第四十二夜『笑い者の噺』

「あなた様、お顔が優れませんね」


「四十二夜は少し笑っていただきましょう」


『笑い者の噺』

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 それは少女がサーカスを見た日のこと。


「ボクの仕事はみんなを笑顔にすることだ。だからほら、お嬢さん。泣かないで」


白い顔をした赤鼻の彼は少女にそう言いました。しかし、幼かった少女には彼の格好は怖かったのでしょう。結局、彼女は泣き続けてしまったのです。

 ここまでが彼女の幼い頃の記憶。母と一緒に初めてサーカスを観に行った日の話でした。近所に住んでいたお兄ちゃんが


「これに俺の友達が出るんだ。ただ、俺は観に行けないから、代わりにお母さんと一緒に観に行ってくれないかい?」


と言ってサーカスのチケットを二枚くれたのでした。何を隠そう大好きなお兄ちゃんの頼みです。喜んでサーカスへと足を運びました。

 少女にとって初めてのサーカスはとてもキラキラして見えました。ライオンの火の輪くぐりに空中ブランコ、ジャグリング。心の底から楽しみました。ショーも大詰めになり、ピエロは玉乗りをしています。幼心に白い顔をした赤鼻のピエロは不気味に見えました。そんなことを思っていたらピエロは少女の方に近づいてきたのです。


「ハーイ!」


声高らかにピエロがそう言いました。


「お嬢さん!楽しんでる?」


彼女には白い顔の赤鼻のピエロは不気味に見えて泣いてしまったのです。


 少女が泣いているとピエロは乗っていた青と白のストライプの大玉から降りて言いました。


「ボクの仕事はみんなを笑顔にすることだ。泣かないでほしい」


そんなこと言われても少女は不気味なピエロに泣き続けました。


「ボクは未熟者だ。子供を泣かせてしまうなんて。わかった。ボクがキミを笑顔にできるようになったらまた会いに来てあげよう」

「約束さ」


そんな約束をしてサーカスは終わりました。

 その後、少女はお兄ちゃんにお礼を言ったのでした。


「その約束叶うといいね」


彼はそう言ってくれたのです。ピエロとの約束の話をしました。それと一緒にピエロを見て泣いた話も。

 それから十数年が経って、彼女は彼と付き合っています。思いきって告白すると


「別にいいけど、つまらないと思うよ?」


あっさりとそう言いました。

 今日は映画を見る約束をしました。彼女が前から観たいと思っていたラブストーリーのチケットがとれたらしいとのことです。映画館の近くの公園で待ち合わせをしようということになりました。しかし、彼女は慣れないヒールを履いたせいで五分くらい遅れてしまいました。


「ごめん、待たせて」


彼女がそう言うと彼はわざとらしく


「待ってないよ。今来たところ」


わざとらしくそう言いました。わざとらしいと彼女が言うと


「わざとらしいってなんだよ。事実だからね」


そう言って二人で笑いました。

 二人は映画館へ歩き出しました。


「映画楽しみだね」

「あー、そうだね」


彼は少し適当に相づちをうっていました。彼が唐突に話し掛けてきました。


「まだ映画が始まるまで時間あるよね?」


確かに映画まで一時間以上あることを時計は指し示していました。


「そうだよね。じゃあちょっと寄り道していい?」


真意は分からないものの彼について行くことにしました。

 彼女は目を疑いました。


「何って宝石店だけど?」

「強盗しようとかじゃないからね」


彼はおどけてそう言って、続けました。


「指輪。一緒に決めよう」

「普段はみんなを笑顔にしてるけど今日は君だけを笑顔にしたくて」

「今日まで待っててくれてありがとう」


片膝をつく男はみんなに笑われました。

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「お噺はここまで。現代の物語ですね」

「年の終わりに笑うものではありませんね。罰を受けてしまいます」

「またいつでも語りましょう。紡ぎましょう」



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