第三十二夜『蘭の花と温室の噺』

「さぁ、今宵も語りましょう」


「今日は少し楽しめるでしょう。三十二夜」


『蘭の花と温室の噺』

_____________________

 むかしむかし、ある国には花を愛する人がおりました。いつの時代だろうが、どこの国であろうが花を愛でることは、限られた余裕のある高貴な人間しか不可能なものでした。自分で種を蒔き、豪華な温室で丁寧に丁寧に育てて花が咲くまで待つのです。花を育てる者にとって最も喜ぶべきこと。それは蘭の花を育て上げ、自宅の玄関に飾っておくことです。自分の美しい花を見せびらかしたい人の性というものです。

 彼もまた蘭の種を蒔いた一人でした。


「種は蒔いた。芽も出てきている。あとはこの温室が彼女にあっているかどうかの問題だ」


庭師が育てることにしたのはレナンセラと呼ばれる蘭の花。男はただひたすらに可愛がりました。そのおかげもあり、蘭はそれは美しい花を咲かせました。


「お前の名前は呼びやすいようにレナにしよう」


そう言って大事に愛を込めて育てました。

 しかし、ある日のことです。問題が起こりました。男の持っている温室は豪華ではあるものの成長した花を押し込めておくには狭いと思ったのです。そのため、よく知っている人の家の玄関に飾ってもらうことにしました。愛情を湯水のように与えた花がいなくなるのは寂しいですが、自分が育てた花が他人のもとへ行っても、それはそれで誇らしいことだと思いました。悩むべきなのはここからです。男の知人が飾っている桔梗の花の隣に我が子と言えるレナを植えましたが、元気がなさそうなのです。

 この蘭も桔梗も温室で育ってきた美しい花です。枯らすことはしたくありませんでした。


「花というのは本来なら地面に根差し、自然とともに生きるものだろう。いい環境を用意してもこれではいかんな」


そう思ったので、蘭を育てた家の庭に植え直してあげることにしました。


「温室育ちのお前に生きられるかい?」


そんな心配なんてつゆ知らず、ぐんぐんと成長しました。ですが、彼の嫌な予感は的中しました。実に生命力に溢れる花が雑草に栄養を盗まれていたのです。

 だんだんと花は萎れていきました。


「だからあの時に桔梗の隣で生きる覚悟をしとけば良かっただけなのに」


そう言った彼の目には、一週間が経ち枯れきった蘭の花とその周りに元気にはびこる雑草が茂っておりました。

_____________________

「お噺はここまで」

「少しは理解していただけましたか?私の意図について」

「明日もまた枯れない程度に美しく語りましょう。紡ぎましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る