第九夜『ケーキ屋の噺』

「唐突ですが、私は甘いものが食べたくなりました」


「今宵は昔ばなしではありませんが第九夜です」


『ケーキ屋の噺』

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 もう日付が変わりそうになる程の時間にそのケーキ屋の店主は安堵の表情をしておりました。翌日の仕込みももうすでに終わっており、ケーキもすでにほぼ無くなっています。


「これで廃棄になってしまうことはないだろう」


 そんなことを考えていると店の扉が何者かによって開けられました。店主はその人物にしっかりとした見覚えがありました。


「久しぶりだねぇ。ウチに来てくれるのは一年ぶりとかかい?」


その深夜の来客とは、昔からこの店でケーキを買っていく青年でした。話を聞いてみると今の仕事が忙しいので店に寄る時間が無かったということでした。

 今の仕事は賃金は安く、わりに合わない仕事だと言っていましたが、それはケーキ屋も同じです。ただ、店主のやりたいように、店主の勝手で店をしているだけの違いでした。


「葬儀屋のひとたちはこんなに惨めな生活していないのに」


青年はそう言い、店主も確かに納得しました。しかし、ケーキ屋をしている店主には思うところもありました。医者や葬儀屋は食いっぱぐれが無いのです。病気の人も死んでしまう人も毎日出ますから。そして、葬儀屋はもう一度行くことがありません。一度利用するということはその人はもう死んでいるのです。

 一度限りの悲しみを家族や友人からの悲しみを耐えられる訳が無かったのがケーキ屋の店主です。人が産まれ、一年になればケーキを食べるのです。毎年誰かが、毎日どこかで。またそれを見て、毎年のように毎日のように家族や友人が喜ぶような職業がケーキ屋であると店主は気づいたのです。

 働いて働いてボロボロとなった青年に声を掛けます。


「君が大好きなイチゴのショートケーキがたまたま一つあるんだけど食べるかい?」


「なんでって君の誕生日じゃないか。日付が変わる前で良かったよ。これでもお客さんの誕生日は覚えてるよ」


そう言って青年を無理やり椅子に座らせます。


「ほら、誕生日くんは好きなだけとっていいよ。コーヒーと紅茶どっちがいい?」


甘いかおりに包まれて夜は更けていきました。

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「お噺はここまで」

「明日は甘いものの一つや二つ持ってきて頂けると語り部も頑張りますが……」

「期待するだけ時間の無駄ですかね。また明日も語りましょう。紡ぎましょう」

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