第六夜『大いなるアゾラクの噺』

「また眠れないのですね。ところであなた様は海と空のどちらが好みですか?」


「今宵は第六夜」


『大いなるアゾラクの噺』

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 むかしむかし、その大地は乾いていました。地の色も空の色もろくにない世界だったのです。そこには三種類の生命がおりました。魚と鳥と人の三種類です。魚は水が無いことを嘆き、鳥は空が暗いことを嘆き、人は食物が無いことを嘆きました。

 そんな恵まれない大地に遥か上の世界から悲しむものがおりました。それは下の大地で必死に生きている生命たちに感動と同情の混じった涙を流しました。一晩中大泣きしたそれの涙は大地の窪みへと溜まり、大きな青い海ができました。そして出来た海を見て、魚たちは


「ようやくこの地に海ができたぞ」


口々にそう言いました。

 魚たちと鳥たち、そして人々はきっと神様が青い海を与えてくれたのだろうと考えました。彼らは神のために青い海の近くで宴の準備をしました。その様子を遥か上から観察していたそれは自分のためならと下の大地の宴へと参加します。魚も鳥も人も粒のように見えるそれは彼らから讃えられました。


「おお、あなたが青い海を作ってくれたのですね」


人はそう言います。それは樽に入った酒を飲みながら話を聞き流します。

 宴の最中に鳥たちが言いました。


「大いなるあなた様。私たちの空にも魚たちに与えた海をくださいませんか?」


鳥たちの言葉を聞いたそれは酒を口に含み、空へと吹き掛けました。その中心からじわじわと海と同じ青色の空に変わっていきます。大いなるアゾラクという名前がそれには付けられ、アゾラクへの感謝の宴は一晩中続きました。明朝に人々が目覚めると、一面の青空を鳥たちが羽ばたいておりました。


「ようやくこの地でも青空が拝める」


鳥たちは口々にそう言いました。


 青い海と青い空ができましたが、人々には問題がありました。食料が足りないのです。狩猟するにも生物は少ない。選択肢は農耕を始めるほかありませんでした。ただ、海の周辺では大した量を収穫できません。

 人々は河川を作ることにしましたが、海の水が減ってしまうため困っていました。すると一人の青年はこう言ったのです。


「アゾラクの血でも注げば河川を作る分の水は確保できるぞ」


人々はさっそく大地に深く、長い長い溝を作った後にアゾラクのもとへ行きました。まずは槍で突き刺し、剣で切りつけました。アゾラクの厚く、大きく、同時に固い外皮のことは気にせずただ、攻撃をする。何度も、何度も切りつけ、アゾラクは動かなくなりました。一晩かけてアゾラクのすべての血は海と混ざりながら、人々が掘った溝へと流れます。朝日が昇り


「ようやく私たちにも青い川が流れたぞ」


人々は口々にそう言いました。

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「お噺はここまで」

「青も赤もそう大差ないのかもしれません」

「また語りましょう。紡ぎましょう」


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