第三十夜『鎖の噺』

「毎夜のように言葉を紡ぐというのは私が語り部であるために可能ではありますが、少しばかり縛り付けられているようで苦しいです」


「今宵は三十夜、あなた様を共に締め付けて……」


『鎖の噺』

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 その昔、原っぱに自由を愛する蝶々がおりました。幼虫として葉っぱの上に生き、さなぎとして静かに、眠るように、それでいて大人になるまでの期間を過ごしました。彼女が卵から這い出たとき自分以外の蝶々は空を舞っておりました。他にも空に生きる虫や大きな翼で空を進む鳥たちがおりました。自分が産まれたということは親は空を舞う蝶々です。彼女は母親のように愛情深く我が子を育てられるようになりたいと思いました。第三者の大人たちから見ればいくぶん彼女はませた子どもとなるのでしょう。しかし、そんな願望を持つことがませていたとしても種の保存や生存において子どもを育て上げることは、生物の一生において鎖のようにそれを縛りつける鎖のようなものでした。

 自分の子どもを持つ、良い母になる。そんな願望が彼女自身のものではなく、生物として半ば強制的に自由を奪われていることなど知りませんでした。


「今日もお腹がすいたから美味しい蜜を食べましょう。まだ、この身体には慣れないわね」


彼女はぎこちない動きで花の蜜がある場所まで向かいます。


「子どものためには栄養をとらないとね。子どもも産めないし、きれいな翼で空を舞えなくなるしね」


そんな独り言を言っている最中、何かにぶつかりました。木の枝にぶつかった訳でも他の虫にぶつかった訳でもない。彼女の真上には蜘蛛が顔を覗かせていました。

 蝶々に絡まるのは、ぶつかるよりも痛みのない細くて白い何か。薄緑色にひかる翼はもう空を舞えなくなったことを告げるかのように動きません。まぁ、翼と言えど羽毛がある訳はなく、母と同じ翅を持っていただけですが。

 彼女が苦しんでいると蜘蛛が口を開きます。


「なあ、俺と一緒になってくれないか?子どもが欲しいんだ。美しいお前との子が欲しい。親子として暮らしたい」


蝶々は自分がとうとうおかしくなったと確信しました。蜘蛛がたて続けに言います。


「もっと手っ取り早く言おう。伴侶にお前が欲しい。一生だ」


 おかしい。実におかしいのです。普通なら蜘蛛が蝶々を捕まえたら補食します。それが生きていくための妥当な鎖です。彼女の母親のようになるという願望はまた自分のような愛に満ちた蝶々を大事にしたい。その一心で生きてきました。それなのに蜘蛛の男に捕まって、あまつさえ恋心も芽生えてしまった。種を繋げていくための鎖を新たな糸のような鎖で腐蝕させてしまいました。彼女は今も昔も縛られていましたが、常に幸せそうでした。

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「お噺はここまで」

「自由を求めるのに自由にさせられると困りませんか?あなた様はそっちの口だと思います」

「存外、縛られるのも悪くないものです。またいつものように語りましょう。紡ぎましょう」

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