第十一夜『医者と果実の噺』

「さて、本日は果物の噺でもいたしましょうか」


「素敵な果実の十一夜」


『医者と果実の噺』

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むかしむかしのとある時代。その時代には人が老いることはありませんでした。いつまで経っても死にません。なぜなら、その地には真っ赤な甘い果実があったからです。人々はそれを口にすることにより、老いることの無い。死ぬことの無い身体になったのです。

 しかし、ひとつだけ難点を挙げるとするならば傷は自分で治さないといけないということでした。もし、崖から落ちてしまうことがあれば十中八九死んでしまいます。なんせ何度も生き返る不死や鋼鉄のような不死身の肉体を持っているわけではないからです。赤い果実は病気をしないことと老いないことで、この地の人々の支えとなってきました。すりおろしたり、動物を模して切ったものも人気でした。

 ですが、最も人気だったのは果実を使用したパイでしょう。道端でパイを売るクリスティは皆から人気でした。


「パイは要りませんか?美味しい美味しいパイ。今朝は特別上手く焼けたんですよ~」


年齢は十三歳ほどでしょうか。黒く長い髪を揺らしながら行き交う人々にパイを売ります。


「おお、クリスちゃん。パイをふたつ売ってもらえるかい?クリスちゃんのパイは美味しくてねぇ。長生きできそうだよ」


そんなやり取りはもう一万回をゆうに越えていることは二人とも理解しているでしょう。

 そんな赤い果実とクリスティを許せない者がおりました。彼は白い服に身を包む医者でした。医者の仕事とは大きく分けてふたつ。ひとつ目は病気を治すこと。そしてふたつ目は傷を治療すること。この地に成る赤い果実で人々は老いることがありませんし、病気をすることもほぼ無いと言って過言はないでしょう。この地では医者の仕事は意味が無い。そう言われているようでした。

 そんなことを言われたって彼も生きています。生きていればお腹が空きます。食べ物はお金で買わなければいけません。そこで医者は思い付きました。


「果実に死の呪いをかければ仕事ができる」


医者は手始めにクリスティが作るパイの原料に微量の薬を入れました。パイを作る日には必ず欠かさずに。そして、赤い果実の木の根元にも粉末の薬をあげつづけました。

 医者は長い年月を掛けました。しかし、死の呪いはかけられずじまい。果実を食べた人々はまだ何十年かは死なずにいるのだろうと思いました。医者はまだまだ生活していくのには大変なようです。

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「お噺はここまで」

「この果実のことはよく知らないのです。一体どんな味がするのでしょうか?」

「炎のように赤く、焼けるように熱い。素敵です。この果実のように明日も語りましょう。紡ぎましょう。」

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