれど、私はむしろ、ヨーテルさんのことが羨ましい。私は、新しいことを吸収することには長けているけれど、自分で何かを生み出すことは全くできないから。
例えば、ヨーテルさんは、場の雰囲気や自分の感情を、演奏に乗せることが出来る。でも私は、覚えた楽譜を再現することしか出来ない。「弾ける」だけでは、国一番の演奏者にはなれない。
……実を言うと、一度、創作に挑戦したことがある。でも、全然駄目だった。私の頭の中で考えたことは、すでに知っている知識なので、想像すればするほど、頭が空いていく感覚に、悩まされてしまった。
古今東西の知識を詰め込んでいる私が、新しいものを生み出せないなんて、何という矛盾だろう。私を呪った魔術師は、そこまで計算していたのかもしれない。
ノシェ
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