第53話 信仰の対象

 それから、山の中をさんざん走って、やっと目的の村に到着した。

 途中の山道は、舗装もされておらず、車一台が通るのがやっとといった感じだった。


 廃村と言われたので、朽ち果てた村を想像していたが、いくつかある家は、古いがきちんと手入れされていて、生活感があった。

 六実さんのような人が住んでいるのだろう。


 庭は畑にされていて、野菜が作られていた。

 ここから、買い物に行くのも大変だろうから、野菜くらいは自給しているのかもしれない。


 家々より少し高い場所に大きな屋根が見える。

 あれが、本院なのだろう。

 車はそちらに向かっている。


「何もありませんが、慣れれば住み良いですよ」


 六実さんが話しかけてきた。

 確かに、お店らしい物は見当たらないし、娯楽施設などもないのだろう。


 私としては、今までなら、星が綺麗に見られそうで万々歳なのだが、今は星がないからな――。

 どうしても、その分、魅力に欠ける。


 村に戻ってきて、安心したのか、六美さんが饒舌に村の案内をしてくれる。

 六実さんの案内を聞いているうちに、山腹のお寺に到着した。


 お寺で待っていたのは近所でたまに見かける人だった。

 名前はたしか、藪原さんといっただろうか?

 自分のことを拙僧と呼んでいたから、お坊さんだと思っていたが、このお寺のお坊さんだったのか?


「アキコ様、よくご無事でお越しくださいました。ご存じないかもしれませんが、拙僧は、アキコ様の住んでいる地区を任されている藪野千里と申します」


 藪原でなく藪野だったか。


「ご無事でって、誘拐しておいてそれはないんじゃないの?」

「誘拐なんて滅相もない。拙僧どもはアキコ様を異世界人から救出したまでです」


「異世界人から救出というなら、お父さんや家族はどうなるのよ!」

「それについては、拙僧どもの力不足で申し訳ございません。ですが、神の力を持つアキコ様を優先せざるを得なかったのです」


「神の力って……」

「星を創り出す力は神の力に違いありません。ましてや、この星が無い世界において、それは創造神の力、異世界人に渡すわけにはいかないのです」


「星を創り出す力なんて使えないわよ」

「あの月をアキコ様が創り出したことは存じ上げています。そのせいで眠り続けていたことも。ですので、拙僧どもは、アキコ様に星を創るように強制はいたしません」


 この人、私の置かれている状況をほぼ正確に把握しているのね。

 誘拐といい、ただのお寺がやることじゃないと思うのだが、どんなお寺なのよ!


「それでは信仰の対象にならないんじゃ無いの?」

「もちろん、無理のない範囲で力を使ってもらえれば、それに越したことはありませんが、事実として、一度月を創り出しているのですから、それで十分です」


「私、信仰の対象になる気はないんだけど」

「まあ、そう言わずに、ぶっちゃけ、お給金も出ますし、週一、無理なら月一でも信者に顔を見せていただければ、あとは自由にしていてくださって構いませんよ。ここに住んでいただければありがたいですが、通いでも構いません。もちろん、その場合は、送り迎えもいたします」

「お給金って、どれくらい?」


「そうですね。週一なら一月これくらいで、月一ならこれくらいでどうでしょうか?」

「そんなにもらえるの?! 一桁間違ってない?」


 藪野さんが懐から取り出したスマホの電卓で示した額は、学生がアルバイトで稼げる額ではなかった。


「これで、間違いありませんよ。もちろん、こちらに住んでいただけるなら、この他に、衣食住はこちらで準備いたします」

「食事も付くの?」


「朝昼晩三食と、おやつも用意させましょう」


 これって、大学に進学する必要ないんじゃないだろうか?

 もう、受験勉強しなくて済むと考えたら、このままここに住んでしまいたい誘惑に駆られてしまう。


「少し考えさせてください」

「ゆっくり考えていただいて構いませんよ。今夜は、こちらにお泊りください。身の回りの世話は山都さんにさせましょう」


「アキコ様、なんでも申し付けください。とはいえ、こんな山の中ですからご希望には添えないかもしれませんが――」

「六実さん。よろしくお願いします」


 結局、私はその晩、お寺に泊まることになった。


 六実さんよると、この寺は、夫からのDVを受けている女性や、職場のパワハラに苦しむ男性、いじめを受けている学生、親から虐待されている子供などが、逃げ込むことができる駆け込み寺なのだということだ。


 昔は来た人を受け入れていただけだったが、仲間が増えるにしたがって、仲間が協力して、積極的の助けて回るようになったのだそうだ。


 六実さん自身も、彼氏からのDVと別れた後のストーカー行為から助けてもらい、ここに移り住んだのだそうだ。


 話を聞く限り、悪い人の集まりではないようだが、私を誘拐したのは明らかに犯罪だ。

 今頃は、お父さんが警察に届けているだろうから、捜査も始まっているだろう。


 白昼堂々の犯行である。

 目撃者や防犯カメラ等の映像も多いことだろう。

 いくらここが山の中とはいえ、警察が見つけ出すまでには、それほど時間はかからないだろう。


 そう思っていたのだが……。


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