第二十二夜『芸術家と音楽家の噺』

「本日お話しするのは才能溢れる者についてです」


「才能があるが故に苦悩する二十二夜」


『芸術家と音楽家の噺』

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 あるところに一人の芸術家の男がおりました。彼の描く油絵にはそれはきれいな女性の姿がありました。しかし、時代の流れには乗れず、自分の周囲の芸術家たちは風景画を描くことで飛ぶように売れていきます。一人取り残されながら自身でも下らないと思えるプライドのせいで何も変われないままでした。

 そんなある日のことです。彼はいつものように絵のモデルを探していました。


「君さぁ、私の絵のモデルにならないか?」


その女性は長い赤毛を揺らしながら振り返りました。彼は自分の想像していた数倍美しい人が現れたので、意識がどこかに飛んでしまいそうになりました。


「え?貴方は画家さんなの?私なんかが貴方の助けになるなら喜んで」


彼は絵を描き始めました。

 彼女を椅子に座らせてキャンバスに油絵の具をのせて数日が経ちました。彼にとっては人生をかけた作品になるのでしょうか。彼の期待に応えるように己の筆も進みました。しかしながら、目の前にいる美女には、ただ座らせているだけでした。

 流石に気まずくなった彼は世間話のひとつでもしようとします。


「座らせてばかりで申し訳ありません。お仕事などあるのではないですか?」


画家として普段なら使うことのない丁寧な口調で問いかけました。


「お気遣いありがとうございます。私は少し音楽のことを生業にしていたのですが、耳がそろそろ使えなくなるだろうと医者から言われているのです」


つまり、実質的に彼女に職は無いのです。そしてそれは彼にも耳のいたい話でした。年齢なのか豊かな色彩を見すぎたせいなのか視界がぼやけて見えるのです。医者にもそのうち使い物にならなくなるということは再三言われていました。

 彼は会話を交わした後にキャンバスを放り投げ、筆も絵の具も何もかも。


「今から君のお家に行ってもいいかい?私の目が使えなくなる位までだからね。どうせすぐにどっかへ行ってしまうよ」


彼女の家に暮らしはじめました。音楽家に油絵を教えることにしました。


「どうせ目が見えなくなるから君に託そう」


彼はその変わりに彼女からピアノの弾き方を教えて貰うことにしました。目を失う者と耳を失う者の傷を舐め合うような色と音に溢れた半年を暮らしました。

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「お噺はここまで」

「五感と感情は反比例するのですかね」

「また語りましょう。紡ぎましょう」

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