第56話 那津男

 娘の亜希子が退院することになったというので、病院まで迎えに行った。


 相変わらず、出かける時には監視付きだ。

 まだ、外に情報を漏らされては困るそうだが、いつまでこんなことが続くのだろう。


 今日の監視役は、女性SPのような佇まいのレイアという女性だ。

 一応、亜希子の護衛が目的だということだが、亜希子に護衛なんかいらないだろう。

 監視役であることは間違いない。


 そう思っていたのだが、病院で手続きを済ませ、車で家に向かっている途中で事件は起こった。


 突然、前を走っていた車が急停車し、こちらも止まると、車から降りて来た二人が、亜希子を攫っていったのだ。

 私とレイアは、催涙スプレーを吹きかけられ、それを止めることができなかった。


 私は、監視役のレイアがいたが、構わず百十番通報をして警察を呼んだ。

 レイアから何か言われるかと思ったが、レイアは何も言わずに、姿を眩ませるでもなく、警察官が来るまで私と一緒に待っていた。


 もしかすると、護衛なのに、何もできないまま亜希子を攫われたことに責任を感じているのだろうか?

 ただそれは、父親の私が、娘を守れなかったことを情けなく思っていたので、そう感じただけかもしれない。


 警察官が到着すると、現場で事情を聞かれ、その後、警察署に来るように言われた。


 警察署では、私とレイア、別々に事情を聞かれることになった。


 個室に案内されると、後から私服の刑事がやってきて、案内してくれた制服の警官と交代した。


「井戸川那津男さんですね。公安の前山といいます」

「公安?」


 刑事でなく公安だった。

 しかし、なぜ公安だ? 誘拐事件だから、刑事事件だろう。


「今回の娘さんの誘拐は、国家の安全に関わる重大な案件なもので」

「亜希子の誘拐が、国家の安全に関わる?」


「異世界人に監視されている、井戸川さんならご理解いただけると思いますが」

「異世界人のことを知っているのか?」


「日本政府とは、水面下で接触が始まったところです」

「それと、娘の誘拐が関係しているのか?」


「井戸川さんは、娘さんに特別な力があるのをご存知ですか?」

「いや、亜希子に特別な力なんてないはずだが――」


「実は、いつも同じ場所に見えているあの月、亜希子さんが創り出したそうですよ」

「何を馬鹿な。そんなこと、できるわけないだろう」


「私もそう思っているのですが、異世界人は魔法を使うそうです。それと、似たようなものらしいですよ」

「魔法か……」


「もっとも、異世界人でも、魔法で星を創り出すことはできないそうです。ですが、異世界人は星を手に入れたいと考えています。そうですよね?」

「確かに、向こうの王子がそんなことを言っていたな」


「そうなると、異世界人としては、亜希子さんのことを手元に置いておきたいことでしょう」

「情報漏洩を防ぐためだけの監視ではなかったのか――」


「日本政府としては、亜希子さんの力の有無にかかわらず、異世界人との交渉が済むまでは、異世界人から干渉されない、安全な場所に居てもらうことになりました」

「そんなこと言っても、亜希子は誘拐されてしまったんだぞ……。まさか、お前たちが攫ったのか?!」


「亜希子さんは、外国の情報機関からも狙われています。個人では守りきれませんよ」

「公安はそこまでするのか!」


「あれは、異世界人に監禁されていた亜希子さんの救出作戦です」

「物は言いようだな」


「何事も、国家の安全には代えられません」

「私にとっては、国家の安全より亜希子の安全だ! 亜希子の安全は保障されているんだろうな」


「国民の生命と財産を守るのが我々の仕事です」

「答えになってないだろう」


「亜希子さんも大切な国民の一人ですよ」


 それも答えになってないが、さっきから答えを微妙に、はぐらかされているな。

 これ以上は言っても無意味か。


「私たち家族はどうなる?」

「今まで通りの生活をお願いします。異世界人からの監視は続くかもしれませんが、行動の制限はなくなるはずです。監視の目的が、亜希子さんの居場所を探ることに変わることになりますから」


「亜希子と会うことはできないのか?」

「亜希子さんの安全を確保するためです。それはできません。申し訳ございませんが、連絡も控えていただきます」


 亜希子の安全のためだと言われれば、それ以上のことは言えなかった。


「ところで、監視役の彼女はどうなる?」

「一応、監禁容疑で取り調べますが、何も喋らないでしょう。向こうから要請があれば、そのまま解放ですね」


「彼女に酷いことはしないで欲しい」

「やだな。日本は法治国家ですよ。そんなことするわけないじゃないですか」


 何が法治国家だ。異世界人は人間じゃない、と言い出しかねないくせに。


「それにしても、監視役の心配をするとは、意外です」

「いや、護衛役でもあったらしいからな。ただそれだけだ」


 監視は煩わしかったが、それ以上でも以下でもなかったからな。

 それに、結局、亜希子も監視者が代わっただけにすぎないわけだからな。


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