第二十九夜『優れた耳の噺』

「世の中には盲目の音楽家というものが一定数おりますが、必ずしもいいことでは無いのですよ」


「素晴らしい音楽を奏でる第二十九夜」


『優れた耳の噺』

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 むかしむかしあるところに一人の少年がおりました。その少年は生まれつき目が見えませんでした。自分を産んだ母親の顔も、悪いことを叱ってくれる父親の顔も、甘いにおいのする花の色も何もかも知りませんでした。そんな少年は目が見えない分、生活のすべてを耳に神経を注いで生きておりました。周囲の人々の迷惑にならないように喋っている内容を聞き逃さないように努めました。人が近づく際の足音も、誰が向かってきているのかが分かるほどに感覚が鋭くなっていました。

 常人と比べたら劣っている少年には気を休められるような時間がほぼありませんでした。ひとつだけ彼が心を安らげるのは音楽を聴いている時だけでした。目の見えない自分でも音楽であれば飯を食えるのだろうか?半ば夢物語を描きながら少年は音楽家を志します。彼は手始めにピアノで新たな自分だけの曲を書き上げようとしました。その結果として、少年でありながら既に並みの人間が一生働いても届かない大金手にしました。

 本当に音楽で飯が食えた。それどころか一生遊んで暮らせると少年は思いました。しかし、金儲けのためでは無く、純粋に音楽を極めたい気持ちがありました。


「僕は目の代わりに耳が良くなった。今よりも音楽を極めるように耳の能力を上げるにはどうすればいい?」


答えは簡単でした。他の感覚をすべて聴覚につぎ込めば良いのです。

 彼は大きな屋敷へと帰り、キッチンへ向かいます。ナイフを手に取り、鼻を切り落としました。それによって彼の音楽は更に洗練され、他の音楽家の追随を許しませんでした。しかし、それでも彼は満足できませんでした。これ以上に良いものが作れる確証なんてどこにも無いのですが。

 彼は自身が稼いだ金をすべてつぎ込み、代行者という闇の者に依頼します。


「より良い音楽をつくるために我が四肢をもいでくれ」


音楽家は手足をもぎました。自ら望んでです。常人から見れば狂気に溺れたと思うでしょう。事実、彼の耳の能力は人ならざる者として恐怖する人間もおりました。ピアノが目の前にあっても何もできない一つの首が後世に語り継がれる曲を書き上げ続けたのでした。

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「お噺はここまで」

「頭がおかしい。耳もおかしい。目もおかしい。天才はおかしい所ばかりですね。呆れますよ」

「私は凡人ですが、語りましょう。紡ぎましょう」

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