きょうを読むひと

野森ちえこ

第1話 きょう読みの巫女

 それなりに長い歴史を持つ阿澄あすみ家には、かつて『きょう』を読む力を持った人間がしばしば生まれていたという。それはみな女で、いつしか『きょう読みの巫女』と呼ばれるようになったのだとか。


 その『きょう』は、たいていが『今日』であった。

 今日読みの巫女は朝目覚めると同時に、自分の身のまわりに起こるその日の出来事を知る。朝から夜眠るまでが断片的な映像となって見えることが多いという。

 もっとも、知ったからといって特別なにかをするわけでもなかった。夕立ちがあるようだから出かけるときには傘を持って行こうとか、急な来客があるみたいだからお茶菓子を用意しておいたほうがよさそうだとか、せいぜいその程度のことだったのだとか。

 逆にいうなら、巫女が読む『今日』というのはせいぜいそれくらいのものであったということだ。巫女を中心としたごくせまい範囲の日常。

 便利といえば便利だけれど、よくも悪くもつかいどころがあまりない。むしろサプライズなどを仕掛けられたとしても事前にわかってしまうから反応に困る。世の役にもたいして立たない、地味で平和な能力である。

 それだけなら、もしかしたら先祖代々語り継がれるようなことはなかったかもしれない。

 しかし実際は、現代まで阿澄家に伝えられてきた。その理由はもうひとつの『きょう読み』にある。


 数十年に一度の割合であらわれていたというそれは『凶事の凶』で『凶読みの力』であった。


 今日読みは、朝目覚めると自動的に発動するが、凶読みは相手と直接ふれあうことで発動した。

 素手で握手をする。おでこや頬にさわる、さわられる。

 混みあった場所などでたまたま手がぶつかっただけであっても、相手の肌にふれてしまえば、やはり自分の意思とは関係なくその人物に起こる直近の『凶事』が勝手に見えてしまうのである。

 しかし見えるのは『起こることだけ』であった。結果は見えないのだ。

 たとえば階段から落ちるところが見えたとして、軽症ですむのか大ケガを負うのか、それとも命にかかわるのかまでは見えないのである。


 なにより凶読みいちばんの問題は、どのような凶事が見えてしまったとしても巫女はなにもしてはならないということだった。

 仮に見えた凶事を相手に伝えるなどして回避できたとする。そのときその凶事はどこに行くのか。『移る』のだ。本来その凶事をひき受けるはずだった人間の、身のまわりの誰かに。

 しかも『移る』ことによってエネルギーが歪み、より被害がおおきくなると伝えられている。


 巫女は見るだけでなにもできない。してはならない。

 悲劇を事前に知っても決して救ってはならない。

 なぜそんな、誰ひとりしあわせになれないような力を持ってしまうのか。阿澄家にかけられた呪いなのではないかともいわれていた。


 不幸にも凶読みの力を授かってしまった巫女は他者とのかかわりを徹底的に避けるようになったという。万が一にも他者にふれてしまわないように、みずから座敷牢のようなところにとじこもる者もすくなくなかったらしい。

 なかには、どうにか力と折りあいをつけて生きられないものかと模索した者もいたようだが、その多くが狂死、あるいは自死してしまったという。

 また、力の遺伝を恐れた彼女らが子をなすことはなく、そのためかどうか定かではないが、しだいに『凶読み』だけでなく『今日読み』の力を持つ者も出なくなっていった。そうして阿澄家にも平穏な時代がおとずれたのだが――。

 凶読みの巫女が最後に生まれてから約百五十年。阿澄家の『呪い』は、まだ消えていなかった。


 *


『今日読みの力』は七の歳に。『凶読みの力』は九の歳に目覚めるといわれていた。

 そして『今日』の能力に目覚めた者が『凶』の能力を持つことはないともいわれていた。

 しかし、なにごとにも例外というものがある。

 先祖のいい伝えなど都市伝説程度にとらえていた現代の阿澄家に生まれた少女、日登世ひとせがそれを証明することになった。

 まず彼女の力が目覚めたのは十三の歳である。それだけなら時の流れによる『ズレ』ということで説明がついたかもしれないが、よりによって今日と凶、両方の力が同時に目覚めてしまったのである。


 十三歳を迎えたその日。

 人知れず、本人すら気づかないうちに、日登世は奈落に叩き落とされていた。



     (つづく)


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