十一の月と九日目


 主婦 エーリカ・ホロロム


 夕方、主人が帰ってきた後に、一組の訪問客が現れた。それは、中等部くらいの少年と、近所に住んでいるモミザと愛犬のエルジェだった。

 少年の方は知らない顔だったが、連れている白い犬を見て、はっとした。随分大きくなっているけれど、うちで飼っているコミルの子供だったから。


 少年の名前はトーチと言い、犬の名前はリーだと言った。四日前にリーが逃げ出して、昨日、モミザの家に来ているのが見つかり、先程、トーチが迎えに来てくれたらしい。

 主人も合流して、トーチの父親の知り合いの知り合いのツテから、三年前、ここで生まれたリーを貰っていたということが分かった。


 二人と二匹は、コミルに会いに来たと話していた。私は、いいわよと頷いて、家の中に案内した。

 リビングの片隅、ブランケットの上で、コミルは蹲っていた。エルジェとリーが駆け寄ると、首をあげて、尻尾を微かに振る。


 コミルは不治の病にかかり、薬の投与は続けていても、じりじりと寿命は削れている。もう、立ち上がる元気はなくても、母として、子供たちの顔をしっかり見つめている姿に、涙が滲んだ。

 「リーが逃げ出したのは、運命だったのかもしれない」と、隣でトーチが呟いたのが耳に残った。


 親子三匹でずっと顔を見合わせて、何の話をしていたのか分からない。きっと、今までの思い出とか、最後の挨拶を交わしていたのかもしれない。

 名残惜しそうに彼らが帰った後、主人とコミルの背中を撫でる。この熱が失われる瞬間なんて、まだ考えたくなかった。


                 おわり






   ***






 メモ


 エーリカさんのここ最近の日記は、病床のコミルの様子を綴ったものが中心だった。子供が独立した後の夫婦にとって、コミルのことがどれだけ心の支えになっていたのかを、言葉だけで測ることは出来ない。

 三年前から、リーのことを知っていたけれど、コミルの子供だったことは初耳だった。親子が再会できて良かったと、心から思う。


 日記を読んでいると、辛い瞬間も、嬉しい瞬間も、いくらでも目にする。子供に会えたことは、コミルにとってはどうだっただろう。エーリカさんにとっては? コミルのいない未来を考えてしまったのかもしれない。

 私は結局傍観者で、出来ることなんてほんの少しだけ。だからその立場でも、コミルの残された日々が、穏やかであってほしいと願ってしまう。


                 ノシェ
































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