第三十七夜『優柔不断な男の噺』

「本日のお噺は何に致しましょうか?語り部としてどんな物語でも、あなた様が望むなら語りましょう」


「決めきれませんねぇ……三十七夜は私と似たような男の物語をひとつ」


『優柔不断な男の噺』

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 むかしむかしあるところに四人家族がおりました。父と母と二人の息子でお世辞にも広いとも言えず、きれいとも言えない家に暮らしていました。家が裕福ではないので仕方のないことです。それでも、この家族は全員が家族のためなら自分はどうなっても構わないと思って行動できるほど愛に溢れた家族でした。


 その日は月に一度だけ、近所のレストランで外食にする日でした。母親と子どもたちが着替えを済ます中、父親は悩んでいました。


「ねぇ、お母さん。この黒い服のほうがドレスコードに合っているだろうか?それとも紺色のほうが凛々しくて格好いいか?」


父親はひどい優柔不断でした。レストランに着いてからも何を食べようかひたすらに迷いました。彼以外はもうすでに料理が運ばれており、食べ始めているというのに、父親だけはメニューを迷い続けました。もうこの家族よりずっと後に来たお客さんはとっくに帰っています。

 父親の優柔不断さはいつものことだったため母親と息子たちは自宅へと帰っていきました。


「うーん。パスタも美味しそうだなぁ。でもこのロースト肉も食べたいんだ。でもそんなにウチには余裕が無いんだ。君の言いたいことは分かっているさ。何年君と夫婦だと思っているんだい?」


彼はそんな独り言を言いながらメニューを見ます。隅から隅まで確実に見落としがないように、そして、迷うのです。


「優雅に紅茶を飲むのも紳士らしくていいだろう?しかし、大人の男ならワインを嗜むものだよ。私の息子たちもいずれこうなるのか。感慨深いものがあるよ」


そんなことを呟きながらメニューを見ます。その時、何を食べるかは一切決まっておりませんでした。

 レストランの営業時間はとっくに過ぎました。その日はきっといつもより優柔不断だったのでしょう。それから先の日も彼は壁際の席で動こうとせず、動かない男としてレストランの名物になりました。かつての妻だった女は愛想を尽かし二人の子どもを連れてどこかへ消え、それでも迷い続けた男はメニューを開いたまま骨だけの存在になりました。

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「お噺はここまで」

「お土産を迷っていると時間が速く過ぎませんか?迷いすぎて死なないようにだけご注意ください」

「またいつでも語りましょう。紡ぎましょう」

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