第四夜『炎吐く猫の噺』

「またまたお会いできました。これは運命でしょうか?……失礼いたしました」


「今宵は動物の物語にでもいたしますか。第四夜」


『炎吐く猫の噺』

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 むかしむかし、ある娼婦は猫を飼っておりました。娼婦というものの在り方はいつ、どこの国でもそう大差が無いでしょう。彼女の暮らす場所では遊びの女としての存在意義が強くありました。そのためか人々は「遊の女ゆうのめ」という名で彼女らを呼んだそうです。

 遊の女たちが働くのは当たり前ですが、夜の帳が降りた頃です。暖まる炎もろくにありません。部屋にあるものと言えば、本能をむき出しにする獣のみです。遊の女のなかにも人であることに苦しみ、望んで獣へと堕ちる者も少なからずいます。

 獣たちの営みは寒さなど忘れさせるほどに熱い、熱いものになります。


「タマ~、わっちのこと暖めてくれんか?客が来ないと寒くて敵わん」


その遊の女も望んでここまで堕ちてきた獣です。暖を取るための手段としてタマという猫を飼っておりました。


「おー温いねぇ。フワフワの毛並みだけどどうやって暖を取っているんだい?もしかして、その体のなかは火でも燃えているのかい?」


 そんなことを言ってくる主人をタマはやかましくも思い、同時に好いておりました。飼い主と飼い猫。人間と獣。決して、同じ言葉は話せない。だけれどもこの場所なら、あの女も自分と同じ獣になっている。そんな、端から少し可笑しな関係がタマには心地よかったのでしょう。

 しかし、ある日を境に遊の女が何処かへ消えてしまいました。いつもと変わらず夜の帳が降り、寒そうな黒い空を月明かりが暖めているかのような美しい日に、飼い主が消えてしまいました。タマは知っていました。暗いは寂しい。寂しいは寒い。明るいは暖かい。暖かいは寂しくない。繰り返し呪文のように唱えました。

 タマは人間のような知性はありませんが考えました。今の見つけるのは獣です。自分と同じ獣を見つけるためには夜に活動すればいい。そう考えました。そのうち主人は自分の体で暖を取るために帰ってくる。暖かいためには明るくならなければいけないと気づきました。

 数年の間、一匹の獣は一人の獣を求めて夜を彷徨いました。通る道の灯りをすべて喰らい、暖かさのためにその獣は火事の中に入っては炎を喰らいました。月が綺麗な夜には時折、獣の唸り声と大きな火柱が見えるそうで、タマの行方も遊の女の行方も分かってはおりません。

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「お噺はここまで」

「たまには動物もいいものでしょう?」

「またいつでも、語ります。紡ぎます」


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